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「君主クラスなら知っている話だが、初代皇帝からの事で、近年で争いはない。指輪の力で強引な行為をする事もなくなり、今の世代では夢物語と思っている者が多い。……我が国の貴族は真実だと知っているが、実際に父や俺が指輪の力を使うところを見ていないので、疑っている者もいる。それは平和な証拠であるが、魔石は城の地下にあるし、帝都の天気は優れないままだ。……それにこの指輪は使いようによって、とても危険な代物になる」
恐ろしい指輪を身につけているというのに、アルフォンス様は淡々と語る。
「だ、大丈夫なんですか? 変な気分になったりとか……」
心配すると、彼はニコリと笑って言った。
「今のところ平気だ。……ただ、父上はそうではない」
「先帝陛下が……?」
先ほどの話になり、私は目を見開く。
「この指輪には魔王の力が宿っている。魔王は初代皇帝と契約する時、自身の力を魔石越しに使わせる代わりに、人間の負の感情を食わせろと願った。だからこの指輪の力を引き出そうとすると、怒りや苦しみ、憎しみや悲しみなどの感情が必要になる」
「じゃあ、指輪を使わなければ……」
「俺もそう思った。一度も指輪を使わなければ、魔王の力に左右される事はなくなるのでは……と。しかしそう簡単な話ではない。指輪を受け継ぎ、身につけているだけで契約は効力を持ち、何もしなくても持ち主の心を蝕んでいく。昔の皇帝たちは残忍な事をして他者の苦しみを指輪に吸わせていたが、今はそんな事はできない」
罪状によっては死罪もあり得るし、必要とあらば拷問が行われる事もある。
けれど今は罪人にも人権があり、いたずらに苦しませてはならないとされている。
君主が権力でもって他者の命を自由に奪っていた時代なら、アルフォンス様が言った野蛮な事をしても反対されなかったかもしれない。
だが時代が進んで法も整備された一方で、魔王と契約して巨大な力を得る古風な契約は、現在の皇帝の首を絞める結果となったのだ。
「じゃあ、アルフォンス様は……」
私の血の気を引かせ、彼を見つめる。
するとアルフォンス様は切なげな表情を浮かべ、私の頬に触れてきた。
「こんな指輪をつけた男に求婚されて不安なら、いつでも求婚を断ってくれていい」
「そんな事しません!」
自分の想いを否定されたと思った私は、カッとなって彼の手をギュッと握る。
するとアルフォンス様は泣きそうな表情で笑い、私の頬を指の背でスルリと撫でた。
「ありがとう。……本当はこの事を知られて、君に嫌われるのが怖かった。フェリに『自信を持て』と言っておきながら、情けない話だ」
「そんな状況なら誰だって不安になります」
彼は限りなく低くなった私の自尊心を、大切に両手ですくい上げてくれた恩人だ。
アルフォンス様が困っていたなら、他の人が見捨てても私だけは絶対に駆けつける。
私が彼に「救われた」と感じた気持ちは、生半可な想いではない。
だから彼が私に嫌われるかもしれないと怖れたなら、理解してくれるまで説明したいと思っていた。
「……アルフォンス様が指輪に心を蝕まれるのを、黙って見守るしかできないのですか?」
私は襲い来る未来を少しでも変えたいと思い、打開策を考えようとして質問する。
アルフォンス様は私の問いを聞いたあと、宙空をジッと見て目を眇めた。
「……父上は自身にかかる魔力を人に向けられないなら、何もない場所に向ければ負担を減らせるのではないか……と考えたそうだ」
「確かに、そうすれば何とかなるかもしれませんね」
私は顔を上げて笑顔になったけれど、アルフォンス様は浮かない顔だ。
「その結果、帝国西部にある森が瘴気を放ち、魔物の巣窟と化してしまった」
「あ!」
私はそれを聞いて声を上げる。
シャレット聖王国は帝国の南西に位置しているけれど、帝都に向かう際、西部にある森には決して近づかないようにと言われている。
帝国西部の山麓にある森は昼でも暗く、一歩足を踏み入れれば最後、二度と戻れないと言われている。
そうなったのはここ数十年の話で、もともと森の近くにいた住人は別の土地へ移住するよう勧告され、町や村は今や廃墟と化しているそうだ。
魔物から得られる素材を求める冒険者は、危険を承知でこっそり森に入っているらしい。
けれど一般人は近づいてはならないとされ、安全圏との境には砦や長い壁が設けられ、出入りする者を厳重に管理していた。
「……道理で……」
帝国西部の〝魔の森〟の話を聞いた時は、『ある時から突然、森が瘴気を帯びる事があるんだな』と思っていたけれど、それには深い理由があった。
「父上は森が瘴気を放ち始めた報告を聞いた時、指輪の力のせいだとすぐに悟った。だが真実を公表すれば責められてしまう。だから父上はこの事を隠蔽すると決め、今に至っている」
一度発してしまった指輪の魔力をなかった事にはできないだろうし、これ以外の方法はなかったのだと思う。
そうする事で少しでも先帝陛下――カール様の容態が悪化するのを遅らせられたなら、臣下たちも見て見ぬふりをするしかない。
「……アルフォンス様もそうされるのですか?」
尋ねると、彼は難しい顔をして少しの間黙った。
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