登成野学園大学の食堂は豊富なメニューと広いスペースのおかげで、時間を問わず賑わっていた。
今はさしずめアフタヌーンティーの頃合いか。
格安のケーキセットを求めて女子学生たちがテーブルを陣取っている。
食堂を出た中庭に咲くネムノキの、小さくて可憐な花を見上げたのは蓮であった。
小柄な体格に不釣り合いな大きなリュックが背に揺れている。
「おい、ご機嫌だな。蓮ちん」
遅い昼食をすませた講師を呼び止めたのは、例によっての三人組だ。
「モブ子さんたちこそ。君たちはいつも楽しそうだね」
アフタヌーンティーというより、大きなテーブルでの原稿作業に時間を費やしていたらしい彼女たちは、なぜだか得意げに顎をあげた。
「そうでもないぞ? アタシらは尻に火がついている」
「おっと、尻にと言ってもそういう意味じゃないぞ?」
「コミケは来月だ。もはや寝る間すらない。金もない」
「………………?」
モブ子らが何を言っているのか皆目分からず、蓮は曖昧に微笑んでみせた。
「まぁ、忙しいのはいいけども。でも、睡眠はしっかりとるんだよ?」
「待て待て、蓮ちん」
教員棟へ戻ろうとする彼の行く手を、堂々と阻むモブ子ら。
「今日はBL検定対策講座の日じゃないだろ?」
「蓮ちん、ついに正式な講義を担当するのか?」
「なら、アタシらが最初の生徒になってやるぞ」
アハハ、そんなわけないよと笑って蓮はぽっと頬を染めた。
講義でない今日、学校に来たのは事務に提出する書類があったからだ。
台風が近づいているからと、蓮にしては珍しく早目の準備をしたのである。
それから、もうひとつ用事が……。
「契約延長の話はともかく。でも、こないだの歴史研究の発表会、緊張せずにうまく話せたんだ」
「そうか。蓮ちん、よかったな! 頑張ったな!」
ガシッと肩をつかまれた。
モブ子らが顔を見合わせて頷いてみせる。
これではどちらが生徒だか分からないわけだが、雰囲気に呑まれた蓮も笑顔を返した。
それからチラチラと周囲に視線を走らせる。
「あの、小野くんはどこだい? ちょっと伝えたいことがあるんだけど」
「えっ……」
イチ子だろうか。
モブ子の一人が小さな呻き声をあげ、隣りの二人と視線を交わす。
何を言っているのかはともかく、日ごろ明朗快活な彼女たちが言葉を詰まらせる様に、蓮は戸惑った。
「どうかしたのかい?」という言葉が喉に詰まって出てこない。
「アタシらは同人誌の印刷代で火の車なんだが……なぁ?」
「箔押し加工とか、上を見たらキリがないから……なぁ?」
「時間もないし、もうバイトは増やせないから……なぁ?」
顔を見合わせてモゴモゴと口を動かす三人。
「な、何のことだい? モブ子さんたち」
まどろっこしい彼女たちの言葉を遮った蓮だが、狼狽は隠せない。
視線は頭上のネムノキの花の間をさ迷っていた。
「こないだイチ子の家で原稿してたんだよ。追い込みってやつだな」
「うーばーいーつでピザ頼んだらな。なんと小野ちんが来たんだよ」
「小野ちんはまたバイトを増やしたらしい。かなり忙しいみたいだ」
原稿を手伝えと言って引き留めたというモブ子ら三人。
梗一郎は嫌そうな顔をして商品を渡すとすぐに帰ったとか。
それはそうだよ、モブ子さんたち。仕事中の人に何てこと言うんだい──つい挟みそうになるツッコミを堪えて聞いた話はこうだ。