玲伊さんはそんな彼女に凍りつきそうなほど冷ややかな視線を投げた。
そして、ふたたびマイクの前に立ち、話しはじめた。
「あなたも認めたということですね。優紀の美しさを。彼女は大変な努力を重ねて、この美しさを手に入れました。あなたが嫌がってやらなかったことも含めてね。でも、間違えないでいただきたい。私は外見の美しさだけに惹かれて、彼女に妻になってほしいと思ったわけではない」
玲伊さんは、そこで一旦、話を切って、会場を見渡した。
「申し訳ございません。あと、もう少しだけ、|私事《しじ》を申し上げることをお許し願えますでしょうか」
「かまいませんよ。どうぞお続けになって。わたくしもとても気になるわ。その可愛らしい方との馴れ初め」とさきほど、声をかけてくれた老婦人がとりなした。
後で聞いたところによると、彼女は元首相の奥様で、今回のパーティーのうちでも賓客中の賓客だった。
「光島様。どうもありがとうございます。ではお言葉に甘えまして」
そう言って、玲伊さんはふたたびマイクの前に立った。
そのときのわたしは……
萎縮することもなく、かといって、|驕《おご》り|昂《たかぶ》ることもなく、ただ真っすぐに会場の人々を見つめていた。
光島と呼ばれたそのご夫人は、そんなわたしに、とても温かな眼差しを向けてくださっていた。
「妻と初めて出会ったのはまだ小学生のころで、記憶の中の彼女は、はにかみ屋だけれど、ほがらかに笑う可愛いらしい少女でした。けれど再会したとき、彼女の様子があまりにも違っていて驚きました。にこりともせず、つねに暗い表情を浮かべていた。自信を失っているのが一目瞭然だった。心配した彼女の家族や私が尋ねても、なかなかその訳を話してはくれませんでした。そして原因を探っていくうちに……」
玲伊さんは、桜庭乃愛の席に目を向けた。
そのテーブルに座っている人は全員、ばつが悪そうに下を向いている。
「他人を蔑んで踏みつけにして喜んでいるような輩に、深く傷つけられたせいだとわかりました」
ただひとり、桜庭乃愛だけは、顔を下げずにわたしをにらみつけていた。
けれど、わたしもけっして、以前のように目を逸らしたりしなかった。
当てが外れた彼女は眉を寄せ、それから目線を外した。
玲伊さんは話を続けた。
「彼女に笑顔を取り戻してほしいと、私は切に願いました。精神科医ではないので専門的なことはわかりません。けれど美容師としての経験上、外見を整えることで、人に笑顔が戻ることはわかっていました」
会場の人々は、じっと玲伊さんの話に耳を傾けている。
岩崎さんと笹岡さんが、後方からわたしたちを優しく見守ってくれているのが、とても心強かった。
「そのために、私は彼女に無理難題を押しつけました。けれど彼女は文句ひとつ言わずに私の要求を聞き入れ、とても真剣に取り組んでくれました。そのひたむきさに、私は心惹かれていきました。そして、人のことを第一に考え、人のために涙を流せる優しさにも触れて、ますます魅了されていきました……いや、すみません、これは完全に|惚気《のろけ》ですね」
頭を掻きながら、彼が漏らしたひとことに、会場の空気が一気に和んだ。
くすくすと笑い声も上がっている。
「えーと、つまり何が言いたいかと言うと、美しさを理由に、彼女を妻に選んだのではない、ということです。彼女の内面に惹かれたからこそ、この人と一生を共に生きてゆきたい、そう強く願ってプロポーズしたのです」
彼は横にいるわたしに、甘やかな視線を向けた。
微笑みを浮かべて、わたしも彼を見つめた。
そんなわたしたちの様子に、会場からほーっと熱いため息が漏れた。
玲伊さんは、悪魔さえ骨抜きにされてしまうほど美しい微笑を浮かべて、会場を見回した。
「そして、彼女への施術を通して、大切なことに気づきました。〈リインカネーション〉は、開業当時より変わらず、お客様にトータルな美をご提供することをコンセプトにしております。ただ、これまでは、どちらかといえば、外見の美を重視してきました」
そこで玲伊さんは、桜庭乃愛の席にもう一度目を向けた。あくまでも冷ややかな眼差しで。
彼につられて、会場の視線も彼女に集まる。
乃愛はただ、わなわなと唇を震わせていた。
「もちろん、私どもは美のプロフェッショナルです。どのようなお客様からも美を引き出せるテクニックは持ち合わせております」
それから、わたしの腰に手を回して、そっと抱き寄せ、柔らかく微笑んだ。
「しかし、そんな見せかけの美は真の美には到底叶わない。では、真の美はどうしたら得られるのか。では、真の美はどうしたら得られるのか。それには内面を磨くことしかない、と考えるようになったのです。今後、私どもはあらゆる施術を通じて、真の美を追求してゆきたいと考えております。そのための具体的なアイデアはいくつも浮かんでいるのですが、これ以上は長くなるので、ここでは申しません。先日、『KALEN』の取材を受けましたので、詳しくはそちらをご一読ください。紀田さん、何月号でしたっけ」
玲伊さんは真ん中あたりに座っていた紀田さんに声をかけた。
「あ、次月号、11月号になります。お手に取っていただけましたら嬉しいです。あ、あの、香坂さんの麗しいお写真も多数載せておりますので」と深く腰を折った。
「なんか、最後は宣伝になってしまい申し訳ありませんでした。では引き続きお食事をお楽しみください。もう、しゃしゃり出ずに大人しくしておりますので」
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