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その日の正午。
視察を終えて領主の館へ戻ったシャーリィは、レイミが考案したサンドイッチで昼食を済ませて政務に取り掛かっていた。
抗争の最中とは言え、『黄昏』の経営や『暁』の運営には書類仕事が付き物であり、それらを捌くのもシャーリィの大事な仕事であった。
帝国では決算なども曖昧かつ適当な面があり、その風潮は帝国市民にとっても馴染み深いものであった。
だが、正確な数値を知らねば正常な組織運営は行えないと考えたシャーリィは、弾一発、トマトの一つに至るまで正確な数値による集計を義務付けた。そのためにセレスティンが中心となって数値に強い人員を育て、既に二十名弱の内務専門員が誕生していた。
しかし四年間で急速な拡大を見せる『暁』は、『黄昏』という町まで抱え込むに至り事務官が絶望的に足らず、教育を済ませた人員は各部署で奪い合いとなっており、シャーリィもその現状に頭を悩ませていた。
とは言え彼女に出来ることは後進の育成を推奨しながら数字に強い人員を採用することだけであり、少しずつ改善は見られるが相変わらず内務は激務だ。
シャーリィも抗争時以外は基本的に書類に埋もれる日々を送っている。
この日も午後は大量の書類と向き合わねばならず半ば閉口していたシャーリィだったが、警備隊から来客の報が伝わると手を止めざるを得なかった。
「この忙しい時期に誰でしょうか。セレスティン、ベルを呼んでください。貴方も参加するように」
「畏まりました。ではお嬢様は応接室へ」
「はい」
巡回していたベルモンドを呼び出し、応接室へ移動したシャーリィはソファーに腰掛けて来客を待ち受けた。
しばらくすると、マクベスに伴われたマーガレットが入室した。
「マーガレットさんでしたか。マクベスさん、ご苦労様です」
「はっ、では小官はこれで」
マクベスが退室して、マーガレットはシャーリィの向かいに腰掛ける。
シャーリィの後ろにはベルモンドとセレスティンが控えていた。最初にシャーリィが穏やかに語り掛ける。
「お久しぶりです、マーガレットさん。突然の来訪で少し驚きました。火急の案件であると推察しますが?」
マーガレットは深々と頭を下げて、口を開く。
「先ずは急な来訪のお詫びを。そして、ご明察。今回は急遽知らせねばならない案件が発生しまして」
「伺いましょう」
マーガレットは帝都北部で発生した不祥事について説明し、それによって発生した事案を詳細に知らせた。
「ではマーガレットさん、『ライデン社』の最新兵器が『血塗られた戦旗』へ流れたと判断して構いませんか?」
「構いませんわ。そして、此方が『血塗られた戦旗』へ渡った兵器の詳細が記された資料ですわ」
マーガレットが鞄から植物紙の資料を取り出してシャーリィに差し出す。
「宜しいのですか?それを私に渡す意味を理解されていないとは思わないのですが」
資料を受け取りながら、シャーリィはマーガレットを見据える。資料を渡せばそのままドワーフチームに渡る。模範される危険性が高いのだ。
「承知しておりますわ、シャーリィさん。この情報提供は、我が社からの誠意だとお考えください」
「誠意、ですか」
「そうです。今後ともご贔屓にお願いしたいので、どうか宜しくお願いしますわ」
「分かりました。それで、『血塗られた戦旗』に奪われた兵器をもし我々が鹵獲した場合はどのような対応を?返却を求めますか?」
「その様なみっともない真似をするつもりはありませんわ。既にこれらの試作品は所有者が『血塗られた戦旗』へ移っています。抗争の最中になにが起きても、我が社は関知しませんのでそのつもりで」
「それは、随分と此方に有利なお話ですね?」
「スタンピードの件と言い、我が社が行ったことで、貴女に不信感を持たせてしまったのは事実ですわ」
「……。」
「ですが、今回の件と言い私やお父様の意思では無かったことを此処に明言しますわ」
「それを信用しろと?」
「ええ、私はお父様と『ライデン社』を、大切なものを守るために動いています。喧嘩を売る相手を間違えるつもりはありませんの」
「私は喧嘩を売る相手ではないと?」
マーガレットの言葉にシャーリィも笑みを浮かべる。
「貴女、敵に容赦しないでしょう?そんな人に喧嘩を売れば災いになります。力を持っているなら尚更ですわ」
「それはそれは。まあ、貴女も色々とやっていると聞いておりますので、良い関係を今後も維持したいですね」
「ええ、もちろん。差し当たり、お詫びも兼ねて弾薬類を優先して適正価格で販売させて貰いますわ」
「そこは割引じゃないんだな?」
ベルモンドが苦笑いする。
「その資料が迷惑料ですので。今後も良好な関係を維持するなら、お互いが得をしないと意味がありませんもの」
「同意します、マーガレットさん。適正価格で販売していただけるならば有り難いことです。差し当たり、QF4.5インチ榴弾砲の砲弾を可能な限り大量に購入したいのです。スタンピードと先日の戦いでほとんど撃ち尽くしてしまいまして」
「そう言うだろうと思って、鉄道輸送を行っておりますわ。先ずは一千発ほど用意させていただきましたが?」
「全て購入します。後で『黄昏商会』と交渉してください」
「全てとは豪気な。有り難いことですわ」
「それと、個人的なお話もしたいので数日間の滞在をお願いしたいのですが。もちろん衣食住は此方で用意します」
「留守はお父様にお任せしているので問題ありませんわ。シャーリィさん、今後ともよしなに」
「此方こそ」
『ライデン社』に対するシャーリィの不信感は、マーガレットの機転により今のところは払拭された。
だが、『ライデン社』は以後もマーガレットの目を盗み節操のない商売を継続していくこととなる。それが自分自身の首を絞めていることに気付いているものは、僅かであった。
セレスティンにマーガレットを客室へ案内するように指示を出したシャーリィは、資料を手にベルモンドを伴って工廠エリアを訪ねた。
「ご丁重に設計図まであるな。任せろ、嬢ちゃん。こいつを参考にして更に良いものを作り上げて見せる」
「お願いします、ドルマンさん」
ドルマンにマーガレットから提供されたFT-17戦車とM1917C 155mm榴弾砲の設計図を初めとした資料を渡し、解析を行わせる。
「畏まりました。これらを十分に研究し、対策を練ります」
更に性能表等をマクベスに提供して対策の研究も開始させた。
『暁』はマーガレットの機転により『血塗られた戦旗』の次なる攻撃に対して充分に備えられる時間と情報を得たのである。