テラーノベル
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彼は青ざめた顔で私のベッドサイドに膝をついた。
メイドから濡れタオルを引ったくるように受け取ると、甲斐甲斐しく
そして焦燥に満ちた手つきで私の世話を焼き始めた。
火照った額に、心地よい冷たさのタオルが置かれる。
彼の大きな手が、愛おしくて堪らないといった様子で、私の頬に浮いた汗を何度も指先で拭ってくれる。
「薬も効いてきたようだな……少し、落ち着いたか?」
一通りの看病を終え
呼吸を整えたイグニスが、ふと我に返ったように表情を強張らせた。
「……悪い。またつい、無意識に触れそうになってしまった…不必要な接触は禁止だったな。俺がそばにいると、また君を疲れさせてしまうかもしれないし、出ていくな。ゆっくり休めてくれ」
彼は、まるで断腸の思いを噛み締めるような苦渋の表情で椅子から立ち上がり、足早に部屋を出て行こうとする。
その逞しい背中が遠ざかるのを見た瞬間
私の胸を、かつてないほどの激しい不安と孤独が襲った。
「イグニス……っ、待って…行かないで!」
私は熱で震える腕を伸ばし、彼の大きな手を、逃がすまいとガシッと掴んだ。
潤んだ瞳で彼を見上げ、熱で真っ赤に染まった頬を晒しながら、私は必死に彼を繋ぎ止める。
「アデレード……しかし、必要以上に触れたら…また君の負担になるだろう?それに君との約束を、破りたくないんだ」
彼は動揺を隠せない様子で立ち止まり、私の手を壊れ物を扱うように両手で包み込んで握り返した。
その瞳には、私への狂おしいほどの愛しさと
自分を律しようとするあまりにも不器用な誠実さが混ざり合っている。
「……今は、いいの。約束したけど、今は必要なの…イグニスに、そばにいてほしいの……っ。一人だと、心細くて…眠れないから……」
「アデレード…っ」
「お願い…そばにいて」
私の掠れた声での、体裁も何もかもかなぐり捨てた告白に、イグニスは目を見開いた。
そして二度と離さないと言わんばかりに、私の手を強く、どこまでも優しく握り直した。
「……わかった。どこへも行かない。君が眠るまで、ずっとここで、こうして手を握っているからな」
彼は再び椅子に腰を下ろし、もう片方の空いた手で、私の頭をゆっくりと、慈しむように撫で始めた。
「…ありがとう……イグニスの大きな手に撫でられると、すごく…安心する……っ」
「…君は相変わらず、可愛いことしか言わないな…」
「……へ?」
一週間ぶりの、待ち焦がれていた彼の本物の体温。
その心地よいリズムと、彼から立ち上る独特の清涼な香りに包まれ
私は久しぶりに深い、深い安らぎの中へと落ちていった。
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紫陽花