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蛍光灯の光が、室内を青白く染めていた。暖かさなどない。むしろ、色温度の冷たさが皮膚を刺す。
ベッドに横たわる遥の足首に、何かの痣があった。
頬にも、うっすらと紅く擦れたような跡。
シャツの前はわずかに乱れ、首元の肌は赤くなっていた。
声は、出ていない。
ただ、息だけが、ほんの少し荒くて。
それすらも、押し殺すように布団の中へ沈めている。
ドアのすぐ向こうで、颯馬の笑い声がした。
「──やっぱ、耐久力ついたな。すげぇじゃん、お前」
返事はない。遥はまぶたを閉じたまま、何も言わない。
「昔はすぐ泣いてたのに。なあ、覚えてる?
お前、あのとき、“やめて”って言いながら、震えてたの、マジおもろかったわ」
遥のまぶたが、ピクリと動いた。
けれど、それだけだった。
「今じゃもう、そんなこと言わねぇしな。なあ、これが“進化”ってやつ?」
遠ざかっていく足音と、ふざけたような鼻歌。
颯馬は、振り返りもしなかった。
彼にとって、遥はもう“そういう役割”でしかない。
──静寂。
遥は、目を開けた。
天井を見つめる瞳は、焦点が定まっていない。
けれどその目の奥には、なにかが確かに“残って”いた。
──「ああ、そっか」
ほんの微かな思考が、胸の奥で泡のように浮かぶ。
「だから、笑うしかなかったんだ」
笑えば、“される側”になれる。
笑えば、“感じていない”ふりができる。
笑えば、“こっちから差し出した”ことにできる。
本当は、なにも選んでいないのに。
──「選んだふりをするって、便利だな」
遥は、ゆっくりと手を持ち上げた。
自分の指先を見つめる。
震えていた。小さく、小さく、微細に。
「……やっぱ、まだ……壊れきってないじゃん」
そう言って、笑った。
音のない、空気だけが歪むような、笑みだった。