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まだ地上の闇を知らなかった頃。ミンジュは、永遠の陽光が注ぐ天界に住んでいた。
金の糸で編まれた羽衣に、白銀の翼。
天界の庭園には四季の花々が咲き乱れ、
風は甘く、歌声のようにさえずる鳥たちが空を舞っていた。
ミンジュはその中でも、ひときわ透き通る声を持つ天使として、
光を司る存在に仕えていた。
•
「ミンジュ、今日の花はラファエル様に届けるの?」
「うん、でもまだ摘み終わってなくて……ルナ、手伝ってくれる?」
「もちろん!」
同じく天使である少女・ルナと笑い合いながら、
ミンジュは手籠に白い百合と青い鈴蘭を重ねていく。
「ミンジュの羽、また光ってる。綺麗……」
「そうかな? ルナだって、すごく透明で美しいよ」
「でも、ミンジュは特別。……神様に一番愛されてる、そんな気がする」
ミンジュは少し照れくさそうに目を伏せた。
•
夜になれば、天使たちは光の殿堂で祈りを捧げ、
穏やかな調べに包まれて、月の光のもと眠る。
罪も憎しみも、そこにはなかった。
誰かの声で怯えることも、
誰かの手で身体を傷つけられることも──知らなかった。
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ある夜、ミンジュは空の端にある「境界」に立っていた。
「この先に、地上があるんだよ」
ルナが小さく囁いた。
「怖くない? 落ちたら、もう戻ってこられないって……」
「うん……でも、地上には“自由”があるって聞いた。私たちにはないものが」
ミンジュはその言葉を、ずっと覚えていた。
──自由。
天界にはすべてがあった。
けれど、決して触れられない感情がそこにある気がした。
恋も、欲も、痛みも、執着も──天使には許されない。
けれど、どこかで──
そのすべてに憧れた、ほんの一瞬があったのだろうか。
それが、“堕ちる運命”の始まりだったのかもしれない。
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白く、純粋で、
誰よりも清らかだった少女・ミンジュ。
──その幸せは、永遠に続くはずだった。