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1番近くだと家を出てから約10分ほど歩いたところに温泉があるそうだ。
とは言っても、この極寒の中歩くのは10分だけでもかなり辛い。レイの用意した防寒具を沢山装備してきたが、それでも少し首元が寒い。
「レイ、首元が寒いわ…。」
「それでは、マフラーを巻きましょうか。」
レイはこんな寒さでも表情1つ変えない。生活する上で必要な感覚は彼女に備わっているのだろうか…。
防寒具でモコモコになったレイは、鞄から大きな赤い布を取り出す。これがマフラーという物なのだろう。だとしたら何故最初から出さなかった…?
「お嬢様、じっとしていてください。」
「…ねえ、レイ、もしかして私を殺す気?首を絞めたら人は死ぬわよね?」
「そう簡単に人は死にませんよ。まあ殺そうとすれば人は簡単に死にますが…。」
怖い怖い怖い怖い。声色を変えないせいで、冗談かどうかも判別できない。というかレイは人を殺した事があるのだろうか。彼女が人を殺している様子は正直容易に想像ができる。怯えながらマフラーが巻き終わるのを待つ。
「お嬢様、巻き終わりましたよ。」
「あー…その、レイ?マフラーというのはこんなに窮屈な物なのかしら?」
「はい。2人で巻くとなるとこのくらいにはなりますね…。まあ世の中の人はこのくらい我慢していますよ。」
「それは嘘よ。なんでか分からないけど、それは嘘な気がするわ。」
本当に今回ばかりは嘘を付いているような気がする。勘でしかないが、これは嘘だ。
「いいえ、事実です。」
若干強く言われたような気がしたが、気にしないようにしよう。
それから軽く雑談しながら少し歩き、目的地へと辿り着いた。無言で突然マフラーを外すレイ。
「ねぇ、どうしてマフラーを外すの?」
「室内でマフラーを巻いているのは礼儀が悪いことなのです。」
なんとなくこれも嘘な気がするが言わないでおいた。
そうして温泉のある木製の建物…というより、小屋のようなものに入る。先程まで多くの人とすれ違っていたのだが、なぜか建物の中には受付以外人が全く居ない。
「ねぇ、どうしてこんなに人が少ないの?人気が無いのかしら?」
「いいえ、予め貸し切っておきました。」
温泉を貸し切れるだけの資金が未だに邸宅に残っているのは本当に異常だと最近気付いてきた。今になってようやくお父様とお母様の凄さに気付く。
「おお、お待ちしておりましたペンバートン様…とおっしゃっています。」
受付の老婆の話す異国の言語をレイが翻訳してくれている。レイはかなり多くの国の言葉を話せるようで、どこに行っても通訳を担ってくれる。レイと受付の方の話は全く意味が分からなかったが、今からその温泉に入ることになったようだ。
「どうぞ。」
レイがタオルを手渡してくる。
「こちらです。付いてきてください。」
天井から垂れ下がった布(のれんというらしい)を潜り、脱衣所にやってくる。
「複数人で入れるだけあって、脱衣所はうちより広いわね…。」
「そうですね。二人では勿体ない広さです。 」
「…………ねぇ」
「なんですか?」
「ここで脱ぐの?服を?」
「はい。寒いですか?」
寒いですか、じゃない。私はレイの前で服を脱ぐのが恥ずかしいと言っているのだ。
「そうじゃなくて…なにか、身体を隠せる物は無いのかしら?」
「ありませんね。」
「複数人でお風呂に入るのに身体を隠すこともしないの?この国の人は恥という物が無いのかしら…。」
「失礼ですが、それを気にするのはお嬢様だけかと…。」
これは私がおかしいのか?普通の人は人前で裸を晒しても嫌じゃないのか?
「大丈夫です、見ているのは私だけですよ?」
「はぁ…貸し切ってくれて本当に有難いわ…。まあ、レイに見られるのも少し恥ずかしい気がするけど…。」
レイに見つめられながら重ね着した上着を1枚1枚脱いで行く。その度に身体に触れる寒気が強くなって行く。
「寒いわね…。」
「それでは、私が抱きしめてあげましょうか?」
これは冗談か?!本気か?!どちらにせよ邪な感情を感じる。
「あー…遠慮しておくわ。ところで、何時まで私の身体を眺めているつもり?」
「…目上の人の前で先に着替えるのは失礼に値するのです。」
少し返答が遅かったような気がするが…レイの言う事だ。きっと真実なのだろう。だが流石にそれは恥ずかしい。
「別に私はそんな礼儀なんて気にしないわ、好きに着替えなさい。」
「いえ、礼儀を重んじるのが従者としての務めですので。」
「いつにも増して頑固ね…。はぁ…。」
説得するのを諦めてシャツを脱ぐと私の白い下着が顕になる。いくらレイに選んでもらった物とは言えど、着ているのを見られるのは恥ずかしい。
「ねぇ?礼儀より私の気持ちを重んじるのがいいんじゃないかしら…。」
「………はい。」
長考の末に残念そうにしながらレイは後ろを向いて服を脱ぎ始める。私はこれでようやく安心して肌を晒すことができる。
「さて、それでは行きましょうか。こちらです。」
全裸になったレイは全く自分の肌を隠さず、惜しげも無くその豊満な身体を見せつけてくる。見ているこっちが恥ずかしくなる。
「ねぇ、待って、何故外に出るの?」
「温泉が外にあるからです。」
「それは嘘よ!こんな寒い中裸で外に出たくないわ。それに、外にお風呂がある訳ないもの。」
「いいえ、事実です。入るまでは寒いですが、お湯の中に入ればすぐに暖かくなります。」
渋々外に出る。寒い。寒すぎる。
「早く浸かりましょう?もう耐えられない。」
「いえ、その前に湯加減を確認します。」
レイがお湯に手をつける。
「少し熱いので、お気を付けてください。」
急いでお湯に足を突っ込む。熱い。熱すぎる。反射で足を出してしまう。
「あつっ…!!!」
レイの方を見ると、いつの間にかすでに全身水の中だ。本当にこいつは感覚がおかしい。
それから1分程度かけて、どうにかお湯に全身浸かることができた。慣れてみると意外とどうという事の無い温度だ。
「如何ですか?お嬢様。」
「外が寒かっただけあって、うちのお風呂よりも気持ちがいいわ…。」
「そうですね…。ところで、覚えていますか、お嬢様が小さい頃も、こんな風に私とお風呂に入ったの。」
言われてみればそんな事もあったような気がする。
「確かにあったわね…10年前くらいの事かしら?」
あれ…?10年前?おかしい。目の前に居るレイはまだ10代でもおかしくないような若々しい姿(スタイルは10代とはほぼ遠いが)をしている。
「ねぇ、待って、貴女今歳は幾つ?」
「26です。」
これは驚いた。長いこともっと若いと思って生活していたから驚愕だ。
「…貴女、その割には若く見えるわ。誇っていいわよ。」
「お褒め頂き光栄です。」
そんなやり取りをしてから、暫くそのまま温まった後に私とレイは温泉からあがった。お風呂からあがった後の火照って赤くなった頬や、全身に滴る水が艶めか…じゃない、何を考えているんだ私は。相手は従者だ。従者。
「お嬢様、顔が赤いですが…」
「い、いや、これは、そういう訳じゃなく…」
「?…のぼせてしまわれたのでは無いかと思い質問したのですが…変な意味だと思われましたか?」
明らかに失言してしまった。明日からセクハラが酷くならないと良いが…。
お風呂あがりに飲んだ牛乳は、今まで飲んだ牛乳で1番美味しかった気がする。
私たちは温泉卵を幾つか買い、自宅へと戻った。