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「ああああああ!やめた!」
陽菜は髪をかきむしって頭をぶんぶんと振った。
「兄さんと違って、あたしの頭は物を考えるようにはできてないんだ。やっぱ、あたしにはこっちが向いてる」
そう言って陽菜はやおら立ち上がり、さっきから背後から聞こえている声の方へ大股で歩き出した。下駄箱へ通じる廊下で、二人の男子生徒が姉と弟の転校生に掃除用のモップをなすりつけながらわめいている。いじめられている二人は蚊の鳴くような声で「やめて下さい」と繰り返しているだけだ。
「てめえら、何度言えば分かんだよ? 人の土地に来て放射能まき散らすなと言ってんだろうが!」
「そうだよ、さっさと福島に帰れよ!」
陽菜はにっこり笑ってその二人の男子生徒に後ろから声をかけた。
「よう、なんか面白そうな事やってんな。あたしも混ぜろよ」
二人は一瞬びくっとしたが、陽菜が笑っているのを見て安心し、陽菜にこう言った。
「あ、尾崎のアネさん。いや、こいつら、例の福島の」
次の瞬間、そいつは鼻血を噴き出して後ろ向きにひっくり返った。これがケンカに関しては、男子も陽菜に一目置いて恐れる最大の理由だった。陽菜は腕を後ろに振るとか腰をひねるとか、そういう事前のモーションが全くない状態から渾身の力がこもったパンチを自由自在に繰り出す事が出来るのだ。事前動作が全くないから相手は攻撃を予測出来ず、当然よける事も避ける事も防御する事も不可能なのだ。
何が起きたのか理解する間もなく、もう一人の男子も次の瞬間には陽菜のパンチをもろに顔面にくらって同じように尻もちをつかされた。陽菜は両手で彼らのシャツの襟を一つずつつかんで床から引きずり起こして言った。
「いいか、よく聞け。今日限りこの学校では、福島モンいじめは一切なしだ」
「な、なんで、ですか?」
「やかましい。あたしがそう言ってんだから、黙って言う通りにしてりゃいいんだ。どうしても文句があるってんなら、人気のない校舎裏でゆっくり聞いてやる。その方がいいのか?」
陽菜の襟をつかまれたその二人の男子は、そろって首を何度も横に振った。
「ようし、じゃあ今日中に学校中に今の話、知らせて回れ。もし明日からこういう場面見つけたら、誰がやったかに関係なくてめえら二人に責任取らす。その意味、分かるな?」
穏やかな笑みを浮かべたまま言うから余計怖いようだ。男子二人は今度は機械仕掛けの人形のように必死で何度も首を縦に振った。
「ようし、じゃあ行け。いいな、今日中に触れまわっとけ!」
陽菜が手を話すと男子二人は鼻血まみれの顔面を押さえながら、全速力でその場から逃げて行った。いじめられていた姉の方が陽菜に「あの……」とこわごわ声をかけようとする。陽菜は掌をひらひらと振ってそれを遮った。
「ああ、いいよ。別に礼を言われるような事じゃない。ただな!」
そう言って陽菜は弟の方に詰め寄ってその胸ぐらをつかんで、相手の顔を引きよせた。
「転校生だからなのか、避難して来たからなのかは知らないけどね。そっちはそっちで遠慮ってもんが過ぎるんだよ! おまえだってキンタマ付いてんだろ? ああいう時は相手に噛みついてでも、ねえちゃんの一人ぐらい守って見せねえか!」
その男の子は怯えた顔でかろうじて返事をした。
「は、はい。すいません……」
「分かればいいんだ。よし、また絡まれないうちにさっさと行きな」
手を離し陽菜はまたさっきの渡り廊下の端に戻る。下駄箱の傍まで行った所でさっきの姉の方が大声で陽菜に呼び掛けた。
「あ、あの!」
そちらに顔を向けた陽菜に彼女はぺこりと頭を下げ「ありがとう!」と叫ぶように言って、そのまま逃げるように下駄箱の向うに姿を消した。陽菜は両手を床について、独り言を言った。