宗親さんが私を連れて行ってくれたのは、ハイランドホテルの五十階に位置する一六〇平米もあるスイートルームで。
部屋を入って真正面。
大きな肘掛窓からの眺望は、眼下に見える景色が宝石箱をひっくり返したみたいに綺麗。だけど、高層階ゆえに吸い込まれてしまいそうで怖いくらいだった。
夜に、真っ暗な海や川を覗き込んだらスーッと水面に引き込まれてしまうみたいな錯覚に陥ることがあるけれど、まさにそんな感じで。
宗親さんとのタワーマンション暮らしで高い所からの景色には大分慣れてきたと思っていたんだけどな。
マンションの部屋はここまで壁が窓ガラスだらけではないので雰囲気に呑まれて気圧されてしまった。
「すごく綺麗な景色です! でもちょっと怖い……かも」
部屋に入るなり空間を突っ切って窓に駆け寄った私だったけれど、子供みたいに不用意にはしゃいだ結果、余りの高さにクラリとしてしまう。
そんな私にゆったりとした足取りで追いついてきた宗親さんが、ごくごく自然な仕草で肩を抱き留めて下さって、その温もりに心底ホッとさせられた。
宗親さんが背後にいて下さらなかったらきっと私、平衡感覚を失ってその場にしゃがみ込んでしまっていただろうな。
そんな風に思ったら、磨き抜かれた鏡面みたいな窓ガラスに映った宗親さんの優しい眼差しにすら、何だか照れ臭くなってしまった。
「有難う、ございます……」
耳まで熱い。
きっと私、顔も耳も首筋も、出ているところ全部全部真っ赤になってしまってる。
ドレスに合わせて下手に髪の毛をハーフアップにしてしまったから、きっと赤くなったところ、みんな宗親さんに丸見えだよね。
そう思ったらますます恥ずかしくなって。
しどろもどろにお礼を伝えたら、そのままギュウッと腕の中に抱きすくめられた。
「春凪、そんな可愛い反応しないで? 我慢出来なくなってしまう」
「あ、あの……ご、ご予約の時間は……」
予約時間の二〇時まであと十分を切ってしまっている。
いくら二つ上の階とは言え、結構ギリギリなんじゃないかしら。
私を抱きしめたまま切なげに訴えてくる宗親さんに、私はオロオロしまくりで。
てっきりホテルに着いたら五十二階にあるレストランへ直行してそこで食事……となるんだとばかり思っていた私は、時間が押しているにも関わらず寄り道してしまったことに心臓がソワソワと落ち着かない。
宗親さんの腕に抱き締められたままドギマギと問い掛けたら「食事はこちらで出来るように手配してあります」と何でもないことのように言われてしまった。
宗親さんは名残惜しそうに私から離れると、ホテルに備え付けられた電話で「食事の方、よろしくお願いします」と告げて。
程なくして部屋のチャイムが鳴って、沢山の料理がカートに載せられて部屋の中へ入ってくる。
高級レストランのディナーを、ルームサービスで食べられるだなんて思っていなかった私は、コーナー窓のそばへ置かれたダイニングテーブルに並べられていく数々の料理に目を瞠った。
「まずは食前酒から」
宗親さんの言葉に、スタッフさんが椅子を引いて下さって席に着くよう促された私は、ふわふわした足取りのまま腰かけて。
「僕お勧めのシャンパンでいい?」
と聞かれてわけも分からないままにコクコクと頷いた。
給仕係の方かな。
黒いキチッとしたスーツに身を包んだ女性が、美しい所作でワインクーラーからよく冷えた琥珀色の液体をフルートグラスに注ぎ分けて下さるのをぼんやりと眺めて。
その様だけで私はうっとりしてしまう。
「――春凪、ちゃんと起きてる?」
クスッと笑いながら宗親さんに問われた私は、その声にハッとして「お、起きてますっ」と彼に視線を移したのだけれど。
テーブル越し。私の真正面に腰かけた宗親さんはどこまでもスマートでカッコよくて。
私はまたしても夢の中にいるような錯覚に包まれる。
「用があったら声をかけますので」
給仕の方も私たちのすぐそばにずっといるのは所在ないよね。何より私が、こういうのに慣れてなくて落ち着かない。
チラチラと彼女を盗み見るようにしてそんなことを思っていたら、私の声なき声を汲み取って下さったみたいに宗親さんがスタッフさんにそう声を掛けて。
シャンパンを注ぎ終えると同時、女性は「では御用の向きはそちらのベルでお呼び下さい」と、細かな装飾の施された美しい金のテーブルベルにちらりと視線を投げかけてから、一礼して去って行った。
私は宗親さんと二人きりにされてしまったことに何だか今更のように照れてしまって。
「給仕をしてくれるスタッフ、女性にして正解だったな」
フルートグラスを掲げて乾杯をした後、グラス越しにそんな私を見て宗親さんがクスクス笑うから、意味が分からなくてキョトンとしてしまう。
「え?」
宗親さんの言葉の真意が汲み取れなくて小首をかしげたら、「僕を無視してあんなにぼんやりシャンパンを注ぐところを凝視されたらさ。春凪が給仕係を見ているんじゃないと分かっていても妬けてしまうじゃないか」とさらりと告げられて。
私は宗親さんの言葉に、思わず瞳を見開いた。
「なっ、何をバカなことを……」
慌てて手にしたグラスをクイッと傾けたら、シュワシュワとした炭酸が喉を刺激して、小さくむせてしまう。
「春凪、大丈夫?」
途端宗親さんがガタッと席を立つ気配がして。
私は慌てて「だ、大丈夫です」と涙目で訴えた。
(ごめんなさい! こんな……。めっちゃ説得力ないですね)
テーブルマナーが完璧な宗親さんを思わず立たせてしまったことを申し訳なく思いながら。
ここが人目のあるレストランじゃなくて良かったと本気で思ってしまった。
***
昨夜ディナーを堪能して。
宗親さんがクリスマスプレゼントに選んでくださったのは、珍しいチーズの詰め合わせだったから。
チーズが好き過ぎるあまりついテンションが上がりまくった私は、それに合うというお酒を出されるがままに飲み過ぎてほわほわしてしまった。
とは言え、メインのお目当てが普段あまりお目に掛かれないようなチーズ一択だった私は、お酒に関しては結構セーブして飲めたと思うし、足腰が立たなくなるほどではなかったはずなのだけれど。
今朝、ベッドで目が覚めてお手洗いに行こうと布団から抜け出してみたら一糸纏わぬ姿だったことに恥ずかしくなって、すぐそばに散らばっていたバスローブを羽織った……までは良かったの。
だけど。
そのまま何の気なしに立ち上がったら、まるで生まれたての小鹿みたいに足がフルフルしてうまく立てなくて驚いてしまった。
「ひゃっ!」
ベッドでは宗親さんが裸のまま気持ちのよさそうな寝息を立てていらっしゃるから……私、極力音を立てないよう布団と腰に回された宗親さんの腕からそーっと逃げ出したのに……台無し。
ベッドサイドに立ったと同時にストンとその場に尻餅をついた私は、思わず小さく悲鳴を上げて宗親さんを起こしてしまった。
「春凪?」
すぐそばから心配そうに声をかけられたけれど、自分の身体が自分のものではないような感覚に不安で押しつぶされそうな私は、申し訳ないけどそれどころでなくて。
(何で? 何で? 何で?)
ただ立とうとしただけなのにこんなに足がガクガクして力が入らないなんて想定外だよ!
一生懸命立ち上がろうと頑張るのに思うように足に力が伝わらない――ばかりか。
「ひゃんっ」
とろりと、蜜口を割って出てきた生暖かい気配に、私は慌てて入り口を閉ざすように力を込めた。
この感覚、知ってる――。
「宗親さんの……」
つぶやいたと同時。
我慢できなくなったのかな。
すぐそばから伸びてきた宗親さんの腕に抱き上げられてしまった。
その反動で、当然のように膣内から溢れ出てきたものがツツツ……と内ももを伝い落ちるから。
「や、ダメっ」
こんな私を抱きしめたりしたら、宗親さんにも付いてしまいますっ。
多分そんなの宗親さんは微塵も気にしない人だと言うのは分かっているのに、恥ずかしさのあまり真っ赤な顔でそんなことを思ってしまった。
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