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桃視点→水視点→青視点(最終話)
「その件でしたら、またメールで送っていただけると助かります。先方にもこちらから連絡しておきますね。…はい、はい……」
エレベーターを待つ間、かかってきた仕事の電話に応対する。
もう夜遅いのにまだ稼働している会社もあるらしい。
…そんなことを言っていたらこちらも同じことか。
苦笑い気味に唇を下げて、エレベーターの扉上にある階数表示に視線をやった。
いむの前で、まろに「別れた」と口にされなくて良かった。
ホッとしたと同時に、そんな自分の想いを自覚するしかなくなった。
痛む胸をごまかすために今日は遅くまで仕事に没頭してしまおう、その前に向かいのカフェで苦めのコーヒーでもテイクアウトして来よう。
そう思っただけなのに、ボタンを押して呼び出したはずのエレベーターはさっきから一向に下りて来ない。
上階で何かがあったのだろうか。
重い荷物を出し入れしてエレベーターを押さえっぱなし、使いっぱなしの人がいるのかもしれない。
小さく息をつくと、俺はそのままくるりと身を翻した。
エレベーターホールの向こう側には階段がある。
仕事相手との通話を続けながらそちらに足を向けた。
普段はそれほど使うことのない階段。
天井が高くて響きそうな声を、少しだけ抑える。
「えぇ、そうですね。…はい、よろしくお願いします」
失礼します、とスマホ向こうの相手に告げて、通話を切った。
階段を下りながらも左手は画面を操作する。
えーっとこの後、今の話を別の相手に連絡して…あぁそれに、明日の朝までに確認して結論を伝えなければいけない案件も残されていたっけ。
タスクをメモしたアプリを呼び出しながら、わざと自分を仕事へと追い込む。
考えるな、ただ作業に集中しろ。
アプリに並ぶ期限間近の赤字忠告が多数並んでいることに、こんなに感謝したことはないかもしれない。
そうやって頭の中を終わらないタスクで追い込もうと、手元のスマホに集中したのがいけなかった。
「…!!」
ずる、と、革靴の裏側が次の段の端を掠めるようにして滑った。
「やばい」…そう思った瞬間、もう片方の手を近くの手すりに伸ばそうとした。
けれど、うまく掴むこともできない。
落ちるときっていうのは、ストロボ撮影したみたいにスローモーションになると聞いたことがある。
今まさにそれを全身で体感している。
手すりを掴み損ねたことも、バランスを崩したせいで左手からスマホが抜け落ちていったことも。
そして自分のいる場所はまだ階段の上の方で、「これ下まで落ちたらさすがに無事じゃないよな」なんてことまで考えている自分を自覚する。
そんな呑気なことすら考えるほど長くも感じるのに、現実として一秒は一秒だ。
頭の処理速度が速くなったとしても、この後起こる結果を変えられるほどの瞬発力なんてものは自分に存在しない。
「!!」
ぐらりと前に身体が傾く。
あぁ、せめて頭から落ちるのは避けたい…そんなことを思った瞬間、ぐいっと強い力が俺の全身を後ろへと引き戻した。
「ないこ!」
それと同時に、まろの大きな声がすぐ後ろから聞こえた気がした。
「…ま、ろ?」
俺の腰の辺りに腕を回して落下を防いだまろは、もう片方の手で手すりを掴んでいる。
俺を引き戻すのに力をこめた反動か、そのまま階段の一番上に尻をついた。
そのせいで、俺もその一段下に後ろ向きに倒れこむ。
階段下では落ちて行くスマホがかつんかつんと音を立てて、一番下で止まった。
意図したわけではないけれどバックハグのような形になったまろの手は、俺を支える左腕も手すりを掴んだ右手も小刻みに震えているように見える。
はぁぁ、と深い安堵の息を漏らしたかと思うと、ゆっくりと手すりからその手を離した。
「…まろ、ありがと。助か…」
礼を言って態勢を立て直そうとしかけた俺だったけれど、起こそうとした体を押さえつけられる。
手すりから離した手も俺の体に回し、まろはそのままぎゅっと抱きしめるように力を込めた。
「まろ…?」
未だに手は震えている気がする。
…それはそうか。
目の前で人が階段上から落下しそうになったんだから、本人よりも焦りと危険を感じたに違いない。
もう大丈夫だと言おうとしたのに、まろは更に腕に力をこめた。縋りつくようなそれに合わせて、俺の首筋をまろの髪が掠める。
「……」
そんなまろが、すぐ後ろで何かを囁いた気がした。
「え?」と小さく問い返すと、少しだけ息を詰めたように空気が止まった感覚の後、もう一度覚悟を決めたような声が返ってくる。
「…お試しの付き合いなんて、俺は意味がないと思っとった」
いきなりなそんな呟きは、今のこの落下しかけた状況の話ではなかった。
ただまろがずっと伝えたいことがあったのか、これまでの自分と俺を振り返るように口火を切る。
ここで何か返すのは正解じゃないと思ったから、俺は相槌すら打たずにただ続く言葉を待った。
「そんなことしても、ないこは俺のことを好きになるわけがないから」
そんなことないよ、という言葉もここで飲み込む。
代わりに俺の腰に回したまろの腕に、そっと手を置いた。
その瞬間まろの腕がぴくりと反応した気がするけれど、それも思考の片隅に追いやってただ耳を傾ける。
「『100になれないなら0でいい。50のないこならいらない』…そう言うたんは本心やから、取り消すつもりもない。でも…」
そこで一度言葉を切ったまろは、もう一度深く長い溜息を吐き出した。
こつんと額を俺の肩に当てて、きっと堅く目を閉じているに違いない。
「100になれる努力をする前から諦めた自分は間違いやったって、今は思う」
そう告げたまろは、ようやく両腕からふっと力を抜いた。
緩められたそれから解放されるように、自由に身動きが取れるようになる。
肩越しに後ろを振り返ると、泣きそうに揺らいだ「青」と目が合った。
「ないこの方が、よっぽど100になる努力をしてくれとったのに」
…『努力』なんて、そんなかっこいいもんじゃなかった。
ただ最初は好奇心が強かったと思う。
でも…自分でも無自覚だった感情が、それでも今なら分かるよ。
今思うと、好きになれるかどうかなんて自分の中では分かりきっていたんだと思う。
だってまろ以外の人間だったら…告白されても「ごめんね」のあの時点で終わっていたと思う。
お試しする、なんてそんな無駄な時間を過ごしたいなんて思わなかったはずだ。
「もう一回だけ、チャンスがほしい」
そう言うまろの手が、俺の肩を掴む。
くるりと態勢を変えさせられて、階段の上に膝をついた。
まろと正面で対峙する形になると、あいつは一度だけ大きく息を吸う。
「今度は俺が、ないこに好きになってもらえるようにちゃんと頑張るから」
続いた言葉にゆっくりと目を見開くと、まろの瞳が困ったように揺らいだ気がした。
「勝手なこと言うとるんは分かっとるんよ」と、力なく言葉を継ぐ。
「この先も好きになれんと思う、って、言われたばっかりやし。でも俺は……」
俺と交差した視線を逸らすように、まろは目を伏せた。
だけどそれも一瞬のことだ。
すぐに意を決したように再び顔を上げ、肩を掴んでいた両手が俺の頬を包み込む。
「何もせんうちに諦めるんは、やっぱり嫌やから」
決して大きな声ではなかった。
それでも消え入りそうな儚さもない。
芯を感じさせる声でそう告げたまろの方へ、俺も手を伸ばし返す。
そっと頬を包み返す……とまろは思ったかもしれない。
だけど俺は、そのままその頬を両手で叩いてやった。
それはもう、ばちんと乾いた音がするほどに。
「…!? ない…」
「お前、俺のことなんだと思ってんの? 告白してきた人間全部に「好きになれるかも」って理由でお試し申し出る人間だとでも思ってんの?」
「…いや、……え?」
「『好きになれるかも』って…そんな理由で試そうとするのは、『好きになりたい相手』だからじゃん! 本当に好奇心だけで動くほど馬鹿じゃないんだよ俺も!」
さっきまでの俺よりも大きく目を瞠ったまろは、こちらの剣幕に思わず口を噤んだようだった。
色々と言いたいことが頭をよぎりかけたのかもしれないけれど、全て俺の勢いに飲まれてしまう。
「もう……とっくに好きなんだよ、俺だって…」
どんなに気づかないふりをしても無駄で。
「この先も好きにならないと思う」なんて嘘を吐いてまで遠ざけようとしたって無理で…。
こっちだって手遅れなくらいには、もうちゃんとお前のことが好きだよ。
「ないこ…」
うっすらと赤くなってしまったまろの頬を、今度こそそっと撫でる。
それを合図に、どちらからともなく引き寄せられるように唇を重ねた。
「……」
声が全て聞こえてきたわけではないけれど、階段はわりと響く。
上階の…彼らからは見えないだろう位置で手すりに頬杖をついて、思わず頬を緩ませた時だった。
「いむー? どこ行……あ、こんなとこいた」
エレベーターホールの方からこちらへ抜けてきたらしい、りうちゃんの声がする。
慌てて後ろを振り返り、僕は「しーーー」と口元に人差し指を立てた。
「?」
首を傾げたりうちゃんが、何かあったのかと僕の目線を追って階段下を覗く。
ぼそぼそと聞こえてくるないふの声に気づいたらしく、りうちゃんは「あぁ、そういうこと」と言いたそうに一つ頷いた。
それきり邪魔をしないようにか、踵を返す。
フロアの方へ戻り、もといた作業部屋へ向かおうとしているのが分かった。
それに僕も慌てて着いて行く。
「あの2人、やっとまとまった? 遅いくらいだったね」
廊下を歩きながら、りうちゃんがそう言った。
りうちゃんが何も思わないわけはない。
ないちゃんのことが好きで、それをずっと伝えるつもりもなく秘めていくことを決めていたんだから。
だけど、僕には分かるよ。
それとは別に、あの2人がうまくいって良かったって気持ちも、りうちゃんの中には確かにあるんだよね。
りうちゃんがないちゃんを恋愛感情で好きでいるよりももっと手前に、2人への尊敬と人間愛なんて大きな感情があるに違いないから。
僕だって、いふくんに告げたように「ないふがうまくいってくれたらりうちゃんがこっちを向いてくれるかも」なんて、打算的な意図だけがあるわけじゃなかった。
そんなことよりも、大事な仲間で家族みたいなないふが幸せになってくれることは純粋に嬉しい。
だけど、そんなことを口にするのは僕のキャラに似合わない。
それが分かっているから、りうちゃんの後ろをついていきながら「ねぇりうちゃん」と声をかけた。
ぷきゅきゅ、なんて少し妙な笑いを口から零しながら。
「寂しかったらいつでも僕の胸に飛び込んできていいからね」
「はいはい、遠慮しとく」
「即答じゃん! ちょっとは考えようよ!」
多分僕らには、これくらいのテンションの方が似合っている。
こんな道化みたいな僕だからこそ、今この瞬間もりうちゃんの隣にいられるんだろう。
多分僕が真面目で真正面から告白するタイプだったら、りうちゃんはきっともっと真摯に僕を振っていたに違いないから。
「僕はさ、りうちゃんの心のスキマを埋めて癒してあげられるなら何でもいいよ? 今から付き合っちゃう? お試ししちゃう?」
「そんなことするわけないじゃん」
「ですよねー」
けらけらと笑う僕に、りうちゃんは笑い返しはしなかった。
代わりに足を止めて、上半身を捻ってこちらを振り返る。
僕の方はというと、おかげで一瞬止まってしまった会話に目を丸くして同じように立ち止まった。
「そんなの、いむに対して失礼でしょ」
イケボと評されるりうちゃんの自慢の声が、僕にとって思いがけない言葉を紡ぐ。
「え」と声が零れ落ちそうになったけれど、りうちゃんはそれきりまた前を向いて歩き始めてしまった。
「僕相手だと自分がそんな気になれない」じゃなくて、「僕に対して失礼」って…そういう考え方をするんだね、りうちゃんは。
「ちょっと待ってりうちゃん! やっぱり今から付き合おうよ!?」
「はいはい、そういうのいいから」
いつか、道化でもおふざけでもなく想いを伝えられる日が来るだろうか。
君の傷が癒えた、その時に。
願わくばその傷を癒せるのが僕だったらいいのに、と願わずにもいられない。
「えーーーんじゃあせめて今からラーメン食べに行こ」
「いいね、それはアリ」
首だけ捻ってこちらに向けてそう応じたりうちゃんと、互いに顔を見合わせる。
同時に吹き出すように笑ってから、僕はその腕を取って引っ張ると、「早く行こう」と言わんばかりに勢いよく床を蹴った。
「…ほんまに全部やるん?」
仕事を片付けての帰り道。
俺のそんな言葉に、ないこは当然のように「うん」と頷いた。
「仕事大変なんちゃうん?」
「明日死ぬ気でやるから大丈夫」
夜もすっかり更けているから、周りに人気はない。
静かな夜の歩道を歩きながら、ないこは多忙を極めた不穏な言葉とは裏腹に幸せそうに笑う。
このお試し期間に失敗したことを全部やり直したい、なんてないこは言い出した。
内容がちっとも頭に入ってこなかった映画をもう一度家で見たいらしい。
「…いいけど……無駄やと思うよ」
「? 何で?」
「後で分かるよ」
首を捻ったないこに、思わず苦笑いを返す。
それから俺は、「ん」と手を差し出した。
前に出されたその俺の手を見つめて、ないこは「ん?」と首を傾げ返す。
「お試し期間に失敗したこと、全部やり直すんやろ?」
あの日夜道でないこが繋ごうとしたそれを回避したことを、暗に示した。
それで思い出したのか、ないこはゆっくりと俺の手を取る。
誰もいないのをいいことに、そのまま互いにきゅっと力を込めた。
「あとあれ、ちゅーも回避されたんですけど」
「あれは家やったやん。路上ではせんよ」
「事務所でも一回避けられた」
「じゃあそれは明日事務所でしたらえぇやん……いや、社長が事務所でそんなことすんなよ」
呆れたように言い直した俺に、ないこは「あはは」と楽しそうに声を上げて笑う。
さっきあの階段で既に1回してしまったことはノーカウントにしておこう。
繋いだ手をそのまま、ないこの家へと帰る。
手洗いだけ済ませたあいつは冷蔵庫から缶チューハイを取り出し、手際よくそのままテレビの準備を始めた。
契約している動画サイトを呼び出し、大画面で先日と同じ映画を映し出す。
「この前結局、頭に全然入ってこなかったんだよな」
この前と同じ、バカでかいビーズクッションに身を沈めた俺の前に、ないこはそう言いながら陣取る。
こちらの両足の間に座ったかと思うと、すぐにリモコンを操作して映画を再生させた。
「…だから、今日も無駄やと思うよ」
さっきの帰り道と同じ言葉を繰り返す。
するとないこは「さっきからなんなん、それ」と、訝し気に眉を寄せてこちらを振り返ろうとした。
その首筋に顔を埋める。
その瞬間、1日働いてきた男のものとは思えないような甘い香りが漂ってきた。
…あぁ、くらくらする。
誘われるようにそこに唇を這わせると、ないこは「…っ、まろ! 映画…!」とたしなめるような言葉を慌てて紡いだ。
「ないこは見たらえぇやん、俺は無理」
この前は理性を総動員して何とか耐えた。
ないこの気持ちも分からなかったし、「試し」という立場でそこまで自分に許すことができなかったから。
でも、今は違うだろ?
遠慮する相手もいなければ耐える理由もない。
「…俺だって無理だろ。そんなん言われて後ろから触られて、呑気に映画見てられるわけないじゃん」
「だから言うたやん。どっちにしろ『無駄』やって」
「………ずる」
バックハグの態勢でないこの顔をこちらに向けさせ、後ろから覆い被さるようにしてキスを落とす。
放っておけば俺に対する文句をまだ続けそうな唇を、勢いよく塞いだ。
そんな俺たちの前で、今日も見られることのないコメディ映画がテレビ画面から音を鳴らす。
愉快なはずのその映画の音声は、聞いてくれる人間もいないからか、2時間近くも切なく聴こえる音を流し続けた。
コメント
2件
ついに最終話…✨✨あっという間に終わってしまったように感じます🥹💘 桃さんが階段から落ちそうになったところを助けた青さんがかっこよすぎます…ハッピーエンドで見ていて終始悶えていましたっ·͜· ❤︎ 水さん赤さんの方も今の関係もきゅんとしますが進展したらいいなと願ったりです😖🤍 映画を見させず二人の世界に引きずり込む一枚上手な青さんが好きすぎます…、!! 何度も読み返しますっෆ