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幽鬼が出たの。この建物の中にね。とにかく、私たちはここから動いちゃダメ。隠れることもできないし、見つかったらアウトだけど…。でも玉雨様は、術を使って私たちを守ってくれるの。だからハルも、周りには注意してね。けが人も死者も、大勢出たことあったんだから。」
(玉雨様が飛び出していって間もなく…)ハルはまだ火照った脳で、ぼーっと考えることしかできない。(いま、理解しているのは、今が危険な状態で、動きまわったりしたら、命の危険もあるということ。でも、なんだろう…前にもあった気がする…。)ハルは、自分では気づかず、知らぬうちに冷静に対処している。隣では甘夏がうちわで仰いて入るが、その瞳は遠くを見つめているようだった。
カツ、カツ、カツ、カツ、…
時計の振子の音が、静まり返った部屋に響く。息を潜めているようにも感じ取れた。__瞬間
__ヴォォォオォオォオオ!!!ォォォ…
(⁉︎)「っえ…?」「っあ…!」
心の芯から震えるような、恐ろしい声だった。ビリビリと、ハルの横たわったままの身体を圧迫する。それについに耐えきれなくなって、バッ!とハルが状態を起こす。だが、血が昇り、視界が色に染まる。(っ……)よろめき、両腕で支えきれなくなった上半身が落ちる。そのまま畳に頭を打ちつけてしまった……
(桜滝、桜滝!早くお逃げなさい。ここはお母様が見張ります。早くお逃げなさい!……(はぁっはぁっ、っ!とお、さまっ…かあさまっ……(うっ、ひぐっ、とおさまっ、たたかわないで!…)
(思いを留める者よ!悔いを改め___!)
___(…………?)
いま、何か、視えた気がした。体の火照った熱が、一気に冷え、固まってゆく。 暗闇の中。土砂降りの雨。こちらに背を向け必死に叫ぶ、桜を見に纏った女性。雷の轟く中、手を合わせ唱える、細身の男性。そこに親を探す、小さき子供の声。
これは……
気のせいでもなんでもいい。夢でも現実でもなんでもいい。そんな思いで、気づけばハルは駆け出していた。甘夏の止める声は聞こえていた。だが、直接は届かなかった。あの叫び声がした、廊下の先へ__
「はっちゃん?……はっちゃん!ダメ!」
……
「待って!!幽鬼はっ、術が使えないと祓えないの!!」
甘夏は必死に手を伸ばした。だが、掠ることもなく、ハルは走り去ってしまった。
「あ…どうしよう…あのままじゃ、はっちゃんが…」
蒼白させた顔で、ふらふらとハルの後を追う。すると、「ギィイイィイ!!」と、先ほどとは少し違う、叫び声が聞こえてきた。_後ろから。
バッと後ろを振り向くと、人形型の幽鬼の姿があった。髪が黒く長く、また口は穴が空いたように大きくコチラを見ている。
すかさず甘夏は、札を構えた。玉雨から与えられていたものだ。
「暗きに閉じ込まれたものよ、我の言いごとに従い、花と還たまえ。」
シュッと音を立て札が飛ぶ。そのまま幽鬼に張り付き、光に包まれていった。その光が飛び交う中で、甘夏は意識を失った__
「はぁっはあっ、ゆうきは…⁉︎玉雨様…!」
ハルは必死になって玉雨と幽鬼の居場所を探すが、この広い建物の中を1人で探すのは難し過ぎる。それに、まだここに来てから1日経っていない。どの部屋がどこにあるのか、廊下はどこまで、どこに繋がっているのか把握できていない。
「…甘夏…ごめん…っ」
後悔がハルに表れた瞬間、またもや叫び声が響いてきた。玉雨が飛び出していった時と、同じ声が聞こえてきた。
__それを追って、ハルが目にしたものは。
禍々しく黒を帯び、天井にまでつく巨頭と、四畳はある巨体をもつバケモノと、玉雨が対峙している姿だった。玉雨はちぎられた数十枚の和紙の上に正座し筆と札をくわえていた。その瞳は鋭く、冷酷にそのバケモノを捉えていた。
かつての春菜の憎者を捉えたように。
「さて、我の技。汝御見物願おうか。」