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記憶の古着屋
街の外れに、少し変わった古着屋がありました。そこでは服ではなく、「他人の記憶」を売っています。
ある日、一人の青年が店を訪れました。
「何か、心が温まるような記憶をください。最近、自分の人生がひどく味気ないんです」
店主は静かに微笑み、店の奥から古ぼけたセーターを取り出しました。
「これは、ある老婦人が編み物をしていた午後の記憶です。陽だまりの中で、飼い猫が膝の上で丸まっている。ただそれだけの、平和な時間ですよ」
青年がそのセーターに袖を通すと、たちまち温かい光に包まれました。
柔らかな毛並みの感触、お日様の匂い、そして遠くで聞こえる誰かの笑い声。彼の荒んだ心は、瞬く間に穏やかさで満たされていきました。
「最高だ……。これをもらいます」
青年は満足げに代金を払い、店を去ろうとしました。しかし、店主が彼を呼び止めました。
「お客さん、忘れないでください。他人の記憶は、あくまで『古着』です。いつかは綻び、あなたの体温で薄れていく。自分自身の記憶こそが、一生ものの仕立て服になるのですよ」
青年は足を止め、自分の手のひらを見つめました。店を出た彼の足取りは、少しだけ軽くなっていました。これからは、誰かに売れるような「温かい記憶」を自分で作ってみよう。そう決めたからです。
終