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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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私ひとりになってしまったら、途端セキュリティに弾かれたりしそうで怖い。

実際には中から外へ、はそんなに心配しなくてもいいのかもしれないけれど、どうしても不慣れゆえに最悪の事態を想定してしまう。



「緊張がほぐれたみたいで何よりです」


私の減らず口を受けて、織田おりた課長がこちらを振り返るなりクスリと笑って。


その笑顔が何かを企んでいるようにしか見えなくて、ヒィッ!と思う。


そういえばこの人、さっき駐車時間のことで不穏なことを言ってた!と思い出した私は、ゾクリと走った悪寒に織田おりた課長から数歩分距離をあけるように後ずさった。


と、同時に足がキュッ!と床に捕まって、バランスを崩して転びそうになって。


――あーん、さっき気をつけなきゃって思ったのに私のバカ!



思わず「イヤァッ!」と「キャッ!」が混ざって、「いにゃぁっ!」とかいう変な声を上げて踏ん張ったら、織田おりた課長にめちゃくちゃ笑われてしまった。


――もう! こうなったのは誰のせいだと!


声にならない抗議を心の中で発しながら、つくづく思った。



本当、織田課長このひとってば、腹黒くて意地悪です!



***



「――で、どういう理由わけだったんですか?」


まるでモデルルームのような整然とした部屋の中。


ソファも床も、壁一面を覆う造り付けらしき棚も、何もかもがダークブラウンか、もしくは黒を基調とした色合いで統一されていて。


これで天井まで黒っぽかったりしたら重苦しいこと極まりないところだけれど、そこはさすがにクリームがかった白に、電球色のLEDライトでホッとする。



アイランドキッチンの向こうでは、織田おりた課長がこちらに背中を向ける格好でコーヒーメーカーをセットしていらして。


私はそれを落ち着かない気持ちで、「ここで待つように」と言われたソファに座って眺めながら、「何かお手伝いしましょうか?」と言う言葉を何度も口に出しかけては飲み込んで、を繰り返している。


このお洒落な空間で、私が何か出来るようには思えない。

かと言って、言われるがままボーッと座っていられるほど神経が図太くもないの。


ソワソワしながらお尻を浮かせたり付けたりを繰り返していたら、織田おりた課長が「何も手伝う必要はありませんからね」とこちらに背中を向けたまま言ってくる。



――ちょっ、何で分かったんですかっ。後ろにも目がついてるみたいでめっちゃ怖いんですけどっ。



思いながら、「で、でもっ」と、尚も言い募ろうとしたら、「来客があって、おもてなしをするのは家主ホスト仕事つとめでしょう?」といなされる。


それで仕方なく浮かしかけた腰をソファにつけておとなしく待ってはいるものの、織田おりた課長が言うと〝ホスト〟が別の意味に聞こえてザワザワするな、とか思ってしまった。


せっかく座り心地のいいソファなのに、背もたれに背を預けて深く座るとかは到底無理で、今にも落っこちそうなくらい浅く浅く腰掛けて、両膝りょうひざの間が開かないよう、斜めに下ろして揃えた足にグッと力を込める。


――ああ、これ、面接の時の椅子の腰掛け方だ。絶対疲れるやつ。



そんなことを思っていたら、珈琲の良い香りがし始めて、ややして「どうぞ」と、ソファ前に置かれたネストテーブルに、湯気のくゆるコーヒーカップが2つ置かれた。


白っぽい大理石調天板のローテーブルに、違和感なく溶け込む、耐熱ガラス製と思われる、透明なコーヒーカップ。


何これ、何これ! カップまでスタイリッシュとかっ。


可愛い癒し系絵柄で描かれた、パステルタッチのナマケモノイラストのマグカップを愛用している私は、容器が透き通っていると言うだけで落ち着かない。



私がいつもカフェラテばかりを飲んでいるからかな。


私の前に置かれたものには少量の珈琲に、たっぷりのミルクが注がれているようで、かなりのところ白っぽい茶色だった。


逆に、少し離れた位置に置かれた織田おりた課長のものはブラックに見えるので、「おもてなしする」という言葉も満更嘘というわけではなかったのかも知れない。



私のことなんて全然興味がないのかと思いきや、こんな風に結構見られてる?と感じるようなことをされて……それがなんだか凄くくすぐったいの。


「わざわざ気遣っていただいて有難うございます」と前置きしてから、「いただきます」とカップを手に取って、ふと思い出す。


そう言えば、お代わりで買ったアイスカフェラテ、ほとんど飲まずにカフェお店を出てしまった。


もったいないことをしたな、作ってくれた方に申し訳ないな、という思いで自然と眉根が寄ってしまう。



「話しにくいことならゆっくりでいいですからね?」



それを、そう判断したらしい織田おりた課長にそんな風に言われて、私は慌てて首を振った。



「ち、違うんですっ。――そのことはそんなに話しにくいわけじゃなくてっ」


情けなくはあるけれど、織田おりた課長には、陥没乳首という最大の秘密を知られていることを思えば、そんなに大したことじゃない。



私の言葉に織田おりた課長がキョトンとなさるから、


「さっき追加で買ったアイスカフェラテ。ほとんど飲まないままにお店を出てしまったのを思い出して」


そこで一旦言葉を切って、少し躊躇ためらいがちに、


「せっかく作っていただいたのに残してしまって……お店の方に申し訳ないことをしたな、って思いました……」


カップを握る手をモジモジさせながら付け加えたら、織田おりた課長が驚いたように息を詰めたのが分かった。


何てみみっちいことを言う貧乏娘なんだ、と思われちゃったかな。



そう思って、言わなきゃ良かったと後悔する。


それで、すぐさま「すみません、変なことを言いました! 忘れてくださいっ」と付け加えたら、「いえ。今、僕は貴女のことをますますいい子だなぁとところです」とか。


ちょっ、なんの冗談ですかっ。


「か、揶揄からかわないでください!」


私、恋愛経験値の乏しい小娘なのです。


織田おりた課長はその容姿でいらっしゃるから百戦錬磨の手練てだれかも知れませんが、私はそう言うのに慣れていないのです。勘弁してください!


好きでもない相手にそう言うことを言う相手は嫌いです、と思いながらキッ!と睨みつけたら、何故か溜め息を落とされてしまった。



「僕はいつでも至って本気ですし、基本本心しか言わないんですけどね。――部下のことを憎からず思ってないと、面倒なんて見られないと思いませんか?」


その言葉のニュアンスからすると、さっきの惚れた腫れたも〝可愛い子供〟への愛情表現の1つ、みたいな感覚でしょうか?


確かに課長と私は8つ離れているわけだから、そんな感じなのかも知れない。


そう思って、「真意を汲み取れませんでした。すみません」と素直に謝ったら、何故かクスッと笑われて。


「キミは本当に真っ直ぐで危なっかしいね」


ってつぶやくの。


どう言う意味ですか?って聞こうとしたら、まるでそれを言わせないみたいに


「ねぇ、。僕が作った珈琲、口に合うかどうか分かりませんけど……先程のカフェラテへの罪滅ぼしのつもりで温かいうちに飲み切って頂けたら嬉しいです」


って話を変えるの。


しかも、狙ったように天使みたいなふんわり笑顔で、とか。


――絶対わざとですよね!?


そう思いながらも、大好きな顔でそんなことをされたらチョロ子の私はいとも簡単にクラリときてしまう。


織田おりた課長のお母様の葉月さんとお別れしてから、私のことを「貴女」か「キミ」でしか呼び掛けていらっしゃらなかったくせに、ここへ来ていきなり甘えるように「春凪はな」と呼んでくるところも何だかズルイです。

課長のなかで「柴田しばたさん」な私はどこへ行ってしまったのでしょう?


好みの彼に弱みを握られていますっ!

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