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マスカレード…すなわち、仮面舞踏会。人に隠しておきたい一つや二つの秘密は皆持っているのではないだろうか?ここ、レストラン・マスカレードはそんな秘密を抱えまくった人間のためのいわば完全プライベートレストランである。従業員は全員仮面=マスク=をつけ、口元しか見えない。ここに足を運ぶ客も入店時は誰にも見つからない専用入口を案内され、そこからの道はエレベーターと迷路のような通路で他の客と鉢合わせないように計算しつくされている。
「おい、今日のお客様のリストだ。頭に入れておけ」
「わかりました。オーナー」
俺、花垣武道はレストラン・マスカレードの従業員である。つい1年前まではレンタルビデオ店でバイトをしていた。しかし、金を貸していた友人が危ない所からも金を借りており、俺を借金の連帯保証人にして蒸発した。それを知らなかった俺はいきなり部屋に押しかけてきた黒服の男たちに黒光りする銃口を向けられながらこう問われた。
今死ぬか、働いて金を返すか
俺の答えは決まっていた
享年26だなんてあんまりにも悲しすぎる。そうして連れてこられた先がここだったのだ。
ここは本当に様々な人間が利用する。テレビで世間を騒がせた政治家、テレビでは見ない日もないような芸能人、そして警察が追っている犯罪者、暴力団…そのほか諸々。
この1年で俺は嫌というほど、その醜い内情を見てきた。不倫、裏工作、闇金…この世の中のメディアにでれば即トップニュースを占めるような話し合いがここでは頻繁に行われている。
「おい、何ぼさっとしてる。お客様が到着した迎えに行け!」
「かしこまりました」
迷路のような道もこの一年で死ぬほど往復して覚えた。万歩計つけてたらやばい数字になるくらい…道を覚えるまではひたすら教育係の先輩についていって覚えていたのを昨日の事のように思い出す。ここでは基本的にそれぞれの卓に一人のウエーターが付く。理由は様々だが万が一情報が漏れたとき卓のウエーターを決めておけば始末しやすいから、というのを真顔で言い放つオーナーの顔は今でも忘れられない。入りたての俺は生唾を飲み込んだが要は他言無用…死にたくなければしゃべる暇もなく働け…ということらしい。実際何人もの人間が情報をリークしようとしたらしいがその人たちはここにはいないので成功したのかはわからない。とにかく、俺は借金を返し一刻も早くここから去るために必死で働いていた。
「えっと、今日はお得意様が一組…とこの人は新規だな」
オーナーから渡された今日のリストに目を通す。担当するお客様は2組だ…ここは夕方から朝方にかけて営業しているので一日のさばく数はまちまちだが、今日は定時…と言っても定められてないので約8時間労働で帰れそうだ。
来店されるお客様を迎えるために俺は自身の姿を最後に確認する。金色だった髪はここに入るときに黒に戻し、髪はしっかりとオールバックにセット。ベストとスーツは派手すぎないストライプ柄で統一され、皺がないことを確認する。出勤時に着ていたよれたTシャツを思い出すとなんだかこの服に着られているような感じもするが、先輩からはずいぶん様になったと言われたのでまあそういうことにしておこう。靴は少し奮発して発注したローヒールの革靴でいいだろう…最後に、胸ポケットに入っている黒い仮面を目元に着ければ完成だ。オーナーからもらった仮面はスパンコールと細かい金の糸で刺繍されているため黒でも重くなることはない。きらきらと存在を主張するこの仮面は俺達の最後の砦だ。身元が割れた仮面は二度と仕事が出来なくなる…そんな噂を誰かが流していた。
「よし、いくか」
息を深く吐いて、本日のお客様をお迎えする。
「ようこそ、レストラン・マスカレードへ」
「ふう、意外と早く終わったな」
予定通り2組順調に進み、俺は自分が予想していたよりはるかに早くバックヤードに戻っていた。今日はゆっくり休めそうだ。仮面を外し、自分のロッカーに手を掛けたところで部屋の扉が勢いよく開いた。衝撃に固まっていると、慌てて入ってきたオーナーは焦ったように俺の肩を掴んだ
「おい!何してんだ!!まだ終わってねーぞ!!!」
「え、そんなはずは…ほら、見てください。今日俺2組だけですよ?」
ね?そういって俺が手渡された紙を見せるとオーナーはバッとひったくり、新しい資料を俺の目の前に出してきた。彼の力が強すぎたのか握られた箇所はグシャッと皺が寄っている…いい加減に紙媒体辞めたらいいのに…
「この方々で最後だ!!いいか、絶対にへまするなよ」
「ちょ、ん?…この人たちって確か緑先輩が担当だったじゃないですか」
資料に目を通すと、見覚えのない顔写真がそこには並んでいた。上客の担当になったと自慢してきた緑色の仮面をつけた彼(緑先輩)の今にも踊りだしそうな勢いはほんの数カ月前の出来事だったような気がする。
その疑問にオーナーは何だそんなことかと言い、早く迎える準備をしろと俺をぐいぐい押していく
「あいつは辞めた」
なるほど、そういうことか。確かに最近姿を見なかったが辞めたのか…どこかで元気にやってるといいけど。
「そういえば店長、この人たち何関係なんですか?イケメンって誰かが言ってましたけど芸能人?」
「お前いい加減レンタルビデオ店の呼び癖直せって何回言えばいいんだ…俺の事はオーナーと呼べバカ道!!」
すんません、と平謝りすれば俺の仮面と卓用のインカムをグイっと胸に押し付けて吐き捨てるようにこう言った。
「お前が知る必要はない!!いいからさっさと仕事しろ」
あんまりな言い方だったが聞いた俺も野暮だった。俺達従業員に客の情報が知らされることはほぼない。彼らの素性を知るのは最初に利用する際に契約を取り付けた者とオーナーのみ。オーナー曰く、この上客の会合は不定期に行われており開かれた場合は億が動くかその部屋が血で染まるかの2択らしい。怖すぎである…というか入って1年の俺がそんな人たち相手にしていいのか?オーナーに聞くと今開いているのが俺しかいないらしい。くそ、もうちょっと最後の客と粘って話せばよかった…!!
「とにかく、この方々にはくれぐれも失礼のないようにな!!お前の借金が一夜で消えるかお前が消えるか…見ものだな」
ニヤリと挑発するように笑ったオーナーにそういえばお前生命保険入ってる?と聞かれて今日が俺の命日なのかと遠い目をしたのは許してほしい。
いつどんな目に遭うかわからないこの場所では給料は破格にいい。それも客によって俺達の給料がランク分けされているのでこの組は成功すればマジで借金返済の希望となる。
「この一年でここがどんなところかお前も覚えただろ?この客に金は問わない、最高のおもてなしをしてこい」
「…かしこまりました。オーナー」
これは賭けだ…生きて帰れるか死ぬか。ちなみに補足でオーナーが教えてくれたのだが彼らに殺された従業員の数はこのレストランにある食器の数より多いらしい。お前は何枚目か数えとくわーといって去っていったオーナーの背中に蹴りを入れなかった自分を心底ほめてやりたい。
いつもの迎える入口とは違いVIP専用のゲートのまえで待っていると真っ黒い高級車が2台入ってきた。
ピシリと右手を胸の前に当て指先を伸ばす。構えた掌にじっとりとした汗を感じる。
頑張れ武道…おまえなら乗り切れる。
己を鼓舞して意識を集中させると車の扉があく音がして、俺は深くお辞儀をしてスッと居住まいを正した。運転手が下りてきて、軽く会釈をして後部座席を開けた。
「いらっしゃいませ」
自分がガチガチに緊張しているのがわかる…。仮面の下で俺は泣きそうになる自分を何とか叱咤し、震える足を悟られないように精一杯の笑みを口元に浮かべる。
「あ?また新しいやつかよ」
俺の挨拶をお構いなしに一蹴りしてきたのは派手なピンク色の髪をしたイケメン。口元の傷あとが印象的だ。バッシバシのまつ毛を揺らして長い脚で車から降りてきた。おそらくオーダーメイドであろう着る人を選ぶ紫のスーツがどうしてここまで似合うのか…。
「この前の奴…死んだんじゃね?お前が刺してたじゃん」
「兄ちゃんもつまんねーっていってボコってた」
おっと、不吉な言葉が聞こえてきた…ここは必殺聞こえないフリ。ピンクイケメンに軽口をたたいているのは同じ顔をした二人。派手なツートンカラーを揺らしながらお洒落なスーツを着こなしている。てか足長っ!?ニヒルに笑った長髪の彼としっとりと薄く笑みを浮かべた短髪の彼は面白そうにこちらを見ている。これまたイケメンだ。
「こんなところで騒ぐな…お前らいい加減大人しくしろ」
「…あんまり問題起こしてムダ金使うなよ」
2台目の車から降りてきたのは黒い髪をセンターで分けた額に大きな傷の残るこれまたイケメンと、肩まである髪に片側にラインの入ったチャイナ服をまとった切れ長の瞳が印象的なイケメンが降りてきた。長年の俺の勘が告げているが比較的この二人はまともそうだ…まあ、ここに来る人にまともな奴なんていないんだろうけど。
「首領、つきました」
ピンク髪の男が運転手をどかして最後の一人に声を掛ける。
その言葉に全員が道を開ける様に立っていた。
「…ああ」
切り揃えられた白髪を揺らして、ふらりと車から降りてきたのは日の光を浴びていないような線の細い青年だった。深く刻まれた隈に光のない瞳が向けられる。どこを見ているのか…闇を抱えたような瞳を俺はまっすぐ見つめて微笑んだ。
「ようこそ、いらっしゃいました。本日担当いたしますミチと申します」
何卒宜しくお願い致します。マニュアル通りのセリフを口にすると素早く皆さんの荷物を預かり、部屋へと案内する。幸い荷物は小さなキャリーケースだけだったのでチャイナ服の彼からそれを受け取ると俺は素早く一行を案内する。
言い忘れていたが、ここは銃の使用は厳禁である。レストランに銃なんて…と思うことなかれ。ここのお客様の中には携帯のように常に持ち歩いている人が多い、お客様に安心してお食事を楽しんでもらうため…俺の身の安全のためにも部屋に持ち込まれないように途中の手荷物預かり所でそれぞれの得物(銃とか銃とか…たまに警棒とか…どこに入ってるんだよ)を預けてもらう。
が、しかしこのチェック…所詮は人の手によって行われるので不備や見落としも出るというモノ。
いい加減に危険物用の検知器買って欲しいが今はそうも言ってられない。
俺は、目的の部屋に案内すると一人ずつ部屋に入っていく…そして最後の一人になったところで俺は部屋に入るのを遮るように彼の目の前に立った。
「あ“ぁ?なんだてめぇ」
邪魔だという言葉を発しなくてもバシバシと刺さる殺気に俺は今にも逃げ出したい気持ちだったが、何とかこらえてピンクの彼に向き合う。
「申し訳ございません、こちらの部屋には銃の持ち込みが禁止となっております」
「はんっ…銃ならさっき預けただろうが」
いいからそこを退けという彼に負けてはいけない。俺には借金があるんだ…頑張れ俺!!ここで許せば自分に穴が開くかもしれない!!
俺達のやり取りに、なんだ?どうした?と先に部屋に入っていた皆さんからの視線も感じる。つまらなさそうに傍観する者、早く終われとため息をつく者、面白そうに見つめる者…様々な視線が背中にささるが俺は引けない
「言いがかりか?銃なんて、どこに隠してるっていうんだよ」
ほらよ、と高そうなジャケットを無造作に脱ぎ捨てる彼に俺は慌ててそれを拾い上げ皺がついていないか確認する。よかった、大丈夫みたいだ。引き締められた体にぴったりと合ったベスト。第二ボタンまで開けられたYシャツから洩れる色気は半端ない…よかった俺男で。女だったら許してたわ。確かに上半身には隠していない…しかし、少し視線を移せば高そうな靴の上には不自然なふくらみが足首あたりに見受けられる。
「左足の裾を確認してもよろしいでしょうか」
「…ほお」
ほほ笑んだ俺にニヤリと笑みを返すピンクの男はスラリと伸びた左足を少し前に出す。俺はジャケットと丁寧に抱えて失礼いたしますと告げると男の足元にしゃがみ込みそっと手を伸ばす
「!」
だが次の瞬間、男の左足が一瞬でなくなり俺の頭上に振り上げられたのがわかった。
(やばっ!!)
俺は無意識に顔を覆っている仮面を守るようにジャケットを持っていない手で遮ると来る衝撃に備える。もし腕折れたら…料理はこべねえ
「おい、やめろ」
俺の後ろから声がかかると、不機嫌そうに舌打ちしたピンクの男は振り上げた足をもとに戻した。そして、おもむろに裾から小型の銃を取り出して俺の目の前に放り投げてきた。
助かった…のか?
俺は急いで銃を拾い上げ頭を下げる。そして振り返って、止めてくれたチャイナ服の彼にもお礼を言わなければ。
「ありがとうございました」
俺の言葉にチャイナ服の彼は別に…と興味なさげに呟くとピンクの彼に早く部屋に入れと促す。
「三途、この前も持ち込んで返り血の付いた壁こっちが負担する羽目になっただろ」
誰が払ったと思ってる…と睨みつけると三途と呼ばれたピンクの彼はちっとも悪びれた様子を見せずに、わーったよと大股で俺をどかして部屋に入室した。
「チッ、時間つかいやがって」
「も、申し訳ございません」
全然俺悪くないけど…という言葉は飲み込んで謝罪すると黒髪の彼が申し訳なさそうに眉を下げた
「いや、この店の規則なんだからこちらが悪い」
許してやってくれ、という彼に俺は今夜の一番尽くす相手を決めた。黒髪さんめっちゃサービスします。
「カクチョーヤサシイね」
「早くしろよなー、さっきまでどっかの誰かさんのスクラップ付き合ってたから腹ペコなんだけど」
喉乾いたし、と派手髪コンビの小言に俺は銃を預けるため右耳に装着したインカムのスイッチを切り替えた。コントロール室に繋ぐと程なくして手荷物所の係が取りに来て頭を下げて去っていき俺もようやく部屋へと入る。
全員が入室したのを確認すると、俺はキャリーケースを壁際に置いた。円卓のテーブルを囲うように用意された椅子に、首領と呼ばれた彼の椅子を引く。俺しかウエーターがいないので他の人は予め引いてある椅子に座ってもらうことになっている。これはこの方々だけでなく、この店を利用する人共通なのだ。
「どうぞ」
彼は無言で席に着くと、他の人も席に着く。…右となりの三途様の視線が痛く突き刺さるのはなぜだ。
「ヘドロの分際で首領の椅子に触ってんじゃねえ!」
「…申し訳ございません」
あ、この人苦手。ヘドロって俺の事だよな…威嚇してきたのは獰猛なヒョウのようだ…多分この人自分の納得できないやつ片っ端からいじめてくタイプの人間だな。
最初からこんな調子で…大丈夫だろうか。悟られないように小さくため息をついてドリンクのコースターをそれぞれの位置に置き、次にカートに準備された料理を丁寧に運んでいく。
食器を置く際には音を立てない。素早く最短のルートで提供する。
「お飲み物は…こちらでよろしいでしょうか?」
「ああ」
チャイナ服の彼の言葉に一礼するとお酒を持って、それぞれのグラスに注いでいく。指先まで気を抜いてはいけない。彼らに会う直前まで緑先輩のマニュアルを頭に叩きこんだ俺は書いてあった言葉を思い出す。乾杯酒の銘柄、それぞれの好みの味付けと食べるスピード…俺達はお客様にあったサービスを提供するため、たとえ誰に引き継がれてもそのサービスの質を落としてはならない。唯一、首領と呼ばれた彼の好むものは書いていなかったが…あまり食べないのだろうか?
「前菜は以上になります。何かありましたらこちらのベルでお呼びください」
深くお辞儀をして俺は一度部屋を退出する。それと同時に深く息を吐き出した。
(っはあ~~!!!やばい緊張した…もうこの部屋行きたくない)
いや、まだ始まったばかりだと自身に突っ込みを入れて次の料理を取りに行く。願わくば、穏便に終わってほしい。今のところ要注意はあの三途様だな…またなんかやってきそう。
こんな予想をしていると所詮はフラグという奴で俺は昔から心配事は倍以上になって返ってくるという教訓があるのを頭からすっかり忘れていた。
ちりん
「!」
扉の前で待機していると、小さく響いたベルの音に俺は素早くノックをして入室する。
「失礼します。お呼びでしょうか」
部屋にはいると、食事の済んでいる人はいなかった。俺の入室に声を掛けたのは派手なツートンカラーが肩に揺れる彼だった。
「おー、きたきた。俺これもういいわ。下げろ」
「…お口に合いませんでしたか?」
緑先輩の用意したマニュアルにそって彼好みの味付けにしてあるはず…どうやらお気に召さなかったのか殆ど手を付けられてない皿を見て俺は少し落胆する。
「気分じゃないだけ」
(いやさすがにそれは読めない)
なるほど、気分ね…俺は自分の脳内に「派手髪(長)気分屋」という項目を追加した。
素早く彼の皿を下げて退出する一体何がいいのか…そう思って彼らの会話を思い出すと先ほどまで仕事をしていたという話を思い出した。
「もしかして、冷たい料理のがいいのかな…」
彼らの到着に合わせて作られた料理は出来立てでまだ湯気が見える。喉が乾いてるって部屋に入るときに言っていたし…そういえば彼らのグラスの減りは他の人に比べて早かった。
「ちょっと、行ってみるか…もしもし、こちら10番です至急料理の変更をお願いします」
ものは試しだ。俺は用意してもらった新しい料理を2つ片手に部屋をノックする。素早く先ほどの彼のもとへ行くと彼は、はあ?と少し不機嫌そうに俺を見上げた。
「あの、こちらの料理はいかがでしょうか」
「頼んでねーけど」
「…勝手にすみません…こちら冷製スープでございます…先ほどの料理は温かかったので疲れている体を休めるならこちらを、と思ったのですが…」
宜しければ、そちらのお客様も。とあまり箸の進んでいない派手髪(短)にも同じものをお出しする。二人は顔を見合わせて、料理を一口食べると「悪くないな」とニヤリと笑ってくれた。
「お気に召していただけてよかったです…。」
まじで良かった。俺的にも料理を残されるのはあんまりいいことではないし…これを作っている同僚の顔を思い出して心の中で拍手をする。
あたりを見渡すとやり取りをしている間に、何人かは食事を終えているようだった。素早く皿を回収し、空いたグラスに酒を追加する。
先ほどのお客様の所でもう一度グラスに注ぐとその手をパシリと掴まれて、驚きで肩を揺らした。
「な、なにか?」
「俺、灰谷蘭ねこっちが弟の竜胆」
「は、はい。蘭様、竜胆様よろしくお願いいたします」
「「お前の事気に入った♡」」
声をそろえてそういった二人に三途様から趣味わりーと吐き捨てる様に言われてしまった。俺は「あ、ありがとうございます?」と曖昧に笑って掴まれた腕をやんわり払う。
「では次のお料理をお持ちします」
そう言って下がると、俺は皿の減り具合を確認する。ひと際目につくのはチャイナ服の彼の皿だ。食べ終えるのも早かったし、ソース一つ残されていない…ペロリと食べてくれたのは嬉しいが、なにか引っかかる。そういえば緑先輩のマニュアルにもいつも最初に食べ終えるのはあの人だと書いてあった…それに料理を残したことも数少ないらしい。そういえば…あの人、中央に置いてあるバケットに入ったパンを一番食べているな…。少し疑問を抱きながらも次のスープをお出しする。すると案の定彼はマナー良くこれまたペロリと平らげた。食器を下げる際に添えたパンも追加して俺は部屋を出る。
確信はないが、これはウエーターの勘だ。おそらく量が足りていない
「よし…あ、こちら10番です。あのちょっとご相談なのですが…」
俺は次のポワソンを運ぶ…新鮮とれたての海の幸をふんだんに盛った皿は色鮮やかでとても美味しそうだ。それぞれのテーブルに運ぶとチャイナ服の彼にひと際大きな皿を置く。少し驚いたようにそれを見つめる彼に俺は内心冷や汗をかいた。これで間違ってたら恥ずかしすぎる。他の人も自分の皿と見比べている。
「あ?なんでこの皿だけ多いんだ?」
黒髪の彼が皆の疑問を代弁するように声を掛けてきた。
「失礼ながら、召し上がっている様子で…いつもの量だと物足りないのではないかと…思いまして」
最後は尻すぼみになりながら消え入るように言ってしまった。チャイナ服の彼は何もリアクションを起こさない…これはミスったか。俺は慌てて皿を下げようと手を伸ばすも、その手を制するように彼はナイフとフォークを手に取った。
「…よく見てるな…おまえ」
俺、結構食うから。ポツリと呟くとニヤリと企むように笑ってパクパクと皿の上を綺麗にしていく彼に俺は安堵から少し息を吐く。
「メイン料理も多めにしておきます」
仮面の下で微笑んだ俺のその言葉に彼は綺麗に口を拭きながら短く返事を返してくれた。よかった…意外といい調子ではないだろうか。
次は、いよいよヴィアントだ。この方々には最上のもてなしを…と言われているので牛肉を使った当店最高ランクの逸品を提供する。俺もこの料理を運ぶのは初めてでこの皿だけでいくらするのやら…考えただけで手が震えてくる。
各々のテーブルに無事に運び終えカートに手を掛けると、俺は背後から何かが風を切る音に持っていたお盆を頭に被せる様にしゃがみ込んだ
「ひぃっ!!」
「あ“?避けんなよ」
イラついたように言ったのは三途様だ。俺は隣にあった壁を恐る恐る振り向くと恐ろしいくらい深くめり込んだナイフが壁に垂直に刺さっていた。これ…当たってたらこの壁が俺だった…?
「あ、危ないです!」
「手が滑ったんだよ」
何言ってんだこの人…。彼はテーブルに用意されたナイフにまた手を掛けると俺に向かって手際よく投げてくる。俺は間一髪かわしたり、お盆で防いだりと何とか身を守るが三途様はついに手持ちのナイフが無くなったようで俺に向かって叫んだ
「おい、ナイフ持ってこい。これじゃあ食えねーだろ」
「…か、かしこまりました」
お客様の言うことは絶対…とはいえ嫌すぎる。絶対俺の事狙ってくるじゃん。何が気に入らないのか、彼は愉快そうに笑って今度はフォークをくるくると掌で遊ばせている。今度はそれ投げる気かよ…!絶望しながら予備として置いてあるナイフを持って彼に近づくと、素早くナイフを置いて顔を守るようにお盆を構える。案の定投げられたナイフに俺はもう泣きそうだった
「おい、その辺にしとけホコリが入る」
「こいつが動くのがいけねーだろ」
「三途、こいつ気に入ったからあんまりちょっかいかけんな」
「そうだな兄ちゃん。お前、俺達(灰谷)お墨付きのウエーターなんて光栄に思えよ?ミチ、だっけ?肉のソースおかわりある?」
兄ちゃんもいる?と竜胆様が尋ねれば蘭様はコクリと小さく頷き短い髪を耳にかける仕草に、きゅんとした。そんな姿でさえ色気がある。彼らは視線を合わせて俺を見るとニコリと微笑んだ。めっちゃ持ってきますイケメンズルい。
「は、はい!ただいま!!」
お持ちします、というセリフを迫りくるナイフから走って避けた俺は挨拶もそこそこに部屋を出た。厨房にソースの追加分を頼んでオーナーのいる部屋へ駆け込む。
「…!!店長!!」
「オーナーだ!!テメーこんなところで油売ってないでとっとと行け!!」
「む、無理っす!!俺殺されます!!」
「しるか!!」
俺の体をドンとおして部屋から締め出し、カギを掛けたオーナーに俺は今度こそ扉を蹴った。くそ、足首痛めた。
扉の前で重くため息を吐いて追加のソースを片手にノックをする。入室をすると俺は手早く蘭様と竜胆様の元へ行き、残った肉にソースをかける。ふんわりと香るスパイシーな香りに二人は満足げだ。さてと、と俺は視線をしっかり三途様に固定し静かに後退する。
「おい、クソヘドロ。ナイフ持ってこい。また手が滑ってな…」
「…予備を先ほど出してしまったので取りに行ってきます」
「はんっ!準備の悪ぃ奴だな」
「これ程までに手を滑らせる人は初めて担当いたしましたので…勉強になりました」
「あ“?ケンカ売ってんのか?」
やばっ!!ついやってしまった。中学の頃からのやんちゃが抜けきっていないのかたまにこういうことやっちゃうんだよな…でも今回はお客様だ。冷静になれ、俺!!借金のため命のため!
「…滅相もありません!!お客様、すぐにお持ちいたします」
「ぷぷ…ウケるんだけど、なあ竜胆聞いたか?三途のあのいわれよう」
「兄ちゃん…やばい腹痛い…っぎゃはは!!」
ゲラゲラと腹を抱えて笑い転げる二人に三途様は素早く視線を光らせると、標的を二人に変えたのかフォークを構えて二人の間に投げ込んだ。二人はあっさりとそれを避けると今度は三途様に向かって手元のナイフを投げ込んだ。
「コロス!!」
「やってみろやヤク中!!」
「ここで決着つけてやるぜ!!」
一瞬で騒然とした部屋になったが注意が逸れたので俺は素早く、後ろに下がって扉の近くに移動した。この人たち本当に何してる人なんだよ…。ていうかこの中で普通に会話してるチャイナ服の人と黒髪の人なんなの!?これが普通ですみたいな顔してる…。
俺が唖然と見ていると黒髪の彼とチャイナ服の彼は一言かわした後、こちらを向いて手招きをした。
その行動にハッとして自分の仕事を思い出す。そうだ。今は給仕に専念しなくちゃ
「御用ですか?」
「手洗いに行きたい」
「かしこまりました」
案内するため、俺は二人を連れてそっと部屋を出る。あの部屋から脱出できたことに安堵しながら俺は二人を横目で見て歩みを進めた。
「おい、ここでいい」
道の半分も行っていない時にそう声を掛けられ、思わず立ち止まった。
「え、ですが…まだ」
「あの部屋から出たかっただけだからな」
「うるさくて敵わねーからな…なに、少ししたら戻る」
「あ…そうでしたか。ではこの先に吹き抜けの間がありますので宜しければご覧になりますか?」
「そんなところがあるのか…」
当館自慢の景色です。と言うと初めて聞いたと驚く二人に、俺は仮面の下で苦笑いをする。
「あまり、ご案内するのは進められていないのですがお二人なら大丈夫です」
「…お前あんまり人の事信用するなよ」
「え?はい!」
「絶対わかってない」
なあ?と目配せをしたチャイナ服の彼にうんうんと黒髪さんは深く頷いている。
俺は曖昧に笑みを返すも二人は気難しそうな顔をしたままだ。
「つきました」
「ふーん、良い眺めだな」
「レストラン…というより昔の遊郭のようだな」
「コンセプトは俺も知りませんが、オーナーの趣味だそうです」
こういうのが好きらしいので…ちょっと目が痛いですよねー、と言うと二人が目元を細めてこちらを見ていた。なんだろう…もしかしてこういうことって言っちゃまずいのかオーナーすみません趣味バレました。
「お前、素はそんなかんじなんだな」
「え…?!も、申し訳ございません!!」
お客様の前だというのに、なぜだか俺は二人の前で素の口調になってしまった。
「いや、いいぜ。堅苦しいのは好きじゃないから」
「そういうわけには参りません。どうかご容赦を」
「なあ、この建物の最上階って…どんなところだ?」
今の事をとがめないから…少しだけ教えてくれ。そういって目を細めたチャイナ服の彼に俺は背中に冷や汗が伝った。
このレストランにはお客様の重要な情報も数多く保管されている。それは最上階に保管されておりこのレストラン一部の者しかその存在を知らない。俺は勿論その他大勢なので、知る由もない。だがその情報を狙ってくる人間もいるらしく…もしかして、彼らもそういう人間なのか。俺の怪しむような視線に黒髪の彼はフッと笑って眉をあげた。
「そんな警戒するな、ただの好奇心だよ」
「…ここの最上階には私共も何があるのかわからないのです」
お役に立てず申し訳ございませんと頭を下げると、二人は顔を見合わせて仕方ないと肩をすくめた。質問を変えよう、というと黒髪の彼が俺の頬に手を伸ばしてそっと触れてくる。
俺は咄嗟に仮面を押さえて二人を睨みつける。この仮面を取られることは俺の死を意味する。
「お前は俺達が誰だか知っているのか?」
「…いえ、私共にはお客様が何者であるか知らされることはありません。それを全て知るのはオーナーのみです」
「なるほど…じゃあ、お前は何でここで働いてるんだ?金か?それとも、ヤバイ薬にでも手を出したか?」
「そ、れは…その、借金があって…友達のですけど」
「ああ、それは可哀想に…」
チャイナ服の彼は俺に同情するように大げさなほど悲壮な声を上げる。それなら…といって俺の顔にズイっと迫ってきた。一歩引いてしまったが彼はそんなことお構いなしに俺の腰に手を回す。
「あのっ…」
「助けてやろうか?」
「え?」
俺達なら、助けてやれる。チャイナ服の彼は俺の整えられた髪をひと撫ですると耳に触れ首筋に手を伸ばし、くすぐったさに身を捩れば彼は「自由になりたいだろう?」そう言って綺麗にほほ笑んだ。言い知れぬ闇を感じて俺は咄嗟に彼の胸を押して体を離れさせる。
「ここから逃がしてやるよ」
ミチ、そう言って呼ばれた名前にぞわりと鳥肌が立つ。なんだこれ…誰だこの人たちまともとか言ったの?!
「よく見るとかわいい顔してるじゃねーか」
「お前ならここよりいい所で稼げるぞ」
全身を舐めるように見られ、俺は震えてしまいそうになるのを必死に耐えて二人に向き直る。ここで負けたら今までの俺の努力は泡となる…!初めて来た時と同じように指先に力を入れて右手をスッと胸の前にあて微笑んだ。
「お客様、そろそろお時間です」
タイミングを見計らったように10番の部屋から怒声が聞こえる。卓を離れている間は給仕は来ないため、何か呼んでいるのだろう。先ほどからうるさいくらい聞こえてくるベルの音に俺は初めて三途様に感謝した。
「ふーん、まあいいか」
「戻るか…あいつらがうるさそうだ」
「そうだな…時間は使ったが…うまくいった」
何が上手くいったのだろう?気分転換の話かな?…二人の会話に疑問を抱きつつも、素直に部屋へと戻ろうとする二人の前を先導する。なんだ?何か妙だ…
「そうそう、俺はココだ。お客様だと…あいつらと区別つかないだろ?」
「俺の事は鶴蝶でいい」
「は、はあ…かしこまりました」
後ろからの視線に軽く頷くと満足そうに二人は微笑んだ。
そうして部屋まで案内し、先に入室した二人の後を追うように惨状を覚悟して部屋をのぞく。恐ろしいくらいに怒声が聞こえてきたので、さぞ荒れ狂っている事だろう…
「あ、あれ?」
「あ“?どうしたドブス」
覚悟を決めた俺の予想とは裏腹に、部屋は綺麗なままだった。勿論最初に投げ合っていたカトラリーは散乱しているが、それ以上は何も変わっていない…いや、違う
なんだこの違和感
不機嫌そうな三途様、ニヤニヤとこちらを見る蘭様と竜胆様…そして今俺が案内し自身の席に着くココ様と鶴蝶様…
あれ
一人足りない
全身から汗が噴き出してくる。ゴクリと生唾を飲み込んで俺は重々しく口を開いた
「あ、あの…もう一人のお客様は…?」
「さあ?」
ペロリと挑発するように口元の傷跡を舐めた三途様に俺の疑問は確信へと変わる。
やられた。
ココ様と鶴蝶様を見ると二人とも俺をじっと見つめていた。
「だから言ったじゃないか…」
あまり人を信用するな…って
そう言って笑った鶴蝶様に俺は自分の拳を握りしめる。最悪だ。この部屋から出るときは俺達が付きそうのがルール。どんな事情があろうとも決してお客様のみで部屋から外に出ることは許されない。勝手に出られないように部屋の内側にロックがかかっているが俺だけがその解錠を許されている。考えうることは一つ…さっき二人が席をたったタイミングでもう一人も外に出ていたのだ。二人は俺の意識が部屋から逸れる様にわざと俺を揺さぶっていた
落ち着いて…武道。大丈夫。このレストランをこの場にいる誰よりも知っているのは俺だ。
俺は深呼吸をして息を整えると、部屋の全員の顔を一人一人見つめて言葉を紡いだ。
「…そうでしたか、では迷ってしまわれているかもしれないので探してまいります」
「迷わねーよ。悪いこと言わねーからここで待ってたら?」
竜胆様は面白がっているのか目を猫のように細めている
「このレストランはお客様のプライバシーを第一に考え、鉢合わせの無いように迷路のような作りになっております」
「知ってる。有名な話だしな…だが、ここの構造も知っているって言ったらどうする?」
「…それはどういう意味でしょう」
興奮したように頬に赤みのさした蘭様はおもむろに何かの紙をヒラヒラとさせる
「お前の前任にさ、もらったんだよ。ここの地図」
「では、それはもう役に立ちません」
俺の言葉に、ココ様はいぶかし気に眉を顰める
「なんだと?」
「ここの通路はひと月過ぎると部屋が入れ替わるんです」
なるほど、と鶴蝶様は呟くとクイッとお酒を煽る
「はー、よくできてんな…でも、もう遅いぜ?クソヘドロ」
「何が遅いのでしょうか?…レストランを安全に利用し、ご満足していただくことがが俺の勤めです。デザートを運ぶまでには、このテーブルにお戻りいただきます」
この際自分の口調が乱れていることは、ご容赦願いたい。
「それが、俺の仕事ですから」
「っは!やってみろよ!!」
三途様は挑発するように笑って、掌でフォークを遊ばせている
「しばしご歓談ください。御用の際はベルではなく扉にある受話器でお話しください」
では、といって俺は部屋から退出する。閉まる扉の最後まで5人は愉快そうに笑っていた。
完全に扉が閉まったことを確認すると、俺は全速力で走った。彼がどこに行ったか見当もつかないが…先ほど俺達のいた方向には来ていないのでそれ以外で他の部屋に入った場合は担当の奴が緊急で知らせてくるはず。まあ、それは俺がお客様を見失ったと認める…すなわち死と同じ意味なのだが。ここのルールは絶対であり、破ったものは仕打ちを受ける。それがVIP客絡みとなれば尚更だ…とりあえず空き部屋や厨房をあたってみるがどこにも彼の姿はない。一体どこへ…?
そういえば、とふと部屋を出た際の彼らの会話を思い出す。最上階…しつこくは聞かれなかったが彼らがこのレストランの事を訪ねてきたのはあの部屋のみ。
「最上階につながるエレベーターはこのレストランには一つしかない…!」
俺は進路を変更し急いでそのエレベーターホールへ向かった。するとそこには、見覚えのある白い頭が点滅していく階数表示を眺めていた
「お、お客様!」
「…」
「よかった…会えて…」
乱れた息に膝に手を着いて肩で呼吸をする。暫く落ち着くまで、彼はじっと俺を見つめて言葉は何も発しなかった
「申し訳ございません!私がついていながら…お客様を一人で歩かせるなど本来であればあってはならない事です」
「…」
「今度からは、御用の際は私を呼んでください…本当に心配しました」
「…」
「…お部屋に戻りましょう?」
そう言って手を伸ばせば彼は隈を深めた瞳を俺に向けてきた
「…ないのか?」
「え?」
「何をしていたのか…聞かないのか?」
「…俺はウエーターです。お客様をおもてなしするのが仕事ですので…あなたが無事ならそれで」
そういって彼のほっそりした右手を両手で握り込む。ああ、指先が冷えている…すこしでも体温が伝わるように、優しく手を包んだ。怪我がなくてよかったと笑えば彼の目はこぼれんばかりに見開かれた。
正直ちっともよくないし、こんなこと他の人間にバレたら大目玉どころじゃない。殺される…!しかし、盗んだり争ったりした形跡もないことを確認して覇気のない彼の背中とわずかに寂しさを覚える瞳を見てしまった俺は怒りの感情よりも先に、彼が無事でよかったと安堵した。
「…お前近くで見ると目が青いんだな。」
仮面でわからなかったよ、と顔を近ずけてくる彼に俺はすこし後退る。これ、邪魔だなーといって仮面に手を伸ばしてきたので、これを取られてはまずい。えっと、なにか話題をかえねば!と俺は無い知恵を絞って会話をそらす。
「あの、お客様は、甘いものはお嫌いですか?」
「お客様…じゃない、マイキーって呼んで」
「…はい!マイキー様」
「様は、ちょっと嫌だな…。ミチ、今日から俺のダチな」
「お、恐れ多いデス」
「俺の言うこと聞けないの?」
はあ?と威圧感たっぷりに首をかしげる彼に俺は秒で頷いた。
「すみません聞きます」
「「様」はだめ」
「ゆ、許してください…規則なので」
「二人きりなんだから呼んでよ。一回でいいから」
「わ、わかりました。…マイキー君」
その言葉に、今はそれでいいかと呟くと思い出したように俺に向き直る
「あと、甘いのは嫌いじゃない…タイ焼きとか餡子が好き」
「!そうでしたか…私も好きです!」
俺の言葉にそっか、と心なしか嬉しそうに頷いた彼はエレベーターと反対の俺が着た道を歩き出す。戻るんだろ?と俺に問うように振り返った彼に慌てて背中を追いかける。
迷ってたから、来てくれてよかった。そう言って口角を上げた彼に俺は不覚にもトキメいた。
(この組はなんで全員顔がいいんだろうか…もしかして裏社会のホストとか?)
先ほどの鶴蝶様とココ様の手慣れた手つきはどう見てもホストだったし、竜胆様と蘭様もお洒落で顔がよく女性受けはばっちりだ。唯一物騒で欠点がある三途様も黙っていれば2度見するくらい顔が整っている。いや、その可能性大いにあるな…俺ってもしかして名探偵?
そんなことを思っているといつの間にか部屋の前についており…戻りました、と彼を連れて戻れば驚いたように目を丸くした三途様が俺を指さして席を立った
「はあ?!生きてる?!」
「…当たり前です」
帰ってきて来て早々にこの仕打ち…俺死んだと思われてたんだ。てか、三途様が言うほど彼…マイキー様は怖くなかった。帰り道も他愛のない話をし、とても脱走した人とは思えなかった。聞くと、ちょっとしたいたずら心で部屋から出たらしい。マイキー様はいたずらっ子のように笑っていてその姿が憎めなくて、俺は曖昧にほほ笑んで許してしまった。
幸いどこにもこのことはバレていないのかお叱りの連絡もない。もうこれはなかったことにして早くデザートを運んで彼らにはお帰りいただこう。
俺が席を引いてマイキー様が座ると彼は早くデザートをもってこいと要求した。その言葉に俺は二つ返事で頷くと足早に部屋を後にする。俺達のやり取りに全員が驚いたような表情をしていたが、何に驚いているのだろうか?
「こちら、10番です。最後のデザートですが少し変更をお願いします」
インカム越しに、厨房に連絡を入れる。唯一緑先輩のマニュアルで空欄になっていたマイキー様の好物の欄が今、埋まった。せっかく彼の好みを聞いたんだ…最高のおもてなしをしないとね。
再び、入室した俺は真っ先にマイキー様のテーブルに向かい彼の前に皿を置く
「…!これ、タイ焼き?」
「はい…お好きだと仰っていましたので用意しました」
「なんでもありだな…ここは」
ココ様のつぶやきに俺はお褒めにあずかり光栄ですとお辞儀をしてそれぞれのテーブルに料理を運ぶ。これで、おれの仕事も最後だ。タイ焼きとアイスクリームを上品に添えた一品はコース料理としてはどうかと思われるが、この卓上ではこれが最上の正解だと俺は思う。
僅かに嬉しそうにほほ笑んだマイキー様に俺も思わず仮面の下で笑みをこぼす。デザートを黙々と食べ、食後のコーヒーと紅茶を堪能し終えた彼らに鶴蝶様がそろそろ時間だと時計を確認する。
「そうだな」
マイキー様はそう言って口を拭くと、その動作に合わせる様に俺は椅子を引いた。
部屋をでて出口まで案内すると、黒光りした高級車が彼らを迎える様に待っていた。俺は預かっていた荷物を運転手に渡すと彼らに向きなおる。これで、俺の嵐のような一日も終わる。
「どうか、お気をつけていってらっしゃいませ。ありがとうございました。」
右手を胸に当て、腰を深くおる。その言葉にマイキー様が車に乗る前に声を掛けた。
「また来るね、タケミっち」
「…え?」
「迎えに来るよ…俺達、梵天が」
そう言ってひらりと片手をあげて車に乗り込んだ彼に俺は思考がフリーズした。いま、なんて言った?
「あーあ、目をつけられたなー花垣武道?」
「またダーツで遊ぼうなー」
じゃれ合っていた蘭様と竜胆様にまたな、と頭を撫でられウインクを貰い、不覚にもトキメいていたが…俺今とんでもない単語聞いた気がする…あの人たちに…名前…言ってないよな?
「まあ、せいぜい頑張れ。また来てやるから楽しませろよ?」
そう言って意地悪く笑った三途様の手元には俺のほかに何人もの人間の資料が書かれたファイルが握られていた
「まさか、あの時…!?」
「諦めろ」
「まあ、悪いようにはしないさ」
諦めろってどういう意味ですか。ココ様と鶴蝶様の言葉に俺は急激に体温が下がっていく感覚に陥る。ココ様は俺からキャリーケースを受け取り重そうに抱えた。そういえば、これ…預かっていた時より重くなっているような…鶴蝶様はおもむろにココ様の抱えたキャリーケースを開ける。その中にはぎっしりと個人情報の入ったファイルが詰め込まれており、俺はクラリと傾いた意識をなんとか呼び戻した
「そ、それ…は」
「ここのオーナーに、紙媒体は取られやすいからやめとけって言っとけよ」
「もう遅いけどな」
二人は震える俺の手を取ってそれぞれの唇を寄せると俺は「ひょえっ」と情けない声を出して手を引っ込めた。
遠ざかる車に俺は最後の力を振り絞りもう一度頭を下げて、ふらふらとレストランの中へ戻っていく。もう何も考えたくない。
梵天…裏社会を牛耳る日本最大の犯罪組織だ。賭博・詐欺・売春・殺人…どんな犯罪の裏にも梵天がいるといわれるほどのその組織は、謎に包まれており構成員の人数は把握しきれないらしい。まさかとんでもない人たちを俺は相手にしていたのか?!誰だホストかなんていったの!!俺だよ!!くそぅ!!
「ど、どうしよ。おれ、生きていけるかな」
迷路のような廊下に俺の声は吸い込まれ、肩を落としながら帰路に就く。オーナー的には大成功だったらしく確かに羽振りはとてもよかったが、俺はなにか失ってはいけないものを失った気がする。
あれから数カ月後、慣れたVIP用の入り口で待機していた俺はため息を着きたいのを我慢して、黒光りする高級車から降りてきた彼らをいつもの仮面をつけて出迎える
「ようこそ、レストラン・マスカレードへ」