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気づけば、僕は十三歳になっていた。ストロン博士から命じられる過酷な仕事をこなし、研究所の地下フロアで雑魚寝する日々。そして、時折飛んでくる拳や怒鳴り声。もう七年にも及ぶこの生活が、僕を構成する全てとなった。

午前六時。

僕は毎日、この時間になると、誰よりも早く研究所へと足を踏み入れる。冷たい空気が張り詰める中、僕の仕事は、広大なフロアの掃除から始まった。廊下の隅々まで拭き清め、事務室や厨房のゴミを回収し、焼却炉に放り込む。僕の役割は、この広大な場所を常に清潔に保つこと。一つ一つの動作に無駄はない。まるで感情を挟まない機械のように。それが最も効率的だと、僕は知っていた。

昼間、僕の仕事は続く。今日は、実験室の片隅で、新たに連れてこられた子どもたちが実験台に固定されるのを遠目に見た。彼らが苦痛に顔を歪め、必死に抵抗しながら泣き叫ぶ様子を、僕は冷静に捉える。いきなりこんな場所に連れて来られて、訳も分からず大人たちに虐げられるのだから、無理もない。

どうやら、僕にはまだ、他者を憐れむだけの心は残っているらしい。ただ、助けてやりたいなどという情は、全く持って湧いて来なかった。いくら足掻いたところで、この場所では全てが無駄に終わるということを、僕はよく知っていたからだ。

(…可哀想にね)

僕は、心の中でそう呟き、鼻で笑った。きっと、自分より過酷な運命に置かれた子どもを見て、どこか安心感のようなものを覚えていたのだろう。そんなことを、毎日繰り返していた。

夕暮れ時。その日は、解剖が済み、処理しなければならない遺体があった。

施術室に行くと、手術台の上に空っぽになった亡骸が横たわっていた。腕に巻かれた【解剖済】のリストバンドを確認し、僕は遺体を抱え上げる。

「…これで君は、全ての苦しみから解放された訳か。良かったね」

僕には、腕の中にある遺体の顔が、酷く穏やかであるように見えてならなかった。

地下フロアに着くと、僕は迷わず、遺体を焼却炉に放り込んだ。僕の日常においては、ゴミを処理するのも、遺体を処理するのも、何ら変わりない。

轟々と音を立てて燃え盛る炎が、僕の目の前で脈動する。赤い炎は、白い骨を黒く染め上げ、やがて灰へと変えていく。

僕は、燃え盛る炎をぼんやりと眺めながら考えた。博士の目に映るのは、いつもカルシアのことばかり。実験も、僕への罵倒も、すべては彼女のためだ。

もし、この研究が続けられなくなったら、博士はカルシアを救う方法を見つけられなくなる。そうなれば、博士は深く絶望するだろう。

その考えが頭をよぎった瞬間、ぞっとするような感覚が僕の心を通り抜けた。それは、目の前の炎によく似た、冷酷な熱のようなものだった。

─もし博士が死んでしまったら、僕の復讐はそこで終わってしまう。それほどに耐え難いことはない。ならば、僕がこの研究所を燃やしてそこで死んだら、博士も同じように、耐え難いほどに苦しむのではないだろうか。

僕の頭には、その考えが、妙にしっくりと収まった。それは、まるで単純な算数のような、何の感情も伴わない、ただの結論だった。

この場所を焼き尽くし、僕自身も炎の中へと消えることが、博士から全てを奪い去り、僕自身を救う、唯一の方法である。

この考えは、僕の中に眠っていた、唯一の「生きた感情」を揺り動かした。

そう、復讐とは、やられたことをやり返すことでも、ただ相手から全てを奪うことでもない。如何に相手を究極の絶望を陥れるかだ。

そして、ストロン博士を究極の絶望に陥れるための、最も効率的で効果的な手段が、今、僕の目の前で燃え盛っていた。

この炎こそが、僕を救ってくれる。

僕の瞳に映る炎は、単なる熱源ではなかった。それは、僕の憎悪と、この地獄を終わらせるための決意の炎だった。僕の生には、はっきりとした目的が定まった。

僕の正義、僕の最期。

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