テラーノベル
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ビルの上。空が嫌に綺麗だった。太陽が眩しい。醜い僕を、光で隠そうとしているようだ。
……このまま、消えられたら。
そう思うのに、その一歩が踏み出せない。なのに、無意味な自傷行為だけはやけに容易で、己の体を蝕んでいる。
……死にそうになれば、彼が来るはずだ。
夕日色の髪をした、中原中也が、また助けに来てくれると思っている。
……今は仕事中で、来やしないのに。
分かっているのに、あの温もりを嫌なほど求めてしまっている。そんな僕が、やけに醜い。
あの時の悪戯は僕が作ったものではない。でも、あの罠を僕は知っていた。
しかし、あの頃の記憶が曖昧で、しっかりとは覚えていない。けれども、あの罠は僕が仕掛けたものではなく、かつ中也が引っかかるのを止めなかったのも事実であった。
故に、あの時、僕は中也に殺されても良いと思った。反感を買うことは、仕方がないことだと思った。
……今は、どうだろう。
殺されるのならば、中也に殺されたい。
僕の息の根を止めるその手は、中也の小さくて暖かい手がいい。
そう、どこかで思っている僕自身を殺めてやりたいと思う。なのに、柵を越えようとする指先が震える。
……何がしたかったのかわからない。
「……もう、いいのに」
呟いたその声すら、震えていた。
僕を守ってくれたあの人ですら、僕の先を逝く。
何が楽しくて、その背を追っていたのか、僕には分からないのである。
途端に、恐怖がなくなった。
柵を越える。
手を離す。
視界が、回転した。
「太宰っ!!!」
叫び声がして、暖かい手が、僕の手首に触れた。
中也の必死そうな顔が見えた。
……嗚呼、やっぱり来てくれた。
不意にも、笑ってしまった。
「太宰てめえっ、何やってんだよっ!!」
引っ張り上げられて、柵を越える。
その場にへたり込んで、不意に中也を見上げて気がついた。
「……中也、帽子……」
中也が普段被っている帽子が、ない。
「ぁあん? ちぇっ、どっかで落としたか……てめえのせいだぞ」
中也が僕に言う。
……もしかして、帽子を落としたことにも気が付かないほど、急いで来てくれたのだろうか。
否、あり得るはずがないだろう。
中也はきっと、僕のことを嫌っているはずである。
「……僕、探すの手伝う」
「いーわ。川に落ちたりとかしたら溜まったもんじゃねえ」
中也が言ってその場を去ろうとした。
少しだけ、中也が立ち止まって、振り返った。
「探偵社の奴らが心配してたぞ」
ただその一言を残して、中也は去っていった。
……行ってほしくないな。
そう、一瞬でも思ってしまった自分が、本当に不愉快だった。
「太宰っ! こんなところにいたのかっ!」
国木田君やその他の探偵社員がやってきて、へたり込む僕を見つめている。
……まずい。
今の僕は、薄茶色の外套を着ていない。
……あの状態を、取り繕えない。
「太宰、大丈夫?」
乱歩さんが僕に聞く。僕は、身体を震わせたまま答えるしかなかった。
「だ、大丈夫ですっ、ご心配、どうも、はは」
いつものように声が出せない。笑えない。ただひたすら、動揺して動悸が止まらない。
「……へえ……」
乱歩さんが不審そうな顔をして僕を見ていた。
ただ、その場に居た堪れなかった。
咄嗟に立ち上がって、社員達の隙間を潜り抜けて、ビルから駆け出す。
息が浅く、視界が歪む。後ろから聞こえる僕を呼ぶ声が僕を更に歪める。
ひたすらに走り、もう自分がどこにいるかすらわからなくなった頃。
奥に小さく、微かに、帽子を拾う中也の姿が見えた。
曲がろうとしていた道を、咄嗟に真っ直ぐ向かっていた。
「……中也…中也ぁっ……!」
……何故か、今だけは、その温もりを異様なまでに欲しがっていた。
「中也あっ……!!」
小さな背に、覆い被さる。
「ぅわあっ!? 何だあてめえ!!」
中也の声が響いて、嫌なくらいに安心する。
……この声が、この声だけが僕の安心材料なのだと、やっと分かった。
「あー……一旦、お前ん寮戻るか」
中也が僕の後ろを見て、一言言った。僕は一つ頷いただけで、何も言えなかった。
「社員、お前らは社内で待ってろ!」
中也が叫んで、僕の背を押した。
その手は、やはり暖かかった。
そっと、荒くなった息が治ってから、僕は一言。
「……中也、ありがとう」
「てめえが感謝するとかどうなってんだ」
相変わらず、中也は素直ではない。だがそれも、今だけはありがたいと思った。
後ろからの、騒々しくもない話し声が、やけに大きく聞こえた。
コメント
1件
読了したわ。重い…でも刺さる回だった。太宰の「中也に♡♡♡れたい」って願望と、実際に手を取られたときの安堵のギャップが生々しい。帽子落としてまで駆けつけた中也の描写が良い。普段は憎まれ口叩くくせに、無意識に全力で助けに来る感じが原作の関係性を活かしててときめいたわ。次でどうなるか気になる🔥
アオイ
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