リビングの時計は、すでに深夜を回っていた。部屋の灯りは勇斗のデスクランプだけがついていて、柔らかいオレンジの光が彼の横顔を照らしている。
眉間に皺を寄せながら、台本のページをめくる指。
視線決して台本から離れない。
ソファでそれを見ていた仁人は、膝にかけていたブランケットをいじりながら小さくため息をついた。
「……はやとー?ねるよー?」
声をかけても、勇斗は顔を上げない。
「あーちょっと待って、あとちょっとだけ!先ベッド行ってな、すぐ行くから」
台本から目も離さずにそう返ってくる。
仁人は唇を尖らせたまま、少しの沈黙のあと、立ち上がった。
「はーい」
それだけ言って、とぼとぼ寝室の方へ歩いていく。
足取りはゆっくり。
なんとなく、拗ねた音が床に響く。
寝室の灯りを落とし、ベッドに寝転がってスマホをいじりながら待つ。
けれど、何分経っても勇斗は来ない。
時間だけが流れて、スマホの画面の光がまぶしく感じる。
(……まだやってんのかよあいつ)
ため息混じりに毛布をめくって、仁人は再びリビングに戻った。
「はやとー?」
デスクに座る勇斗の背中。
ライトに照らされたその肩は、思ったよりも小さく見えた。
きっと今日も疲れてるのに、まだ頑張ってるんだろう。
仁人はそっと勇斗の後ろに立って、少しだけ首を傾けた。
「まだ?寝ようよ」
声は少し甘くて、駄々っ子みたいに伸びた。
勇斗は眠そうに片目をこすりながら、ゆっくり顔を上げる。
「……もうそんな時間?」
「うん。もう1時半」
「うわ、まじか……」
時計を見て、勇斗が小さくため息をついた。
仁人は勇斗の腕に手を伸ばして、くいっと引っ張る。
「もーいいでしょ、明日もリハあるでしょ」
「もう少しで終わるから……」
「だめ。寝るから」
思いのほか強引に腕を引かれて、勇斗は思わず椅子から立ち上がる。
「わ、ちょ、」
「はいはい、寝る時間〜」
「待って、マーカーの蓋どこいったっけ……」
「知りませーん」
仁人は腕を掴んだまま、子供みたいな勢いでベッドまで引っ張っていった。
そのまま布団を持ち上げて、ぽんぽん、と空いたスペースを叩く。
「はい、早くしろ」
勇斗は苦笑しながら、観念したようにベッドに腰を下ろす。
「お前ほんと人使い荒いな」
「そうでもしないと寝ないじゃん」
「だってさぁ、明後日から撮影だから——」
「明日はリハ」
仁人が布団の中からぐいっと勇斗の腕を引き寄せる。
引かれるままに、勇斗もベッドに潜り込んだ。
柔らかい布団の中で、仁人の髪からシャンプーの香りがふわっとした。
しばらく無言のまま横になる。
けど、仁人の頬が少しふくれてるのが薄暗い灯りの中でも見えて、勇斗はこっそり笑いそうになった。
「……なに?」
仁人が眉を寄せて聞く。
勇斗は視線を逸らさずに小声で答えた。
「いや、拗ねてんの可愛いなって」
仁人の耳まで一瞬で赤くなる。
「は?拗ねてないし」
「うそ。絶対拗ねてた」
「別に。寝たいって言っただけ」
「“寝たい”じゃなくて“勇ちゃんと寝たい〜♡”でしょ?」
仁人は天井を睨んだまま声が出ない。
勇斗はその反応を見て、耐えきれずに小さく笑う。
「……もう、かわいいなあお前」
そう言って、勇斗がそっと腕を伸ばす。
引き寄せられるみたいに、仁人の体が胸の中に収まった。
鼓動がすぐ耳の下で聞こえる距離。
「なに、急に……」
「だって。俺のこと無理やり寝かせにきて、顔赤くしてんのかわいすぎ」
「…離して」
「やだ。離さない」
勇斗はそのまま仁人の背中を撫でる。
腕の中の温もりが、心の奥まで沁みていく。
「俺、お前に強引にされるの結構好きだよ」
「……なんで」
「ちゃんと見てくれてる感じするから」
仁人の肩が少しだけ震えて、勇斗の胸の中で笑い声が漏れた。
「……なにそれ、あざとい」
「それはお前だろ」
「もう!黙って」
顔を合わせた瞬間、ふたり同時に小さく笑って、勇斗がそっと仁人の額に口づけた。
仁人はもう何も言わず、そのまま勇斗の胸に顔をうずめる。
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