テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第五章 進学、そして……
桜が咲いていた。校庭のソメイヨシノが風に揺れ、花びらがひとひら、生徒会室の窓から舞い込む。
壁には「第七十二回 生徒総会」のポスターと——「生徒会長 柊ナナ」の文字。
瑠夏と付き合ってからナナは変わった。
元々の明るさと行動力に加え、責任感が磨かれた。立候補したときの演説は体育館を沸かせ、投票では圧倒的な得票数だった。
「ナナ会長」はすでに校内の愛称になりつつある。
瑠夏が生徒会室に入ってきた。
「資料まとめた。……会長、サイン。」
副会長・天宮瑠夏。私が会長に立つと決めたその日に、瑠夏も立候補した。
「ナナを支えるのは私」——本人はそう言い切ったが、周囲は察していた。「理由はそれだけじゃないだろ」と。
瑠夏は書類を差し出しつつ、声を落として
「……昼、屋上で食べよ。二人で。」
付き合い始めた頃と変わらない独占欲、だったはずがその目の奥にある熱はあの頃よりずっと深くなっていた。
「うん!」
午前の業務を片付けて昼休み。屋上へ続く階段を二人で上る。
普段は施錠されているが、生徒会役員には鍵が渡されていた。春の日差しが扉の向こうに広がっていた。
瑠夏がフェンス際に腰を下ろした。
「風、気持ちいい。」
弁当を広げる瑠夏。実は今朝四時に起きて作った卵焼きが入っている、
——というのは私が知っている秘密だったりする。
私が隣に座るのを待って、瑠夏はさりげなく肩が触れる位置に体をずらした。
と、そのとき。階下から声が聞こえた。
「会長ー!ちょっと相談があるんですけどー!」
一年生らしい男子が二人、屋上の入り口まで追いかけてきたらしい。
瑠夏たちの箸が止まった
「はーい!……瑠夏ちゃん、ごめんね。」
「……。」
瑠夏の私を見つめる目だけで「早く戻ってきて」と語っていた。口には出さなかったが。
私は立ち上がって階段へ向かった。残された瑠夏は弁当の蓋を閉めて、フェンスの向こうの桜を睨むように眺めていた。
「あの、会長!俺、ずっとファンで――」
「お前、本題違うだろ。……あの、体育祭の予算の件なんですけど。」
男子生徒が小声で、
「あとで言えよ……」
用件は五分で終わった。だが男子生徒たちは帰る気配がない。
一人が私に話しかけるたびに、ちらちらと顔色を窺っている。下心が透けて見えた。
「会長って休日とか何してるんですか?よかったら今度――」
いつの間にか階段の途中に瑠夏が立っていた。
「予算の話、終わった?」
声は穏やかだったが、目が笑っていない。男子二人が同時に背筋を伸ばした。
「は、はい!終わりました!」
「……じゃあ戻って。午後の授業始まるよ。」
有無を言わさぬ空気。男子たちは足早に去っていった。
二人分の足音と——瑠夏のかかとがコンクリートを叩く音だけが残った。
瑠夏が私の横に並んだ。
「ファン、ね。」
「瑠夏ちゃん……?」
瑠夏は私の腰にすっと手を回して引き寄せた。
「あいつら、目つきが嫌だった。」
低い声だった。「嫌だった」は感想ではない。宣戦布告に近い響きがした。
「……ナナは私のなのに。」
「……ぁ、ぁ、//」
瑠夏は真っ赤になった私を覗き込んでくる。
「……可愛い。」
ぽつりと落とされた一言。それから私の首元に目が移った。
一年前につけられた痕はもう消えている。それが気に入らないらしく、眉がわずかに寄った。
「最近つけてなかった。……つけていい?」
「だ、ダメ!ここ、学校……//」
瑠夏がチッ、と小さく舌を鳴らした。
学校でなければいいのか、と瑠夏は聞かなかった。聞いたら本当にやるから。
代わりに私の耳元に唇を近づけて
「じゃあ家。今日。」
「―――ッ、もし、行かなかったら?」
瑠夏が私の耳にふっと息を吹きかけた。
「迎え行く。逃げられると思ってる?」
冗談の温度ではなかった。春風が屋上を吹き抜けて、桜の花弁が二人の間を通り過ぎた。
私から離れて弁当を開け直し、何事もなかったように
「冷めちゃった。……食べて。」
「うん!いただきまーす!」
じっと私が食べる様子を瑠夏は見つめている。
「……美味しい?」
聞くまでもない。私の顔を見れば分かる——らしいが、毎回確認しないと気が済まないらしい。
「もちろん!世界一大好きな味だよ!」
瑠夏がパチ、と瞬きした
世界一。大好き。その二つの単語が瑠夏の脳内で同時に爆発したようだった。
「味」のことだと分かっている。分かっていても顔面が制御できない。
「……味の話だよね。」
「うん?そうだけど……。」
瑠夏はほっとしたような、がっかりしたような複雑な顔で前髪をいじった。
一年間付き合っても、こういうところで初心なのは変わりがなかった。
「……私も世界一、好き。」
卵焼きの話だ。たぶん。
「卵焼きのことだよね?」
瑠夏がぷいっと私から顔を逸らした。
「当たり前でしょ。」
嘘だった。耳から首まで全部赤くなっている。
チャイムが鳴った。午後の予鈴。二人だけの昼食時間が終わる合図。
立ち上がりながら私に手を差し伸べる。
「放課後、待ってるから。――生徒会終わったら教室来て。」
「瑠夏ちゃんも生徒会あるでしょ。」
瑠夏の手がぴたっと止まった。
そうだった。副会長も生徒会に出席する。同じ場所にいるのに「待ってる」とは何事か。
自分で言っておいて矛盾に気づき、瑠夏の眉間にしわが寄った。
「……隣の席でしょ、ずっと。」
それは生徒会室での席順の話であって、「待つ」とはまた別の概念なのだが——瑠夏の中では同じことらしかった。
「確かにそうだけど……。」
ふ、と鼻で笑った。
「じゃあ横でずっと見てる。」
瑠夏は堂々と宣言して屋上を後にした。仕事に集中できるわけがない。
29
217