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忘れもしない40年前の6月7日。
その日は梅雨に入っていないからか、朝から晴れていた。
晴れているとそれだけで気分はよかったのだが、その日は急激に心の中だけ、暗雲が立ち込めてきた。
突然、小石さんから朝一番で声をかけられた。
小石さん: 「放課後、さっちゃんが話があるって。」
K(僕): 「・・・(ああ、やっぱり事実だったんだ)」
まずそのことが真っ先に浮かんだ。
続けてとてつもない絶望感に襲われた。
小石さん: 「夕方廊下で待っているから来てほしいって。」
いつもなら天宮さん関係の話題には笑って話をしてくれていが、今日は終始、笑顔はなく、深刻な顔をしていた。
そして慌てて付け加えた。
小石さん: 「別れようって言われても、認めちゃだめだからね。」
天宮さんの口からではなく、小石さんからすでに、天宮さんから別れを切り出されることを聞いてしまった。
ある程度、予想はしていたはずなのに、それを聞いてから、その日一日、何があって、どんな授業があったのか、覚えていない。
その日は天宮さんの方をちらっと見ても、目も合わないし、やっぱり避けられていることだけは感じた。
K(僕): 「・・・(そういえば修学旅行終わってから、なんとなく変だったもんな)」
K(僕): 「・・・(別れたくないけど、他の男子のことが好きなら、別れたくないって言うのもみっともないし。天宮さんが他の人を好きなら仕方ないのかも・・・)」
そんなことばかり考えて、結局夕方になった。
K(僕): 「(でも、やっぱり別れたくないって言おう。)」
夕方といっても、夏至に向かって日は長くなっており、外は付き合ったときみたいにオレンジ色に輝いていた夕方ではなく、まだ明るかった。
その日はなぜか他のクラスも含めて人という人が誰もいなかった。
夕方時間を潰していた印象もなかったが・・・。
帰りの支度をして、指定された二組の近くのトイレ付近の廊下に向かうと、すでに天宮さんはいた。
僕はゆっくり天宮さんの方にむかった。
いつもだったらドキドキしながらも嬉しかったのに、今だけは会いたくなかった。
会わなければ別れなくて済むような気がしていた。
何かの間違いであってほしかった。
僕が廊下に出た時に一旦目が合ったが、僕が歩いて近づく時にはずっと下を向いていた。
天宮さんの目の前に到着したが、僕はなんて声をかけていいのか分からなかったし、声をかける気力すらなかった。
少し沈黙があったが、天宮さんは意を決したらしく、
さっちゃん: 「もう別れよう。」
小石さんから聞いていたが、やっぱり本人からの直接の別れの切り出し、絶望の一言にしばらく喋れなかった。
やっと力を振り絞った。
K(僕): 「絶対に・・・無理?」
さっちゃん: 「・・・・・」
またしばらく沈黙が続いた。
さっちゃん: 「うん…」
やっぱり終始目を合わせてくれない天宮さんを見て、うなづいた天宮さんを見て、「別れたくないって言おう」とした決心は打ち砕かれた。
すごく嫌われた感じがした。
もうだめだ。
もう終わりだ。
でも別れたくない。
ヤダって言おうかな。
やり直してって言おうかな。
いろんな思いが交錯した。
でも他に好きな人ができたなら、何言っても無理だろうなぁ。
K(僕): 「・・・(最後くらい、カッコつけよう。惨めな姿は見せられない。)」
今の俺なら、プライドも何も捨てても、嫌だって言うだろうし、絶対に言える。
それはあの時の天宮さんと別れたときに学んだのだと思う。
今なら好きなら好きって言うし、別れたくないなら別れたくないって言わなければ後悔すると学んだから。
このときだって大切なひとだったのに、このときはプライドが高かったのか、プライドが高いなら、もっと人の目を気にせずに自信をもって、話したり、デートに誘ったりすればよかったのに、小石さんや、みきに相談せず、天宮さん本人に何でもぶつければよかったのに、全てが空回りだったし、それが出来なかった。
自分が大好きになった人で、それも一目惚れ、最初は両想いじゃなかったけど、天宮さんは嫌いじゃなかったから付き合ってくれて、そのうちに付き合っていくうちに好きにはなってくれたんだろうと信じている。
天宮さんからはいろいろ誘ってくれたり、セーター編んてくれたり、モーション起こしてくれたのに、初めて好き過ぎて、大切しなきゃっていう思いが強すぎて、なにか変なことすると別れられちゃう、嫌われちゃうって臆病になりすぎて、ほんとは天宮さんのことを女友だちに相談していたのに、そっちのほうが気兼ねなく話せるから、だけどそういうところが天宮さんにとっていやだったのかな。
でも、あの時の僕はあれが精一杯だった。
天宮さんのことが、普通に好きだったら、あんなにガチガチにならずにいけたかもしれないけど、大好きすぎてそんなのは絶対にあの時の僕には無理なことも自分でも分かっていた。
それでも六ヶ月以上も頑張ったし、天宮さんもよく我慢してくれたと思う。
他に好きな人が出来ても当然と思った。
さっちゃん: 「第2ボタン返すね。」
そう言って右手に持っていた、三ヶ月前にあげた僕の第二ボタンを差し出してきた。
K(僕): 「…それは持っていて。でもいらないのなら捨てて。」
最後の精一杯の気持ちだった。
天宮さんはその時初めて僕をみた。
ちょっと意外な顔していたけど、僕は天宮さんのことがふられても好きだから、別れたくないって言えない分、ボタンの返却は拒んだ。
こんなに好きになったのは初めてだったので、僕はこれだけ好きだったんだって、言えなかったけど、その証明なんだって、これからも好きだという意味も込めていた。
天宮さんはちょっと困惑しながら、
さっちゃん: 「・・・・お医者さんなるの、頑張ってね。・・・・じゃ、行くね。」
右手に僕のボタンを軽く握りながら、小さな声で言って、ゆっくり三組の方へ振り向きもせず戻っていった。
その時も何度「待って」って言おうとしたけど、どうしても何も言えなかった。
天宮さんがいなくなった後、きっと何か音はしていたのかもしれなかったが、突然僕の聴力が失われたようにな何も聞こえない、無音状態だけが続いていた。
結局、理由も聞けず、「さよなら」も「今までありがとう」も、最後も何も言えなかった。
文字通り、本当に何もかもが失われた。
しばらくその場から動けなかった。
気づいたら誰もいない三組の教室にいた。
隣の、さっきまで「彼女」だった、天宮さんが座っていた席を見て、明日からここに座る天宮さんは普通のクラスメートとしての天宮さんなんだなあと思うと、なんとも言えない寂しい気持ちになった。
教室から見える外は夕暮れ、天宮さんがいなくなった時は、天宮さんと付き合い始めたときと同じオレンジ色に染まっていた。
あまりにも同じようなシチュエーションにあの時から今まで夢の世界にいたのではないかと思うほどだった。
カバンを持って教室を出ると、天宮さんがいなくなった廊下も、教室の中も、校舎の中のすべて見えるのすべてが灰色に見えた。
廊下を歩きながら、
K(僕): 「なんで別れたくないって言えなかっただろう。」
ずっと考えていた。
ずっと後悔していた。
それでも何とか自転車に乗って、校門を出た途端に急に涙がでてきた。
我慢しても我慢しても、幸せだった分、想いの分だけ、どんどん涙は出てきた。
前が見えないくらい涙はあふれてきた。
流石に自転車を漕ぎながら帰れないので、自転車を押して家に向かった。
K(僕): 「なんか、帰りたくないなぁ。」
気がついたら去年の夏休みに天宮さんとつきあう前に班研究のために集合したサイクリングロード上の橋の上にいた。
そこから川の流れを見ながら、やっぱり泣いた。
時々すれ違う自転車の人は振り返られたけど、幸せだった分、寂しさは計り知れなかった。
川の流れ共に、寂しさも洗い流してほしかった。
ほんとに涙はポロポロ、粒になって出てきた。
悔しいくらいに泣いて泣いて、そして泣いた。
K(僕): 「さよなら、天宮さん。」
本人の前では言えなかったけど、流れていく川の水に向かって、泣きじゃくりながら言った。
どのくらいいたのか分からないが、心と同様、辺りは真っ暗になっていた。
中学2年の4月、天宮さんと同じクラスになって、天宮さんに一目惚れしてから日記は生まれてはじめて一年以上書いていたが、その日、書くことをやめた。