『暁』襲撃に参加した構成員の一部は生き残り、バルモスが用意していた各地の隠れ家に身を潜めていた。
「冗談じゃねぇ、俺達は軍人さんじゃねぇんだぞ。あんなのまるで戦場じゃねぇか」
「あんなのに付き合わされるなんて、ついてないぜ」
「バルモスさんもヘマをしたな、クリューゲの兄貴に殺されるぞ」
「俺達にもお咎めが来るんじゃないよな?」
「それは分からねぇけど、ほとぼりが冷めるまで身体を隠しといた方がいいな」
「ついてねぇよ、楽な仕事だって乗ったのによぉ」
「ぼやくなって、生きてただけマシだろ」
シェルドハーフェン郊外にある無人の喫茶店にも五人の構成員達が身を潜めて善後策を話し合っていた。今回の襲撃失敗は隠しようがなく、クリューゲに露見することは間違いない。それによってバルモスが処罰されるのは確実と見て、自分達の身の振り方を考えていた。
だが、彼らにその余裕など最初から無かった。何故ならば、逃げ出してから今までずっと追跡されていたからである。そして、『暁』の手が迫っていた。
「ん、なんだ?」
小さな物音に気付い一人が周囲を見渡す。その瞬間。
バタンッっと扉が開かれ、突如屋内に丸い物体が投げ込まれた。
「なんだ!?」
「これは!?伏せろーっ!!」
その瞬間投げ込まれた丸い物体……爆弾が強い閃光を放ち周囲に爆風と爆炎を撒き散らした。
凄まじい爆音と共に廃墟は大爆発を起こし、五人を跡形もなく吹き飛ばした。
実行したのは『暁』の襲撃チーム。彼らは正面からの戦いではなく破壊工作や暗殺などを行うために訓練された専門部隊であり、偵察部隊と密に連携して残党狩りに精を出していた。
同時刻。シェルドハーフェン北の街道を北上する残党の一団があった。彼らはシェルドハーフェンそのものから逃れようと北の町を目指していたのだが、それを『暁』が逃す筈もなかった。
「なんだ?なんの音だ?」
「おいっ!なんだあれは!?」
それは、『暁』が保有している数少ない自動車キューベルワーゲン。貴重なその自動車に無理矢理ガトリング銃を乗せて残党に迫る。
ズガガガガッ!と絶え間なく凄まじい銃声が響き渡る。遮蔽物が一切存在しない街道で逃れる術など無く十人居た残党は全員薙ぎ倒されて街道に死体を晒すこととなった。
同じような光景は各地で発生し、『暁』襲撃チームは迅速かつ確実に残党を殲滅していった。そして、十六番街。ここでも『暁』が動こうとしていた。
メインストリートからそれた場所にひっそりと在るバー『夕暮れの安らぎ』。そこに傭兵であるグリーズは居た。ここは寂れたバーであるが、人通りも少なく静かな場所に在るため密談や裏取引などで良く活用されており、マスターもエルダス・ファミリーの関係者である。
そんな寂れたバーで今夜もグリーズは酒を煽っていた。簡単な仕事の割に高額な報酬が手に入り、彼は毎晩のように酒を飲み女を抱いてギャンブルに興じていた。
「聞いてくれよマスター、小娘一人を撃っただけで金貨八枚だぜ?こんな馬鹿みたいな話があるかってんだよ!」
「何度も聞いたよ。飲み過ぎじゃないか?グリーズ」
マスターはカウンターに座るグリーズを横目に見ながら言葉を返した。
「へへっ、ようやく俺にもツキが回ってきたんだ。何回でも自慢したくなるさぁ!金貨八枚!お陰で俺は金持ちの仲間入りだ!」
帝国ではそこそこ裕福な庶民の一年間の稼ぎが金貨一枚程度。確かに大金ではある。
「羨ましいね、少しは分けて貰いたいもんだ」
「だから毎日飲んでるんだろうがよぉ。売り上げに貢献してるんだぜぇ?感謝しろよなぁ」
「ああ、感謝してるよ。ん?」
珍しく他の客が入店してきた。フードを被った若い青年に見えたが、マスターは詮索しないようにした。
「いらっしゃい」
「ああん?ここは今グリーズ様の貸しきりだぞぉ。出てけばか野郎
」
酔っ払ったグリーズは振り向かずに悪態を吐く。
「お客さん、悪いが聞いての通りでね。他を当たってくれないか?面倒だぞ?」
「いや、すぐに済ませるよ」
存外幼さの残る声に、まだ少年かとマスターが察した瞬間、グリーズの後ろに歩みよった少年は躊躇無く握っていた鉄の棒を振り抜いてグリーズの後頭部に叩き付けた。
「うぉおおおっ!!」
いきなりのことにグリーズは反応できず、カウンターに突っ伏して痙攣する。
「こいつ、貰っていくよ」
少年はグリーズを軽々と担いでマスターに声をかける。
「ここはエルダス・ファミリーの縄張りだ。分かってるのか?」
「ああ、もちろん。こいつは無関係だろ?それと、こいつは迷惑料だ。これじゃダメか?」
少年、ルイスは金貨四枚をカウンターに置く。
「……今日は店休日だ。誰も来なかった」
マスターは金貨を受けとりながらそう呟いた。もとより相手は一度仕事を依頼しただけの傭兵、身内ではない。
「それでいい。今度は静かな時に飲みに来るよ」
「酒はもう少し大人になってからだ、坊主」
「ちぇっ、バレてるよ。んじゃ、邪魔したな」
ルイスはグリーズを抱えたまま店を後にした。
「自慢気に話すからだよ、馬鹿が。誰かを撃ったんなら、そいつの身内から恨まれるのは当たり前だろうが」
マスターの呟きは静かな店内に響き、誰も聞くことはなかった。
外に出たルイスは、そのまま待機していた馬車にグリーズを放り込み自分も乗り込んだ。
「お待たせ、ベルさん」
「バレなかったか?」
「顔は見られてねぇよ」
「なら良い、別に珍しいことじゃないからな。で、そいつは殺らないのか?」
「気が変わったんだよ。何より、確かに今すぐにぶっ殺してやりてぇが、俺だけだと不公平だしな。それに、シャーリィの奴が一番頭に来てるだろうし」
「良いのか、お嬢のオモチャになるかもしれねぇぞ?」
「丁度ヘルシェルの馬鹿が死んだんだ。シャーリィのお楽しみは用意しねぇと」
「……歪んでるぞ、良いのか?」
「良いよ、シャーリィがやりたいようにやらせる。それに、ここじゃ珍しくもないだろ?」
「ルイとお嬢がそれで良いなら俺からは言わねぇさ」
「ん。セレスティンの爺さんは?」
「旦那なら先に帰ったよ、情報を纏めるらしい。俺達も十六番街から出るぞ」
待機していたベルモンドと合流したルイスはそのまま馬車で夜の十六番街を離れていく。
数時間後、目覚めたグリーズは自分が手足を鎖で幾重にも縛り付けられていることに気付く。周囲は真っ暗で何も見えない。
「おい!何処だここは!?だれか居ないのか!?」
恐怖から叫ぶように言葉を発すると。
「おや、お目覚めですか」
幼さの残る少女の声が響き、周囲に在ったランプの明かりが灯される。
「なん……!?なんだここは!?いったいなんなんだ!??」
明るく照らされた室内は鉄製の床と壁に囲まれ、壁や床には夥しい血痕が残り、壁一面には赤錆びた様々な拷問器具が陳列されていた。
「ごきげんよう、グリーズさん。私に見覚えはありませんか?」
その屋内に不釣り合いと言うべき真っ白なワンピース姿の少女が優しく声をかける。
「なっ!!?てめえは、あの時のガキ!?」
グリーズは驚愕する。何故ならば自分が狙撃した少女が目の前に居るのだ。
「覚えていただいて光栄ですよ、グリーズさん」
不気味な室内に不釣り合いな少女はただただ笑顔をグリーズに向けるのだった。心底楽しそうに、花を愛でるように。
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