テラーノベル
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FORSAKENの神殿は広大だ。
だが。
廊下だけは妙に狭い。
その理由は単純だった。
壁一面に、スペクターお気に入りの骨董品が並んでいるからである。
人間界から集めた壺。
古代王朝の器。
滅びた文明の宝。
どれも歴史的価値は計り知れない。
もちろん。
スペクターが気に入っている理由は。
「持ち主の絶望が染み込んでいて美味しいから。」
ただ、それだけだった。
だから使用人たちは知っている。
神殿で最も危険なのは。
殺人者でも。
魔法でもない。
この廊下だと。
そんな危険地帯へ。
今日も一人。
危機感ゼロの男がやって来る。
「アズール~~!」
大きな尻尾を左右にぶんぶん振りながら歩くホスフォラスだった。
「今日の絶望エネルギーなんだけどさぁ!」
上機嫌。
鼻歌まで歌っている。
本人は気を付けている。
だが。
問題は。
尻尾だった。
ふり。
ふりふり。
ぶんっ。
「……。」
壁際に飾られた巨大な壺が。
ゆっくり揺れる。
ホスフォラスは気付かない。
壺はさらに傾く。
そして。
ガシャァァァァン!!
廊下中へ破壊音が響き渡った。
「ひゃっ!?」
ホスフォラスが飛び上がる。
恐る恐る振り返ると。
紀元前の王朝で作られたという最高級の壺が。
見事なまでに粉々だった。
「……。」
「……。」
冷や汗が一筋流れる。
「だ。」
「大丈夫。」
「一個くらいなら。」
「きっと。」
「スペクター様も。」
「……。」
慌てて反対側を向く。
その瞬間。
ぶおん。
尻尾が反対側へ振れる。
ガシャァァァァン!!
さらに巨大な壺が。
豪快に砕け散った。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
ホスフォラスは頭を抱えた。
「なんで!?」
「なんでそんなに元気なの僕の尻尾!?」
「少しは空気読んでよ!!」
自分の尻尾を両腕でぎゅっと押さえ込む。
しかし。
尻尾はまだもぞもぞ動いている。
「……やあ。」
背後から静かな声。
「随分賑やかだね。」
空気が凍る。
ホスフォラスは。
ぎぎぎ、と音がしそうなほどゆっくり振り返った。
そこには。
赤いシルクハット。
赤いスーツ。
穏やかな笑顔。
そして。
一切笑っていない目。
スペクターだった。
「あっ。」
「えっと。」
「これはですね。」
「不可抗力というか。」
「廊下が狭いというか。」
「尻尾が。」
「勝手にですね……。」
必死の言い訳。
スペクターは優しく頷いた。
「うん。」
「分かってるよ。」
ホスフォラスの顔が少し明るくなる。
「君は悪くない。」
「本当ですか!?」
「うん。」
スペクターは微笑みながら近付く。
そして。
ホスフォラスの大きな尻尾を。
なで……
愛おしそうに撫でた。
「わっ。」
その手つきは妙に丁寧だった。
まるで。
精肉店で極上の肉の質感を確かめる職人のようだった。
「立派な尻尾だね。」
「あ、ありがとうございます……?」
「でも。」
スペクターは笑顔のまま続ける。
「僕の壺が割れるのは悲しい。」
「道徳的には。」
「物を大切にしない子には。」
「お仕置きが必要なんだ。」
「ひぃっ!」
ホスフォラスは震えた。
スペクターは首を少し傾ける。
「だから。」
「次やったら。」
「その尻尾。」
「切って。」
一拍置く。
「Mowlの猫じゃらしにするね。」
「えっ。」
思考停止。
「ほら。」
「Mowlの猫じゃらしって。」
「すぐ壊れるでしょ?」
「でも君の尻尾なら。」
「丈夫。」
「大きい。」
「最高のおもちゃになると思うんだ。」
「素敵なアイデアでしょ?」
満面の笑み。
ホスフォラスは涙目になる。
「僕のアイデンティティがぁぁぁ!!」
「猫のおもちゃになるぅぅぅ!!」
その時。
コツ。
コツ。
静かな足音が響いた。
Mowlである。
いつものようにマントを整え。
モノクルを指で押し上げる。
散らばった壺を一瞥すると。
優雅に一礼した。
「スペクター様。」
「ホスフォラス殿。」
「失礼いたします。」
「ちょうどいい。」
スペクターが嬉しそうに笑う。
「もしまた壺を割ったら。」
「この尻尾。」
「君にあげるね。」
「ハッ。」
Mowlは静かに頭を下げた。
「恐悦至極にございます。」
そして。
ゆっくり。
ゆっくりと。
視線を尻尾へ向ける。
「……。」
その瞬間。
黒い瞳孔が。
すぅっと。
限界まで細く開いた。
ホスフォラスの背筋を悪寒が走る。
「……。」
Mowlの前脚が。
無意識に。
わし。
わしわし。
空中で猫パンチの素振りを始めていた。
尻尾がぴくりと揺れる。
Mowlの耳もぴくり。
「……。」
「……。」
「……。」
完全に狙っている。
ホスフォラスは確信した。
(この猫。)
(紳士の顔してるけど。)
(内心めちゃくちゃ遊びたがってる!!)
(絶対猫じゃらしにする気だ!!)
Mowlは数秒後。
はっと我に返った。
「……コホン。」
咳払い。
耳を整える。
リボンを直す。
何事もなかったように微笑む。
「失礼いたしました。」
「少々。」
「猫としての本能が。」
「顔を出してしまいました。」
ホスフォラスは半泣きだった。
「少々じゃないよ!」
Mowlは穏やかに続ける。
「ホスフォラス殿。」
「どうか廊下では。」
「細心の注意を。」
「私めも。」
「期待と。」
「お腹を膨らませながら。」
「見守っておりますので。」
「期待しないでぇぇぇ!!」
スペクターは楽しそうに笑う。
「じゃあよろしくね。」
鼻歌を歌いながら去っていく。
Mowlも優雅に一礼した。
「それでは。」
「失礼いたします。」
静かに廊下の奥へ消えていった。
残されたホスフォラスは。
自分の尻尾を両腕でぎゅっと抱き締める。
「もう嫌だ……。」
「絶対振らない……。」
「絶対。」
「横歩きで生きていく。」
それ以来。
神殿では。
巨大な尻尾を必死に抱えながら。
カサ。
カサ。
カサ。
まるでカニのように横歩きで移動するホスフォラスの姿が日常になった。
それを見たアズールは。
しばらく無言で眺めたあと。
小さく首を傾げる。
「……。」
「神殿に。」
「新種の妖怪でも住み着いたのか?」
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