「ハル、今日はここの地域に…」
「おっけ〜」
全ての身支度を済ませて今日も私とハルは仕事をしている。
この時期は雨を降らす必要が多すぎるせいで私も憂鬱…って、
(いやいや、私に感情は無いのにこんな馬鹿な事を思うわけないわ)
私が軽く頭を振り考えを捨てた後、ハルが話しかけて来た
「あまね?どうかした?」
「い、いえ…何も、ここの地域の風向きをチェックしなくちゃ…」
「…それ、気温のモニターだよ?」
「えっ、あ…本当だ…」
おかしい…普段は…前まではこんなミスした事ないのに…
「あまね、大丈夫?調子悪いの?」
少し俯きながらそう思っていると、
ハルが心配そうな表情をして首を傾げながら私の顔を覗き込んでくる。
ペアにこんな表情をさせて心配させるだなんて…
(ペア失格ね…)
電子回路が熱くなってツライ…バグなんて嫌いよ…
「あ!そうだ!」
すると、ハルが先程までの心配そうな表情から一転し明るい普段の表情になり
こちらを見て、またもや予想外の事を言い出した。
「外!外に出ようよ!少しは気が紛れるかも!」
「は、はぁ!?」
今までハルが言ってきたどんな言葉よりも予想外で不可能な言葉だ…
「ハル、それは無理よ…」
「え!?ど、どうして…?」
本当に無知で何も知らなさすぎる…私はハルにこの研究所の話をする事にした。
私とハルがいるこの研究所からは絶対に出られない。
いや……正確に言うと出ようとした人が誰も居ない。というのが正解。
この場所にいるのは私みたいな作り物が大半を占めていて
ここから出るという考えがプログラムされて居ない。
因みにそれは私も例外では無い。
私の世界は科学者の人間に作られてからずっとこの研究所の限られた範囲。
私の中では自分と天気と人間の3つしか存在して居ない。だってしょうが無いでしょう?
雨を降らせる『AMANE』は そう作られているのだから。
「だから、ここからは出られないの。わかった?」
「うぅ〜。」
不機嫌そうに唸った後ハルは机に突っ伏してしまった。
あぁ、これは面倒になる。そう思いつつ私は仕事に戻るようにした。
数分後にまだ機嫌を直していないハルが突っ伏した状態でポツポツと話を始めた
「私ね、子供の頃は自然がいっぱいの所に居たの…、暖かくて…動物も沢山居る…そんな所にね」
少し悲しそうだが何処か嬉しそうな声色で話している。
(馬鹿馬鹿しい…)
そう思い作業を進めつつ横目にハルを見て話に耳を傾ている。
内容は子供の頃の微かな記憶の下らない日常の話。
そこまで重要な話は無いと思っていた時、衝撃的な内容が飛び込んで来た
「そして、森遊んでいた時にね、…….
お父さんとお母さんが居なくなっちゃったんだ」
「…人間って一瞬で居なくなるものなの?」
「違うよ!」
飛び起きてこちらを見つめるハルの緑色の瞳には膜が張っているようで、見ていたら何となく変になる。
それ以外に普段とは違い眉が吊り上がり口元をへの字に曲げていて明らかに不機嫌だ。
「心拍数、脈拍、体温ともに増加。」
ハルの手を取り医療モードで軽く検査をしてみるといつもより数値も乱れている。
「ヒューマノイドっぽさここで出さないで!」
「ヒューマノイドぽい。じゃなくて実際そうなのよ。」
軽い溜息を吐いて私は言葉を続けた。
「父親と母親が居なくなったんじゃなくてハル。貴方が消えたのかもね」
軽い冗談で私が言った時ハルが目を見開き口をパクパクさせて何か言葉を詰まらせている。
「そ、そうだよ…絶対にそう…私…私…」
「ハル?」
今度こそ泣きそうな表情で
「私…捨てられちゃったんだよ…」
と言い出した。その時自分の左側が痛み、戸惑っているとプツリと糸が切れたかの様に
ハルが大粒の涙をポロポロと流し始めた。
頬に伝うキラキラとした涙は何故か綺麗だとは思えず見ていると違和感が生じる。
ハンカチを取り出しハルの傍に置き、私は部屋を出た。
コツコツと歩く音が響く廊下を進み、食堂に辿り着いた。
食事なんてしなくても良いから来る事は無いけれどちゃんと 知識として
使い方とかもわかっているから大丈夫ね。
(にしても…本当に人が居ないわね…)
それもその筈、ここは研究員の人達以外が使う食堂で主に私みたいな
作り物が使用する場所だから。
それに私達は別に食事をしなくとも充電をすれば
どんなに短くとも一週間程度は持つから食事なんて基本しないのが普通だ。
それで料理も態々人間が作ったりするのではなく、機械のボタンを押して取り出すという事だけだ。
適当に温かい飲み物を持って行こうと思いボタンを押しココアを用意した。
甘い香りと暖かい湯気を感じ部屋に戻る為に廊下に出た。
「きゃッ…」
するとその時ドン と誰かにぶつかってしまった。
私は衝撃でその場に尻もちを着いてしまいその際
ココアの入ったマグカップを手から離してしまったが何故か割れる音もしなかった。
私が恐る恐る目線をあげると先程私が落としたココアを持っている人物が目に入った。
中性的な容姿をしていて真っ白でサラサラな長い髪を低い位置で緩く一つに結び
長い前髪から覗く赤い瞳。
確かに綺麗だが少し不気味さを感じられる人…いや、私と同じだが違う非人間。同じだが違うというふわふわとした言葉なのは理由がある。
この人は私達非人間をまとめる、所謂幹部ってやつ。
私とは違って元になった性別がよく分からないのよね。多分男性かしら?
幹部は他に3人くらい居たはずだけれど…『HUYUNE』さん程話した事は無いのよね…
「『AMANE』、大丈夫?」
「あっ、だ、大丈夫です。すみません…『HUYUNE』さん」
『YUKINE』さんが伸ばしてくれた手を取り、立ち上がり謝罪を伝えると
小首を傾げつつ笑顔で『HUYUNE』さんが言葉を続けた
「謝ら無くて大丈夫だよ、『AMANE』が怪我をして居ないなら僕は怒らないからねぇ」
「そ、そうですか…」
何故かこの人は私にだけは甘く、昔から気遣ってくれているようで滅多に怒らない。
周りの人からの情報によると厳しい性格にプログラムされている様だけれど…
優秀が故に私相手への無駄な思考も削ぎ落とされているのかしら。
おっと、これ以上考えていると間違えて言ってしまいそうだからやめておこう。
「では、私はこれで…」
「そういえば人間の子が『AMANE』。君のペアになったんだって?」
私の言葉を遮って笑顔で話す姿はただただ不気味としか表現出来ない。
無視をしてもまずい為私は返事をした。
「そうですよ、とても優秀で…、」
「そっか〜、ふふっ」
「…それが、何か?」
思わず言ってしまった事に少し後悔しつつ言ってしまったのでしょうが無いと思っていると
『HUYUNE』さんが可笑しそうに笑い話し出した
「あっはは、だって、普通の人間は僕達の足元にも及ばないのにねぇ…、優秀だなんて…ふふっ」
…何を言っているの…?
足元にも及ばない?…、ハルの努力も…何も知らないのに、どうしてそんな事を言えるの?
「ま、今はこの話を置いて、また会おっか『AMANE』。」
『HUYUNE』さんは軽く手を振って去って行き、廊下に1人取り残されてしまった。
「…あの人、ココア持って行った…。。」
仕方が無いので私はまた食堂に戻ってココアを準備しなくちゃ、
あぁ、早くしないとハルの涙で部屋と 機械が沈没してまうわ。
「ハル、ただいま。帰った…わ…、」
部屋に戻り目に入ってきた光景のせいでか思わず情報処理機能全てを疑ってしまった。
部屋には大量の絵の書かれた紙と散らばったクレヨン。
そしてその真ん中でクレヨンで顔を汚して笑っているハル。
「あ!あまね〜!おかえり〜!」
「ハル。一体全体どういう事なの?」
ふふんとハルが笑い、近くにあった絵を1枚拾い、私に見せてきた。
その絵は虹が描かれていて、よくよく見れば他の絵も全部虹が描かれている。
「私が住んでいた所、雨が沢山降っててね、虹もよく見えたの。
だからあまねにも見せてあげたいと思ってね! 」
自信満々な笑顔でそう言ったハルは無邪気な笑顔で、先程の悲しい表情とも打って変わっている。
本当に掴み所の無い子だ。
「だから、…だからいつか!二人一緒に虹を見よう!」
「……、そうね。」
昔はこんな事、絶対言わなかったのに…
この一週間でこんなにも変わるだなんて思わなかったわ。
私は呆れつつココアをぐびっと飲み、口元に付いたのを手で拭った後
ハルの目を見てこう言った。
「あと1年のうちに見られたら良いわね。」
「見られたら、じゃなくて見るの!一緒にね !はい!指切りげんまん!」
明るい声でそう言い小指を差し出すハルの後ろの方にあった窓からは
雨が止み、太陽が少し顔を出していた。
私の部屋からは外の景色がよく見えないから、
本物の虹が見られるのはまだまだ先ね。
そんな事を思いつつ私はハルの小指に自分の小指を絡めた。
「えぇ、約束ね。」
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