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――数日後。
リハビリを終え、三人はゆっくりと病室へ戻る。
廊下は静かだ。
車椅子を押す音だけが響く。
「立てる時間、伸びたな」
貴利矢が軽く言う。
永夢は少しだけ照れたように笑う。
「……10秒、増えました」
「10秒ではない。あれは20秒だ」
飛彩が淡々と訂正する。
「呼吸の乱れも前回より軽い。回復は順調だ」
「ほらな。やっぱエムは回復チート持ちだろ」
「チートじゃありません」
でも嬉しそうだ。
病室に入る。
飛彩が慎重に車椅子を止め、永夢の体を支える。
「ベッドに戻す」
腕を回す。
体温が近い。
ゆっくり横になる。
胸の固定具が軋む。
「今日はここまでだ」
「……はい」
少しだけ疲労が強い。
呼吸は浅いが、安定している。
その瞬間。
――緊急!バクスターウイルス感染拡大!
――複数患者、重症者多数!
画面に映るのは混乱する街。
爆発のような警報音。
悲鳴。
飛彩の表情が一変する。
「……これは…!」
拳を握る。
「放っておけない」
貴利矢もモニターを睨む。
「さっきの反応と同型……エムが受けた攻撃、あれの延長か」
飛彩が即座に判断する。
「同一個体、もしくは群体型だ。狙いは拡散」
一瞬。
飛彩の視線が、ベッドの永夢へ向く。
「研修医。お前はここで安静にしておくんだ」
低く、迷いのない声。
永夢は息を呑む。
「……でも」
「命令だ。今の体で戦場に出ることは許可できない」
視線が揺れる。
それでも飛彩は背を向ける。
「俺たちが行く。お前はここで動くな。命令だ。」
貴利矢が一瞬だけ永夢を見る。
「……その身体で、無理すんなよ」
自動ドアが閉まる。
静寂。
モニターの電子音だけが残る。
ピッ……ピッ……
永夢は拳を握る。
力が入らない。
胸がまだ痛む。
息が浅い。
モニターに映る現場。
倒れている人。
助けを求める声。
「……患者、が……」
ゆっくりと目を閉じる。
飛彩の声が頭に残っている。
――動くな。命令だ。
永夢はゆっくりベッドに横になる。
「……」
呼吸を整える。
深く。
ゆっくり。
SpO₂は安定。
脈も落ち着く。
廊下の足音が完全に遠ざかる。
数秒。
数十秒。
静まり返る病室。
遠くで、爆発音。
かすかな振動。
永夢の目が開く。
天井を見る。
拳を握る。
「……苦しんでる……人が……いるのに……」
小さな声。
モニター端末に戦況データが流れる。
重症者多数。
「……放っておけない」
ベッドの縁を掴む。
ゆっくり起き上がる。
痛みが走る。
「っ……」
息が乱れる。
ひゅ……っ
一度止まる。
深呼吸。
整える。
「まだ……いける」
ベッドから足を下ろす。
床の冷たさ。
体重をかける。
膝が震える。
それでも立つ。
点滴ラインを見る。
迷い。
それから、静かに外す。
警告音が鳴る前にセンサーを解除する。
(医者だから分かる。どうすれば気づかれないか)
壁に手をつく。
指先に力が入らない。
一度、指が滑る。
呼吸が浅い。
胸の奥が焼けるように痛む。
ヒュ……ッ
ヒュ……ッ
視界の端が、じわりと暗く滲む。
膝が震えている。
それでも、腕の力だけで上半身を引き上げる。
腹部の縫合部が引きつれる。
鋭い痛みが走る。
「……っ…」
思わず息が止まる。
それでも。
壁に額をつけ、歯を食いしばる。
数秒。
長い、長い数秒。
足裏に体重を落とす。
ぐらり、と世界が揺れる。
耳鳴りがする。
それでも――
「……歩ける」
一歩。
足を出すだけで、太ももが痙攣する。
踏み出した瞬間、視界が白く弾ける。
心臓が暴れる。
ドクン
ドクン
ドクン
息が吸えない。
肺が狭い。
それでも、もう一歩。
壁を擦るようにして前へ。
冷や汗がこめかみを伝う。
白衣を取ろうとして、腕が上がらない。
震える手で白衣を手に取り袖を通す。
布の重みすら、負担になる。
肩で呼吸をしながら、ようやく羽織る。
胸元のベルトとガシャットに触れる。
その瞬間、指先が痺れる。
力が入らない。
何度も滑る。
それでも掴む。
鏡に映る顔は青白い。
唇に色がない。
額に汗。
視線が、焦点を合わせきれずに揺れている。
でも、目だけは強い。
「…ゲームスタートだ」
ドアノブを握る。
冷たい。
重い。
回すだけで腕が震える。
ドアを開ける。
廊下へ。
一歩踏み出した瞬間、
足がもつれる。
壁に激突する。
息が漏れる。
ヒュッ……!
立て直す。
非常階段へ向かう。
足は重い。
鉛のようだ。
呼吸は浅い。
吸っても足りない。
縫合部が脈打つように痛む。
階段の前で、立ち止まる。
手すりを掴む。
握力が足りない。
滑る。
もう一度、掴む。
「僕は……医者だ」
一段、降りる。
着地の衝撃で、膝が崩れかける。
視界が一瞬、暗転する。
耳鳴り。
吐き気。
それでも手すりにしがみつく。
「患者が待ってる……」
もう一段。
足が上がらない。
自分の体が、重い。
心拍が荒れ狂う。
喉がひりつく。
遠くで爆発音が響く。
その振動が体に伝わる。
立っているだけで限界なのに。
それでも。
もう一段。
もう一段。
汗が床に落ちる。
呼吸が乱れる。
足が震える。
今にも倒れる。
それでも前へ。
飛彩の言葉を裏切っているのは分かっている。
でも――
止まれない。
止まったら、
本当に動けなくなる気がして。
永夢は、
壊れかけの体を引きずるようにして、
二人を追いかける。
患者を助けるために。
自分が倒れると分かっていても。
止まれなかった。