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ツンデレ太宰可愛いよね。にょた
窓の外は、どんよりとした曇天が広がっている。横浜の港から吹き付ける風は、湿り気を帯びて肌に纏わりつく。
中原中也は、ソファに深々と腰掛け、手元のワイングラスを揺らしていた。その視線の先には、不機嫌そうに頬を膨らませ、床に座り込んで古い書物を捲っている太宰治がいる。彼女は、外では「最年少幹部」だの「心なき死神」だのと恐れられているが、この家という閉ざされた箱庭の中では、ただの脆くて手のかかる、そして恐ろしいほどに愛くるしい一人の女だった。
太宰は、昨夜の情事の名残か、中也のぶかぶかな白シャツ一枚だけを身に纏い、その下には何も着けていない。細い脚を投げ出し、解けた包帯の間から覗く白い肌は、中也が付けた淡い紅色の痕で飾られている。
「……おい、太宰」
「……何だい。私は今、効率的な入水方法の再確認で忙しいんだよ」
「お前、さっきからそのページ、一枚も捲ってねえぞ」
中也は苦笑しながら、ソファから滑り落ちるようにして彼女の背後に陣取った。太宰の細い肩を引き寄せ、項に鼻を押し付ける。そこからは、彼が選んだ高価な石鹸の匂いと、彼女自身の体温が混じり合った、脳を痺れさせるような甘い香りがした。
「ああ、クソ……。お前、本当に可愛いな」
中也の本音が、零れ落ちる。それはもはや、挨拶のようなものだった。
「…………」
太宰の手が止まる。彼女の肩が、びくりと震えた。
「おい、聞いてんのか? 今日のその不貞腐れたツラも、最高に可愛いぞ。世界中の男がひれ伏すレベルだ」
中也は、彼女の耳たぶを甘噛みし、低い声で囁き続ける。彼にとって太宰は、どんな宝玉よりも価値があり、どんな名画よりも目を引く存在だ。その歪んだ自尊心も、情緒の不安定さも、すべてが愛おしさの構成要素でしかなかった。
「……中也」
「あ?」
「……黙ってくれないかな。耳元でそんな低俗な呪文を唱えられると、虫唾が走る」
太宰の声は冷ややかだったが、その耳の先端は、言葉とは裏腹に赤く染まっている。中也はその反応を逃さず、さらに彼女の腰を引き寄せ、抱擁の力を強めた。
「低俗だと? 本心を言ってるだけだろ。お前は俺のモンで、俺の目の前で、こんなに無防備に転がってるんだ。可愛いって言わねえ方が不自然だろ」
「……可愛くない! 全然、可愛くないし!!」
唐突に、太宰が叫んだ。彼女は中也の腕を振り払い、弾かれたように立ち上がる。あまりの勢いに、膝に乗せていた本が床に滑り落ちた。
中也は、目を丸くして彼女を見上げた。太宰は肩で息をしながら、両手で自分の顔を覆っている。
「なんだよ、藪から棒に……」
「中也の目は節穴だ! あるいは、脳味噌まで重力で潰れたんじゃないのかい!? 私のどこを見てそんなことが言えるんだ。鏡を見たことがないのか? 私は、薄汚くて、根暗で、包帯だらけで、死ぬことばかり考えている、空っぽの人間なんだよ!」
彼女の言葉は、自分自身を切り刻むナイフのようだった。太宰治という女は、自分を愛することが極端に下手だ。というより、自分の中に「愛される価値」など一欠片も存在しないと、骨の髄まで信じ込んでいる。
「自分の命さえ大事にできない女が、どうして可愛いなんて言われるんだ! 君がそうやって無責任に『可愛い』なんて言うたびに、私は自分が酷く惨めで、滑稽な生き物に見えてくるんだよ!」
太宰の瞳には、涙が溜まっている。それは悲しみというより、やり場のない怒りと、自己嫌悪からくる拒絶だった。彼女にとって「可愛い」という賛辞は、自分の内側の醜悪さを隠すための、残酷なヴェールのように感じられるのだろう。
中也はゆっくりと立ち上がった。身長差はあるが、その威圧感と、逃げ場を許さない圧倒的な存在感は、太宰をたじろがせるに十分だった。
「……無責任、だぁ?」
中也の一歩。太宰は後ろに下がるが、すぐに壁に背中が当たった。
「俺が、いつお前を可愛くないと思った? 根暗? 結構じゃねえか。包帯だらけ? それも全部ひっくるめて、俺が愛してやってるんだろうが。お前が自分をどう評価してようが知ったこっちゃねえが、俺の感性にケチつけんのは許さねえぞ」
中也は壁に手を突き、太宰を閉じ込めた。
「死にたがりで、情緒不安定で、俺がいねえとまともに飯も食えねえようなお前を、俺以外の誰が『可愛い』って言ってやるんだよ。あぁ? 誰もいねえよな。お前を理解して、そのクソみたいな本性まで含めて愛してんのは、世界中でこの俺だけだ」
中也の指先が、太宰の顎を強引に持ち上げる。彼女の瞳から、一筋の涙が零れた。
「自惚れんなよ、太宰。お前がどれだけ自分のことを『可愛くない』って叫んだところで、俺の目には、お前が世界で一番愛おしい女にしか映らねえんだ。……否定してみろ。俺の腕の中で、あんなに声を上げて鳴いてた女が、可愛くないはずがねえだろ」
「……っ、それは、君が、無理やり……!」
「無理やりじゃねえ。お前が求めてきたんだ。俺の指がなきゃ、満足に呼吸もできねえくせに、今更しらばっくれんな」
中也の顔が近づく。吐息が触れ合う距離で、彼はサディスティックな愉悦を瞳に宿して笑った。
「可愛くないって言うなら、可愛くなくなるまで可愛がってやるよ。お前のその卑屈なプライドが粉々になって、俺に縋り付いて泣き言しか言えなくなるまで、一晩中だ」
中也の手が、太宰のシャツの隙間から滑り込んだ。冷え切った彼女の肌が、中也の熱に触れてビクリと跳ねる。
「……や、だ……中也、意地悪……」
「意地悪なのはどっちだ。せっかく褒めてやってんのに、可愛くねえ反抗しやがって」
中也の唇が、太宰の鎖骨のあたりを強く吸い上げた。新しい印が刻まれる。太宰は、拒絶するように彼の肩を押し返そうとするが、その力は驚くほど弱い。
「……あ、……ぅ……。君は、本当に……最低だ……」
「最高の間違いだろ」
中也は彼女を横抱きにすると、そのまま寝室へと向かった。太宰は彼の首に腕を回し、顔を胸板に埋める。その動作一つをとっても、中也にとっては愛おしすぎて眩暈がするほどだった。
寝室に投げ出された太宰は、乱れた髪の間から、恨めしそうに中也を睨みつける。だが、その瞳には熱い期待が混じっているのを、中也は見逃さない。
「ほら、言ってみろ。俺が言うことは、全部正しいんだろ?」
「……っ、言わない……。絶対に、言わないんだから……!」
「いいぜ。言葉が出なくなるまで、たっぷり可愛がってやるよ」
中也は彼女の上に覆い被さり、細い手首を頭上で組み伏せた。 シャツのボタンが弾け飛び、彼女の白皙の肢体が露わになる。中也の目は、まるで極上の獲物を見つけ出した肉食獣のように鋭く、そして狂おしいほどの愛に満ちていた。
「中也……、あ、……っ……」
「……可愛い、太宰。お前は、本当に最高に可愛い。俺のモンだ。誰にも渡さねえ」
中也の執拗な愛撫に、太宰の思考は急速に白濁していく。 自分が「可愛くない」根拠を並べ立てていたはずの脳内は、中也が与える鮮烈な快楽と、耳元で繰り返される甘い「可愛い」という言葉によって、塗りつぶされていく。
「……っ、あ、……ひ、……ぁ……っ!」
中也は、彼女が限界を迎えるまで決して手を緩めない。 太宰の自尊心をズタズタにするように、それでいて彼女の存在そのものを肯定するように、彼は何度も何度も彼女を求めた。
激しい衝動が身体を突き抜けるたび、太宰は声を枯らして鳴いた。 そのたびに中也は、彼女の耳元で「可愛い、可愛い」と、呪いのように囁き続ける。
数時間後。 静まり返った寝室で、二人は汗ばんだ肌を寄せ合っていた。 太宰は、中也の腕の中でぐったりと力なく横たわり、不規則な呼吸を繰り返している。
「……で? まだ可愛くないって言い張るのか、お前」
中也は、彼女の乱れた髪を指で梳きながら、勝ち誇ったように尋ねた。 太宰は、焦点の合わない瞳で天井をぼんやりと見つめていたが、やがて力なく視線を中也に移した。
「…………大っ嫌い」
「ははっ、そいつはお褒めの言葉として受け取っといてやるよ」
太宰は、震える手で中也の頬に触れた。その指先はまだ微かに震えている。
「……君が、そんなに、……しつこく言うから……。私が、本当に、……可愛いんじゃないかって、……錯覚、しちゃうじゃないか……」
消え入りそうな声。 それは、彼女が精一杯振り絞った「降参」の言葉だった。
中也は、愛おしさが爆発しそうになるのを堪えながら、彼女の指先に口づけを落とした。
「錯覚じゃねえよ。真実だ。お前が認めようが認めまいが、俺はお前を可愛いと言い続ける。死ぬまでな」
「……呪いだね、それは」
「ああ、お前を一生縛り付ける、最強の呪いだ。覚悟しろよ」
太宰は、小さくため息をつき、今度は自分から中也の胸に顔を寄せた。 彼女の心の中にある「醜い自分」は消えたわけではない。 けれど、この男がこうも執拗に「可愛い」と連呼し、自分のすべてを欲しがるのであれば、その言葉に甘んじるのも悪くないかもしれない。
「……中也」
「なんだ」
「……もう一回、言って……」
「あ?」
「……聞こえなかったのかい? 早く、言いなよ。君の、その、……馬鹿みたいな言葉を」
太宰の顔は、熟した果実のように赤くなっている。 その様子を見て、中也は堪えきれずに吹き出した。
「はははっ! お前、本当に素直じゃねえな! だが、そういうところも、たまらなく可愛いぞ。おい、太宰。お前は世界一、可愛い」
「…………っ、死ね、蛞蝓!」
太宰は真っ赤になって彼を叩いたが、中也はその手を捕まえ、再び彼女を布団の中に引きずり込んだ。
夜はまだ長い。 雨上がりの月明かりが、カーテンの隙間から差し込み、二人の絡み合った影を銀色に照らしていた。
太宰治は、自分を嫌うことをやめられない。 けれど、中原中也に愛されることだけは、どうしてもやめられそうになかった。 彼の「可愛い」という言葉に、魂の奥底まで浸されながら、彼女は再び、逃れられない快楽の海へと沈んでいった。