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アグネスの姿をしたレオンはセレーネにシッと人差し指を口の前で立てて、静かに入るように合図した。
緊張の面持ちでセレーネは無言でそれにこたえた。
司祭や何人かはいるはずなのに、なぜか教会からは物音ひとつ聞こえてこない。妙な静けさの中、古いけど清掃は行き届いている厨房に侵入をした。
大きな鍋が置かれていて、スープが入っていたようだが大方はなくなっていた。おそらく、食堂に配膳されたのだろう。
レオンはチラリと鍋を見たが、無言で横を通り過ぎ、食糧庫のような扉を開けた。
そこからロープを取り出し、さらに厨房の台に放置されていた包丁を手にする。
見た目が可愛らしいアグネスには包丁のような物騒なものは似合わないが、勇ましいレオンのアグネスは、包丁をブンブンと振り回しながら厨房を出て廊下に出た。
そこには人が重なるように倒れていた。
レオンはそのうちのひとりに触れて、意識があるのかを確認している。
「この人たちは死んでいるのか?」
「生きているよ。殺せば犯罪だし、大事な証人がいなくなるのは困る。こいつらがアグネスにした仕打ちを思えばいますぐにでも殺したいぐらいだが堪えている。いまは幻覚作用の出る薬草と峰打ちで意識を失っているだけだ。先にセレーネとの接触を優先したかったから縛りあげる時間までなかったんだ。とりあえず、縛っておくよ」
そう言うと、指輪を外してレオンの姿に戻り、持ってきたロープで手際よく縛り上げ、包丁でロープを切っていく。もちろんセレーネも手伝い男性3人を縛った。
「食堂にはあと3人いる」
「意識は?」
「幻覚作用が出るスープを口にして酩酊して意識を失っている。念のためにセレーネはその部屋にはいるな。暖炉で幻覚を見る薬草を焚いている」
「レオンは大丈夫なのか?」
レオンがなんとも言えない悲しい表情をする。
「俺は死んでいるからね。この手のものは効かないようだよ」
言葉を失うわたしにレオンが優しく頭を撫でた。
「セレーネ、そんな顔をするな。心配することはない。きっとノアとアグネスが俺を生き返らせてくれるはずだろう?」
セレーネはレオンのその言葉にはっとする。
「レオン、どうしてそのことを」
「女神との契約だ。俺も女神と契約している。この1週間で「アグネスの願いを叶える」だ。そうすればアグネスは生き返ることができる」
「なるほど。そういうことか。アグネスはいま「兄様の願い」を叶えようと必死だぞ」
「そうか」
レオンがクスッと笑う。それは見たこともないぐらいにやわらかく優しい表情だ。
(妹を想う気持ちというのは、レオンにこんな表情までさせてしまうんだな)
「レオン、レオンの願いは「アグネスの幸せ」か?」
レオンが静かに微笑む。
愚問だった。レオンの表情を見れば聞くまでもない。レオンから明確な返事がなくてもすぐわかった。
「ノアが…あのこの世を諦めたようなノアがアグネスを幸せにできるだろうか?あいつ大丈夫だろうか?」
少し心配するようなレオンの言葉を聞きながら、セレーネは今朝、アグネスがセレーネの服を着て外出する支度をするのを待つ間に、髪の毛や服装を整えて生まれ変わったような表情をしたノアを思い出していた。
「あんなノアを初めてみたぞ。いつもはどこか一歩引いて冷めている感じだったノアがアグネスの気をひこうと必死だからな」
ふたりで顔を見合わせて、いまのノアを想像すると楽しくなってくる。
「あいつにも幸せになってほしい」
「それは私達、ふたりの願いだろう」
「ああ。そうだな。でも間違いなくアグネスの幸せがノアの幸せにもつながっている」
セレーネが知っているレオンより少し大人のレオンが、静かに満面の笑顔で応える。
「俺は全力で「アグネスの願い」を叶えるつもりだ。アグネスの願いを叶えるとアグネスは生き返る。セレーネに協力をお願いしても良いのか?」
「無論、ここに来ると決意した瞬間からそのつもりだ」
「セレーネ、恩に着る。ありがとう」
そのあとはふたりで順番に縛り上げた男たちを引きずりながら食堂に運ぶと、レオンは食堂の扉を閉めて、残る食堂の中にいる人を縛る作業をしたようだった。
しばらくして食堂の扉が開き、少し甘い匂いを身体に纏わせてレオンが出てきた。セレーネは近づいてレオンの匂いを嗅ぐ。
「嗅ぐなよ。この匂いは幻覚作用を引き起こすぞ」
「なぜ、そんなものがこの大聖堂に?」
セレーネは口にして気づいた。レオンが男達を「大事な証人」と言ったことを。