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「司祭の部屋に行けば、答えがわかるはずだ。急ぐぞ」
レオンは司祭の部屋がどこにあるのか既に調べがついていたようで、迷いのない足取りで歩いていく。
レオンの背中を追いかけるセレーネは、これまで誰に対しても品行方正を崩さず、物腰の柔らかいレオンだったが、いまのレオンは猛々しく逞しくなったように見えた。
おそらく、「殺された」ことがレオンのなにかを変えたのだろう。そんな少し未来のレオンにセレーネは再び惚れ直す。
その部屋にはすぐにたどり着き、ギギギッと鈍い音を出しながら古い木の扉を開けると、書面に大きな古い執務机と書類がぎっしりと入った書棚が目に飛び込んできた。
その隣は司祭の寝室なのだろう。寝台が見えた。
「昨夜、ある書類を探すのに忍び込んだが、この書類の多さと隣が司祭の寝室のためにあまり派手なことが出来なかったんだ。俺のいまの聖騎士の姿で正面から堂々と入って査察だと言い張って捜索をすることも考えたのだが、聖騎士が大聖堂に来るのに単独行動をすることは考えにくいのと、アグネスはほぼ誰かの監視下にあったから、断念せざるを得なかった」
レオンはそう言うと執務机は昨夜のうちに探し終わっていたのか、迷うことなく書棚に向かった。
「探したい書類は、この大聖堂で栽培されている薬草関係の書類だ。そしてその取引に関わる薬草の取引関係書類だ」
「それは、この大聖堂が違法な薬草の取引に関与しているという認識であっているのか?さっき、焚いた幻覚作用がある薬草もここで栽培されていたということだな」
レオンがセレーネの問いにニヤリとうれしそうに黒い笑みを浮かべた。
「さすがセレーネだな。全部説明しなくてもわかっていそうだ。俺が逃亡で山を下りようとしたときに大聖堂の少し奥で隠されるように薬草の畑があるのを見つけたんだ。そして、その畑は違法な薬草しか植えられていないことを気づいた。神聖な大聖堂の畑だと思えない光景だ。まさに大聖堂の大罪。だから逃亡を保留にして、違法な薬草の証拠を掴むことにしたわけだ。大聖堂は王族の息がかかっているから、王族派が関わっているのは間違いない。奴らの弱みを握っておくのが得策だと考えたんだ」
いままでレオンが大聖堂や王族派に対して内面に黒く熱いものを抱えていたのはわかっていた。ただ「アグネス」の件があったから、レオンはずっと自分の感情を抑えて、我慢していたことをセレーネは痛いほどわかっている。
いまはその「アグネス」はノアの元で守られている。
ニヤリと笑ったレオンは今まで抑えていた感情が表面に出ていて、人間的な黒さや計算高さも加算され凄みが増している。
「この男だけは敵に回したくないな」セレーネは心の中で呟いた。
ふたりでぎっしりと書類が詰まった書棚をひっくり返すように書類を出しては、薬草関係のことが書かれた文書を必死で探す。
「レオン、あったぞ!」
それはぶ厚い大きな本の表紙を開けたら、中の紙は一切なく本の大きさを合わせた箱が入っており、その箱を開けると大陸共通語で薬草の種類が書かれ、それを誰に渡したのかがわかるように記録された書類が入っていた。納品書に近いものだった。
すぐにレオンに渡すと、食い入るようにその書類に目を通す。
「やっぱりな」
声を押し殺して、吐き捨てるように言い切った。
「これでなにかわかったのか?」
「これを見てみろ」
取引先には王族派の2番手だとされる人物が経営する商会の名が書かれており、結構な量の薬草が取引されているようだった。
「普通の商会で扱う量としては多すぎるな。この先に大口の顧客がいるとしか思えない。売り先は国外の可能性だな」
セレーネが見解を述べると、レオンも同じことを考えていたようで大きく頷く。
それになにかを意図してなのか警戒してなのか、大陸共通語を使用していることもひっかかる。
大陸共通語は教養として貴族が学ぶぐらいだからだ。
「レオン、あと他に探すものはあるか?」
「あとは大聖堂の日誌と面会記録があればなんとかなるかも知れない」
それは容易くすぐに見つかった。
「これでなんとかなりそうだ。次はこちらの反撃といこうじゃないか」
レオンは楽しげだ。
「あとはアグネスの日記もあると、アグネスが虐げられていた証拠のひとつになるかも」
セレーネは壊れそうに細いアグネスに思いを巡らせた。
「セレーネ、ありがとう。それはもう持っている」
レオンが着ている聖騎士のジャケットを広げて、内ポケットを軽く叩くと、硬いものが入っていることがわかる音がした。
「完璧だな」
予想以上に完璧なレオンにセレーネは失笑した。
「セレーネ、この証拠の書類を一旦、セレーネのハンレッド家に預けたい。セレーネと義父様に託したい」
てっきりレオンがこの書類を王族派に突きつけるものだと思っていたセレーネは驚きの声をあげる。
「どうしてだ!こんな大事なものはレオンが持っていて、奴らに証拠として突きつければ良いじゃないか?」
「俺には時間がない。あと4日しかないからな。正当に裁判に持ち込むとしても時間がかかり過ぎる。アグネスが俺を生き返らせてくれるとしても、次に俺が息を吹き返しこの世に戻ってこれても「現在」に戻れる保証はない。だから、俺が最も信用するセレーネに託したい。預かってくれるか?」
真剣な表情でセレーネを見つめるレオン。目の前のレオンがまだ死人である事実を突きつけられて、涙がこぼれそうになる。
一度は目を伏せたセレーネも心を決め、レオンを見つめ返した。
「わかった。責任を持って預かる」
そのあとは畑の薬草を確認し、転がるように山をふたりで降り、馬を預けている宿屋に急いだ。