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イベントのリハーサルは大詰めに
差し掛かっていた。
カメラチェック、
立ち位置の確認、
照明や音響の最終調整。
現場はどこかピリついた空気に包まれていて、
誰もが少しずつ神経をすり減らしている。
FUMIYAも例外ではなかった。
本番さながらのリハーサル、
鳴り響くカウント、
スタッフの鋭い指示。
そのすべてに応えようと、
完璧であろうと、
いつも通り笑顔を崩さず踊り続けていた――
けれど。
(……なんか、落ち着かない)
心がざわついていた。
理由は、自分でもうまく言葉にできない。
けれど、胸の奥で何かが
きゅっと締めつけられるような感覚があった。
次の立ち位置に向かう合間、
ふと視線の先にFUMINORIの背中が見えた。
気づけば、無意識にその袖をつかんでいた。
「……?」
FUMINORIが小さく振り返る。
驚いたような目をして、
けれどすぐに何も言わずに見つめてくる。
FUMIYAは少し戸惑いながら、
口元に手を当てるようにしてそっと呟いた。
「なんか、落ち着かなくて……」
声はかすかで、
周囲の喧騒に紛れてしまいそうだったけれど、
FUMINORIにはちゃんと届いていた。
次の瞬間、FUMIYAの指先を包むように、
あたたかい感触が広がった。
FUMINORIが、自分の手を握ってくれていた。
何も言わず、そっと、だけど確かに――
その手のひらがFUMIYAの不安を
受け止めてくれるように、静かに、優しく。
(……ふみくんの手、あったかい)
心の中で呟いたその言葉が、
自分でも驚くほどに
胸の奥にしみこんでいった。
どれだけ周囲が慌ただしくても、
どれだけプレッシャーを感じていても、
この手のぬくもりだけは嘘じゃない。
たった数秒の触れ合いが、
それだけでFUMIYAの世界を変えてしまう。
FUMINORIは、誰にも気づかれないように
そのまま数秒だけ手を握っていた。
「……大丈夫、俺がいるから」
突然、低く落ち着いた声が耳元に届く。
視線は交わらないまま、
ほんのひとことだけを残して、
FUMINORIはそっと手を離した。
その瞬間、FUMIYAの胸の中に
ぽっと灯りがともる。
それは、たったひとことと、
たった一瞬のぬくもり。
それだけだったのに、
世界が少しだけ柔らかくなった気がした。
(……もっと、頼りたいなんて思ったら、
だめかな)
甘えてはいけないと、
何度も自分に言い聞かせてきた。
けれど、ふみくんの手のあたたかさは、
そんな決意をそっと溶かしてしまう。
もう一度視線を上げたとき、
FUMINORIはすでに前を向いて立っていた。
背筋を伸ばし、
ステージの中心に立つその背中は、
いつだってFUMIYAの目標だった。
でも今だけは――
その背中を、少しだけ近くに感じた。
そしてFUMIYAは、
何も言わずに静かに笑った。
この瞬間が、
誰にも気づかれなくてよかったと、
心から思った。
だってこれは、自分たちだけの、
ほんの小さな秘密だから。