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私にだって最初はもっとまじめで優しそうな人とのお話があったのよ?
未来の夫がどんな人か知りたくて、お見合い相手と同じ職場で働いている妹に彼の事を調べてもらったの。
素敵な人だったわ。「明るくて真面目で仕事も出来る人」って妹もべた褒めで。
……だけど、その人は妹を愛してしまった。妹も、その人の気持ちに応えたいと願うようになった。
だから邪魔してやったの、二人の関係をメチャクチャにしてやろうって。想い合う彼らを騙して、酷く傷つけて……
それでも二人は諦めずに、お互いのために頑張るんだもの。いつまでも嫌がらせしているだけの私の方が、馬鹿らしくなっちゃったのよね。
性格が悪い? 知ってるわ。私も今までいろんなことを我慢させられ続けて、いつかおじ様たちの選んだ人と結婚するだけの人生だけなんだと思えば捻くれたくもなるでしょ?
お見合いが駄目になって、もしかしたら結婚相手は自分で選べるかもって思ったけれど甘かったわ。おじさまからもっと良い縁談がきたのだと、無理矢理話を聞かされることになっただけ。
相手の方は写真で見る限りは、とてもハンサムな男性。大企業の御曹司で、彼自身もひとつの会社を経営しているらしい。
「会ってみようと思うわ」
こう言わなければきっとこの話はいつまでも終わらない。私は今日は疲れてるし、早くお風呂に入って休みたいの。
「そうか、そうか。彼はとても好青年だから、必ず気に入られるよう頑張りなさい」
嬉しそうな岩崎の叔父様。好青年が良い夫とは限らないのに……私は諦めて溜息をついた。
お見合い相手と会う当日、私は一番お気に入りのワンピースを着て行った。髪だっていつもよりずっと念入りにセットしたの、叔父様や両親をがっかりさせられないから。
私と二人だけで話したいからと言われ、準備された個室で待っていた。けれども十分待っても二十分待っても彼は来なくて、叔父様に電話で確認しようと思った時に扉が開いた。
「初めまして、私は江藤 香津美です」
精一杯の作り笑顔で挨拶するが、その男はそんな私を睨むだけで……
「自己紹介はいらない、もう覚えてるから。俺の名前は狭山 聖壱だ。どうせ数年の付き合いだし、よろしくしなくていい」
……はい? 何なの、この男。話と全然違ってもの凄く感じが悪いんですけど? 大体何のことよ、数年の付き合いって。
「あの、お話の意味がよく分からないのですが……?」
そう返すと、狭山さんは深いため息を吐いて、一枚の紙を取り出した。
「この手紙に契約の詳しい内容は書いてある。読んで書いてあることに納得出来るようならば、俺と結婚して欲しい」
えっと、これってプロポーズ……な訳ないわよね? しかも契約って何? そんな話は私は岩崎の叔父様から聞いてないわよ?
それでもこのまま帰るわけにもいかず、渡された紙をそっと開いて読んでみる。
大体の内容は……会社が軌道に乗るまでは夫の聖壱の仕事に協力すること。聖壱は香津美に対してきちんと給料をの支払うこと。外では夫婦円満にふるまう事。結婚生活が辛くても最低五年は夫婦でいる事。
……五年後、両者が結婚を続ける気が無ければ、すぐに契約を終了する事。
なるほど、あくまでビジネスに近い結婚を望んでるという事ね。いいじゃない、私もこのくらいはっきりしていた方が都合が良いわ。
「さあ、どうする? 香津美」
「いいですよ、このお話……受けさせて頂こうと思います」
いきなり呼び捨てとか、もう好青年なんて言葉はどこかに飛んで行っちゃったわよ。
「そうと決まれば……香津美、ちょっと来い」
いきなり肩に腕を回され抱き寄せられる。実は男性経験のない私、驚いてカチンコチンに固まってしまう。
「ほら、カメラに向かって微笑んで」
抱き寄せられてまま、聖壱さんのスマホで写真を撮られる。何のためにそんなものを……?
「狭山さん、貴方いったい何を?」
「関係者に見せるのに写真があれば便利だろう? 早速俺の両親や岩崎社長にも送っておく。見合い、上手くいきましたってな。もう、後戻りはできないぜ?」
狭山さんはさすがにやり手な若社長なだけある。あっという間にこのお見合い話も進めてしまった。なんだかうまく利用されたような気がして、少し気分が悪いわね。
「後戻りするくらいなら、この話も最初から受けてないわよ」
「……ふん、まあいい。この結婚は契約結婚のようなものだ。アンタもそれを十分理解して俺のところに来るんだな」
それだけ言うと、狭山さんは一度も椅子に座ることなくさっさと部屋から出て行ってしまった。