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コンコン・・・
「麻美・・・入っていい?」
ドアからひょっこりくるみが妹の部屋に顔をだした、麻美はスマートフォンから音楽を聴きながらペディキュアを塗っていた
「お母さんなんて?」
「早く寝なさいって」
「きっとお母さんは私達が80歳になっても、私達の寝る時間をうるさく言うわ」
プッとくるみは笑った
「そうね・・・そして五分後には歯を磨いたか?って聞きに来るわよ」
姉妹はクスクス笑って二人同時にベッドにボスンッと座った
「なんだか・・・こうしてあなたと二人で話すの何年ぶりかしら」
「小指のマニキュアが上手く濡れない」
「貸して、やってあげる」
グスッ・・・「泣いたら睫パーマが取れるのに・・・式のために高かったのよ 」
「じゃあ、泣かないで」
麻美は姉のくるみに優しくされて、今までの複雑な思いが溢れてきた様だ
「この数週間というものキチガイじみた忙しさだったの、特に今日のリハーサルは最悪だったわ、無事に結婚前夜を迎えられたなんて信じられないくらい」
「私には、おチビさんだった妹が明日結婚するってこと自体信じられないわ、小さい頃はずっと私に着いて回って、何でも私の真似をしてたのにね」
「お姉ちゃん・・・・私・・・・誠を愛してるの」
麻美が俯いて言う
やっぱり・・・
くるみが誠と付き合っている時にも・・・なんとなく気が付いていた
高校生の麻美が自分のボーイフレンドを見つめる目・・・もしかしたらと思っていたけど
あの頃の誠は妹なんか全く眼中になさそうだったけど
・・・だとしたら・・・私がここを離れている間、麻美は相当努力したはずね・・・
麻美は顔を上げ頬を染めて、それからまた顔を背けた、泣くなと言ったのに瞳は涙が溜まっている
「私が・・・誠と結婚しても構わない?お姉ちゃんが、五十嵐渉さんに出会った今となってはバカな質問だと思うけど・・・渉さんは本当にとっても素敵ね、姉さんにぴったりの人だわ」
くるみは深呼吸をした・・・・
自分も涙をこらえたので喉が痛んだ誠への気持ちはこの数年、家族にうまく隠せたと思っていたのに、だが洋平にも見破られ、今また麻美も私に気を使っている・・・
「もちろん、構わないわよ、第一私がとやかく言う事じゃないでしょ」
数年前・・・誠が自分を裏切り、同じ学部の気の強い女の子と浮気した経緯が、くるみの恋を重苦しいものにした
家を出てからはその思いと正面から向き合うでもなく、仕事に忙殺されて他の恋を探すのも避けてきた
それはまだ誠を愛しているからだろうか?
いいや・・・違う・・・
くるみは喉のつかえを呑み込んで、確信できることだけ答えた
「私が言えるのは、誠とあなたが幸せになるように心から願っていると言うことよ」
麻美は部屋の隅にあるクローゼットに罹っているウエディングドレスのカバーを外した
「これ・・・どう思う? 式場のレンタルドレスは気に入ったのがなかったから取り寄せたの・・・式場は良い顔をしなかったけど、私は低身長だから・・・あまり豪華なドレスは似合わないのよ、私・・・本当はずっとお姉ちゃんに色々相談に乗ってもらいたかった・・・」
麻美はベソをかいて言った
こんな所は小さい頃とまったく変わってない、ああ・・・やっぱり私は麻美が可愛い、かけがえのないたった1人の妹・・・それはこれからも変わらない
くるみは膨らんだ袖の飾りを撫でて言った
「とっても素敵じゃない!あなたにぴったりのデザインね」
麻美は不安そうにたたんであるチュールを揺すった
「裾のフリルがうるさすぎない?この飾りの花・・・・子供っぽ過ぎない?」
「それがあるから良いのよ、ビクトリア調で可愛い花嫁さんにきっと仕上るわ、髪は?降ろすの?上げるの?」
「降ろすと身長が低く見えるからって・・・アップにするの、トップの方に沢山花飾りをつけて」
「素敵なお式になるでしょうね、こんなに短い期間にあなたとお母さんはよくここまで準備したわ、偉かったわね」
麻美は顔をしかめて言った
「誠はちっとも協力的じゃなかったわ・・・彼は診察以外の事は・・・本当に優柔不断なの・・・さっきの喧嘩も私ばかり結婚式に頑張って彼は何を聞いても(どっちでもいい)ってバカみたいじゃないって・・・」
くるみは微笑んで妹を見つめた、麻美は大きく息を吸った
「ごめん・・・お姉ちゃんは知ってるわよね・・・彼の性格・・・・ 本当を言うと、彼との結婚生活は不安なの・・・私はお姉ちゃんみたいなしっかりした性格じゃないからいつか私達ダメになるんじゃないかって・・・・ 」
くるみは驚いた、まさか妹がそんな事を考えているなんて
今の妹はか弱く、自分の結婚にとても不安を抱いている
「家庭を持てば男性は変わるわ・・・今のあなたはマリッジ・ブルーになっているのよもちろん誰でも通る道よ・・・結婚って・・・怖いものね」
妹の肩をさすり優しく言った
「あなたは誠を愛しているし、誠もあなたを愛しているわ、すてきな新婚旅行で二人きりでいれば、すべて自然にうまくいくわよ・・・」
「そうだといいけど・・・・私は彼が好きだけど、彼はどうかまだわからないの・・・」
「結婚してもいいと思うぐらいなんだから、誠はあなたを愛していると思うわよ。もちろんその後の結婚生活はお互い努力しないといけないと思うけど、それはやってみないとわからないわ」
くるみは心の中で誠の優柔不断が改善するのをそっと願った
「きっとあなたは誠と良い家庭を作れると思うわ、年末までに私を伯母さんにしてくれたらどんなに嬉しいか」
くるみは明るい声を出そうと努めた、麻美は二十代なのにずっと老けた顔をして寂しそうに笑った
「私達・・・二人とも情熱的じゃないの、お姉ちゃんと渉さんみたいなカップルじゃないのよ、誠と私は一緒にいても空気みたいな夫婦になるでしょうね、なんだか渉さんってそこに立ってるだけで、まるで部屋全体を支配しているような感じがするわ。小さい頃・・・お姉ちゃんがみんなの注目を浴びるのがとても羨ましかった、特に目立とうとしていないのにみんながお姉ちゃんの意見を聞きたがったわ、あの頃からリーダーシップがあったのよね」
「あなたが私みたいになりたかった、ですって?」
くるみは驚いて言った
「麻美・・・私はずっとあなたやお母さんやお父さんみたいになりたいと思っていたの・・・ 医療関係の仕事に就かなかったことを、私はいつだって罪深く感じていたのよ?」
「私達お互い無いモノねだりだったのね」
麻美は笑みを浮かべてウエディングドレスをケースに戻してため息をついた
「ありがとうお姉ちゃん・・・少し気分が明るくなったわ、でもこうして最良の結果になってとても嬉しいわ。私は誠と結婚して、お姉ちゃんは渉さんと結ばれる、二人とも、お互いにぴったりの男性を選んだのね!私、運命を信じずにはいられないわ 」
マリッジ・ブルーをまだ引きずっているのだろう、今夜はやけに感傷的な妹がまた涙ぐむ
「渉さんはいい人ね、お姉ちゃん達の新居にお邪魔するのが楽しみだわ!どこに住むの? 」
どこに住む?
突然くるみの背中に冷や汗がにじんだ、自然と目が泳ぐ
洋平が母とノリノリで結婚式の話なんかするものだから、まんまと母と妹の心を掴んでしまった
あれほどの愛想を振りまいておいて、これで婚約破棄となったら麻美達がどんなに悲しむだろう
オホホホ・・・「え~っと・・・そうねぇ~新居ね~・・」
くるみは今こそやがて来る婚約破棄に向けて、種を撒くチャンスだと思った
「渉さんはとても忙しいスケジュールで働いているし、私自身も秘書の仕事を辞めるつもりもないし・・・第一彼とまともな結婚生活が送れるか疑問なの、渉さんはきっと自分の車を家代わりにするかもしれないわ、忙しすぎて移動が楽だとかなんとか言って」
麻美はくるみの意図には気づかず声を出して笑った
「あら!渉さんはお姉ちゃんにゾッコンじゃない!羨ましいぐらい、愛し合っていればきっと仕事の忙しさなんか解決できるわ、渉さんはきっとお姉ちゃんを大切にしてくれるわ・・・絶対そうよ!」
そして二人でケラケラ笑った
「私達お互いを慰め合ってるわね!」
「本当に!」
久しぶりに二人は昔のように仲が良かった姉妹に戻りいつまでも笑った
深夜遅く・・・麻美や家族、親戚一同はすっかり眠りにつき
一人一番最後の入浴を終えたくるみは、冷蔵庫から実家あるあるの絶対入っているヤクルトを取り出し、久しぶりに実家が眠りにつく音を聞いていた
古時計が午前1時を打ち、髪を乾かしたくるみがガウンを羽織って静かに自室のドアへ向かう・・・
家族をだまし続けた一日の終わりに、罪の意識と怒りがこみ上げてどんどん落ち込んで行く
調子に乗り過ぎていた洋平に、ハッキリと文句を言ってやらないと
明日の結婚式ではキチンと振舞わなかったら、報酬の50万は払わない、そう言えば、彼も少しは行き過ぎたくるみにゾッコンの大富豪の演技は、控えるだろう
貼り替えたばかりの畳の匂いがここまで漂う、12畳の白畳間からは、ゴロ寝している親戚達の、規則的な寝息が聞こえる
二階の廊下の突き当たりの自分の部屋に来るとくるみはそっとドアを開いた
そこでドキッとした、洋平は起きていた部屋の照明を落とし、灯りはベッドボードだけにして
積み重ねた枕に気持良さそうにもたれて・・・
大きな体を、母が用意した客用布団の上に伸ばして、寝っころがっている、手には何やら分厚い黄色のホルダーにとじた書類を読んでいる