「や……っ、……もとき……っ」
名前を呼んだ瞬間、
また少しだけ、強く噛まれる。
「…ねえ、若井」
「…その顔、誰のせいか、言ってみ?」
低くて、甘くて、
くすぶった熱だけを残す声が、耳の奥に落ちた。
side wki
「….っ」
マネージャーが戻ってくる気配がする。
……元貴は舌を離すと、
耳の裏に、もう一度だけ唇を押し付けた。
「……ッあ……」
湿った呼吸。
元貴が、久々に、近くて。
何も言えない俺に、再度、囁きが落ちた。
「……その顔、ちゃんと隠してね?」
ふっと吐息まじりに笑う声が、
耳の奥に、爪痕みたいに残った。
そうしてる間に、
ドアが開く。
「すみません、お待たせしました」
マネージャーの声に、元貴はふと目線を向ける。
「うん。ありがと」
その言い方が、さっきの“俺”への口調とまるで違うように感じてしまう。
柔らかい。優しい。
……でも、それは俺には向けられない。
さっきまで俺の舌に自分のを絡ませて、
耳を噛んで、声を拾って、支配していたくせに。
何事もなかったような顔で、他人には優しい元貴。
「先日の楽曲提供の件、通りました。先方も喜んでて…」
マネージャーの声に、
「ええ」「嬉しい」「ありがと」「明日聞くね」
と、元貴は短く返していく。
声のトーンも、柔らかい。
……俺には、あんなの出してこない。
……気がする。
そっけないようで、ちゃんと応じてる。
暫くして、車が止まった。
タワーマンションのエントランス。
見上げるほど高いその建物に、
赤と白の灯りが静かに反射している。
「ありがと」
マネージャーに向けたそのひと言。
一瞬だけ、元貴がほんの僅かに笑ったように見えた。
その笑顔を見た瞬間、
胸がきゅっと苦しくなる。
「お疲れさまでした。明日のお迎え時間、
SMSにてお送りしておきます。」
車の窓を少し開け、
軽く礼をして離れていくマネージャーの車を、
元貴はもう見ていなかった。
俺の手首を掴んで、歩き出す。
半年ぶりの元貴のマンション。
エントランスが自動で開く。
ロビーに落ちる照明が白くて、静かだった。
何も言わずにエレベーターへ。
慣れた動きでカードキーをかざすと、
高層階の数字がゆっくり光る。
沈黙の中、
俺の耳にはまだ、あの湿ったキスの音が残っていた。
掴まれた手首。
さっきまで耳を噛んでいた人が、
今は何もなかった顔をして隣に立っている。
ずるい。
……ずるいよ元貴。
手首を掴まれた箇所から
じわじわと熱を帯びていき、
全身が心臓になったかのように
鼓動がうるさかった。
エレベーターの扉が開く。
廊下に出た瞬間、外の世界から切り離されたみたいな感覚になった。
柔らかい絨毯。誰もいない廊下。
靴音が吸い込まれていった。
元貴が部屋の前に立つ。
鍵を差し込む指がすこしだけゆっくりだった。
そのままカチ…と鍵を開けると、
元貴は俺を玄関へ招き入れた。
ガチャ….と音を立てて扉がしまる。
その時
……元貴は振り返って、俺の目を見た。
そして、掴んだままだった
俺の手首をそのまま持ち上げ、
玄関のドアに軽く押し付けると
低い声で囁いた。
「……逃げんなよ」
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コメント
28件
あ、好きです最後の「逃げんなよ」でしにました(?)
ここに来れていない間に続きが出ていたなんて…悔やまれます! マネージャーさんへの何の感情も持っていないがゆえの、表面的な優しい態度に翻弄されるとは…若井さん末期ですね😏 大森さんは何から逃がさないつもりなんでしょ…俺? 逃げるつもりなら、もう逃げていそうですけどね…。
うわぁぁぁぁ本当に大好きです…!!! ずっと不安に苛まれてる若井さんがもう本当に可愛くって…!!! 大森さんが、若井さんと恋人繋ぎをするわけではなく手首を掴む描写が凄い大森さんで大好きです…… 大森さんの考えてることはわからなくても、大森さんの一挙手一投足にドキドキしちゃう若井さんがもうほんと可愛くて好き……