南門前の喫茶店を通ると、マスターは店のシャッターを下ろしているところだった。黙って通り過ぎようとしたが、向こうはこちらに気付いて「明日は必ず見に行くから。がんばって」と握手してきた。何でこの無愛想なマスターが知ってるんだ?正門前は仮設の照明が炊かれていて、搬入作業や設営作業、学祭の最後の準備に忙しい人達を照らし出していた。その光に照らされリハーサルをしている演劇サークルの横を通り過ぎ、我々は時計台の大講堂前に到着した。
積みあがる階段に座ると、尻が冷たい。羽田氏は「これを敷くといい」と、アタッシュケースからスポーツ新聞の読み古し出しをよこしてきた。その上に座ろうとした瞬間、「俺にも半分よこしてくれ」という。普段副社長のフカフカの椅子に座ってる人のいうセリフか。
「今回は私から銀座君に頼んだんだよ」
焼酎を飲みながら、副社長は語り出した。パフォーマンスの前に一度は会おうと思っていたが、のびのびに延びて今日になってしまった、という。
「勘違いしゃいかんぞ。決して、社長の差し金なんかじゃない。銀座君がいつも、君のことをたいそう気にしてる様子だったから。それに目黒弘子も」
それはない、と言おうとしたが口にはわざわざ出さなかった。
コップを覗く。それにしても、焼酎かい。どうせなら、年代もののワインでも持ってきてくれれば、わざわざ今日という日にここまでやって来る甲斐もあったというものだが。それに、何がおもしろくてこんなふにゃふにゃの、安物のプラスチックカップを買うのか。コンビニにだって、紙コップでももっとしっかりしたものもあるだろうに。羽田氏は意外に、世間知らずかもしれない。普段は部下が、何でもやってくれているんだろう。それとも、苦学生だったのか。
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