7月3日深夜。セバスは仕事場で、最後の3枚に取り組んでいた。
遮光カーテンに閉ざされた部屋は、時計の針の音すら吸い込むような静けさに包まれている。
机には描きかけの試作紙、使い古されたスケッチブック。床の隅には埃をかぶった画材箱が無言で佇む。
彼は一瞥もくれず、乾いたペンを握り直した。
「もう後戻りはできない」
その言葉を呟き、目を閉じて集中力を高める。眠気も疲れも、今はただのノイズ。
手がかすかに震えながらも、彼は筆を止めず描き続けた。時間の感覚は消え、次第に残りの枚数が減っていく。
そして、残るは最後の1枚。
だが、その瞬間、不意に手が止まった。
白紙のスケッチブックを前に、何も浮かんでこない。押し寄せるのは過去の記憶。
他人から裏切られてきた日々、踏みにじられた言葉、孤独。心が重く沈み、呼吸が浅くなる。
画面の隅には、未読のままのメールが一通、赤く点滅している。
それさえ目に入らず、セバスはただ、過去の自分と対峙していた。
「……怖がるな。描け」
かすれた声で、彼は自分に言い聞かせた。そして深く息を吸い込み、目を閉じる。
もう恐れは要らない。失敗しても、誰に笑われても、これは――自分の絵だ。
決別の覚悟とともに、セバスは静かにペンを走らせる。
黒い線が白紙に広がっていくたびに、心の奥に差し込む微かな光が強くなっていく。
それは、長く続いた闇の底から浮かび上がる、確かな希望の兆しだった。
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