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第二章 小さな光
第二話 月の紋章
その夜。
ジントは眠れずにいた。
窓の外では、風に揺れる木々の音が微かに聞こえる。
薬屋の二階。
慣れ親しんだ自分の部屋。
けれど今夜はなぜか落ち着かなかった。
ベッドの上で何度寝返りを打っても眠気は訪れない。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
最近こういう日が増えていた。
満月が近付く夜ほど、特に。
胸の奥がざわつく。
理由の分からない不安。
何か大切なことを忘れているような感覚。
目を閉じても消えてくれない。
諦めて身体を起こす。
月明かりが窓から差し込み、部屋を淡く照らしていた。
その光を見つめていると、不意に胸元が気になった。
服の中へ手を入れる。
取り出したのは、小さな御守りだった。
月の紋章が刻まれた古びた石。
物心がついた頃から持っているもの。
マーサは理由を教えてくれなかった。
ただ
「肌身離さず持っておくんだよ」
それだけは何度も言われていた。
ジントは御守りを見つめる。
不思議な石だった。
どこで作られたのか。
誰が持たせたのか。
何も知らない。
けれどジントにとって、とても大切な物だった。
今ではまるで身体の一部のように感じている。
「……」
ふと、あることを思い出す。
薬屋の地下。
禁書棚。
マーサが大切に保管している本や資料。
あそこなら何か分かるかもしれない。
そう思った瞬間
いても立ってもいられなくなった。
ーーー
石造りの階段を下りる。
夜の禁書庫は静かだった。
冷たい空気。
古い紙の匂い。
蝋燭の小さな炎が揺れる。
棚にはびっしりと本が並んでいた。
薬学書。
歴史書。
古代文字の研究書。
錬金術や呪術の本。
ジントはゆっくりと本棚の間を歩く。
その時だった。
「……あ」
一冊の本が目に入る。
黒い表紙。
古びた装丁。
そして中央に刻まれた紋章。
月。
御守りと同じ紋章だった。
ジントの鼓動が少し速くなる。
本を取り出す。
表紙には古代文字。
何度か見たことがある文字だった。
読み解く。
「……月蝕…記」
聞いたことのない名前だった。
ジントは近くの机へ本を置く。
そして御守りを隣へ並べた。
やはり同じだ。
紋章の形。
刻まれた線。
細かな意匠までよく似ている。
「何なんだろう……」
ゆっくりと本を開く。
紙はひどく古かった。
所々欠けている。
読めない箇所も多い。
それでも断片的な文章は理解できた。
『……光……闇』
『…闇より…生まれし者』
『……月蝕の…子』
『……器』
『……還る』
意味が繋がらない。
神話だろうか。
古い宗教の話だろうか。
何度読み返してもよく分からない。
けれど
なぜだろう。
妙に気になった。
特に
その言葉が。
「月蝕の子……」
知らないはずなのに。
どこかで聞いたことがある気がした。
胸の奥がざわつく。
不安にも似た感覚。
その時だった。
「こんな時間に、どうしたんだい」
静かな声が響く。
ジントは振り返った。
「ばあちゃん……」
階段の上にマーサが立っていた。
ランプの灯りが皺の刻まれた顔を照らしている。
マーサはゆっくりと近付いてきた。
そして机の上を見る。
月蝕記。
御守り。
その二つを見た瞬間。
ほんの僅かに表情が曇った気がした。
「月蝕の子って……何?」
ジントは尋ねる。
マーサはすぐには答えなかった。
しばらく本を見つめる。
やがて小さく息を吐いた。
「昔話さ」
「昔話?」
「ずっと昔のねぇ」
それ以上は語らない。
ジントは少しだけ不満そうな顔をした。
「本当に?」
「本当だよ」
マーサは笑った。
いつもの優しい笑顔だった。
けれど、どこか寂しそうにも見えた。
「その御守りも、昔話に関係あるの?」
再び沈黙が落ちる。
蝋燭の火だけが揺れていた。
やがてマーサはゆっくり頷く。
「あるかもしれないし」
少し笑う。
「ないかもしれない」
「何それ」
「お前が大きくなったら話そうと思ってたんだけどねぇ」
「もう十七だよ」
「そうだったねぇ」
マーサはどこか困ったように笑った。
けれど結局、それ以上は話してくれなかった。
◇
部屋へ戻った後も
ジントはなかなか眠れなかった。
月蝕記。
月蝕の子。
月の紋章。
御守り。
断片だけが頭の中を巡る。
窓の外を見る。
欠けることのない満月が
静かに夜空へ浮かんでいた。
その光を見つめていると。
不意に胸がざわつく。
理由は分からない。
けれど
何かが近付いている気がした。
まるで運命そのものが、
静かに動き始めているように。
ジントは無意識に御守りを握り締める。
その夜
彼は何度も寝返りを打ちながら
窓の外の月と、手に握った御守りを見つめていた。
コメント
1件
第10話読了!めちゃくちゃ気になる展開だわ…「月蝕の子」って何なんだろう。ジントが眠れずに胸がざわつく描写とか、禁書庫で見つけた本と御守りの紋章が一致するところとか、世界観の謎がじわじわ深まってて好き。マーサの「大きくなったら話す」って言葉も、寂しそうな笑顔も、絶対何か隠してるよな…続きが待ち遠しい🔥