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結婚相手を間違えました

30 - 第30話 家はどうするの?②

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2025年02月27日

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その中に、つい今し方偉央いおに淹れ直したばかりの熱々の玄米茶入りの湯呑みがあって。


コップが転がった拍子、偉央いおが咄嗟に結葉ゆいはを庇って、彼の手に熱いお茶が掛かってしまった。



「――っ!! 偉央いおさっ!」


思わず悲鳴のような声を上げて起き上がると、偉央いおの手に触れようとした結葉ゆいはだ。


でも偉央いおは、そんな結葉ゆいはを、お構いなしに再度台上にひれ伏させるように押さえつけてきた。



「……結葉ゆいは。僕は許さないからね? 僕以外の男の近くにキミが行くなんてこと――」


今まで実家に結葉ゆいはをやれていたのは、家に美鳥みどり茂雄しげおがいたからに他ならないのだと偉央いおが言って。


「誰もいなくなるあの家にキミを一人で近づけるとか……死んでもイヤだ」


言って、グイッと痛いぐらいに結葉ゆいはの手首を掴んできた偉央いおの手は真っ赤になっていて、結葉ゆいははそれが気になって仕方がない。


「――偉央いおさっ、もう分かったのでっ。手! 火傷したところ、早く冷やしましょう!?」


偉央いおのことを怖いと思っていたのも忘れて、結葉ゆいはは涙目で必死に訴えていた。



***



両親の引っ越しまでニ十日はつかを切った頃、父・茂雄しげおの有給休暇に合わせる形で実家に行きたいとお願いしたら、案外すんなり偉央いおが了承してくれた。


偉央いおの火傷の一件があってから、結葉ゆいはは〝偉央いおとともに〟実家に住むという希望を捨てざるを得なくなってしまっていて。


両親には偉央いおの職場への利便性などを考えると私たちは実家そこには住めそうにないと当たり障りのない理由を伝えてある。


偉央いお結葉ゆいはの実家に住みたくない本当の理由は、そうが隣に出入りしているからなのだが、それは敢えて伝える必要がないと判断して言わなかった結葉ゆいはだ。

そんなことを言ったら、両親に変な心配をかけてしまうかもしれないと思ったから。


もちろん、そうのことは今でも頼り甲斐のある大好きな幼なじみだとは思っている。


ふとした時に、「偉央いおさんとのことをそうちゃんに相談出来たら」と思わないこともないけれど、結婚した身の結葉ゆいはとしては、自分にとって最優先すべき相手は偉央いおしかいないこともだ。


だから、偉央いおが望まないことをするのはタブー。


それに、大学卒業を機に実家に戻ってきたせりとは違い、そうはまだアパートから実家には戻っていないと風の噂で聞いている結葉ゆいはだ。

きっと自分が偉央いおと結婚するきっかけになった彼女との交際が順調か、もしくは別の彼女と仲良くしているんだろう。

そんなそうに、幼なじみだからと自分が連絡を取ることは、そうにとっても、彼の彼女さんにとってもきっと迷惑に違いないと思っている。


結局、結婚してからの結葉ゆいはが気持ちを整理するために会話できていた相手は、両親の他だと琳奈りんなを始めとした友人たち数名のみで。

その子たちも、で一人、また一人と偉央いおにブロックされて行った結果、気が付けば誰もいなくなってしまっていた。


もうじき、両親の引越しで結葉ゆいはの相談相手はゼロになってしまう。



結葉ゆいはは一度だけ偉央いおに、相談相手がいなくなる不安を(偉央いおとのことが主な心配事だとは告げずに)、やんわりとオブラートにくるんで伝えてみたことがある。


「お父さんとお母さんが遠くに行ってしまったら私、困ったことがあった時に相談できる相手がいなくなっちゃうなって思ってて……。それで……」


「不安なんだね」


偉央いおに優しく頭を撫でられて、結葉ゆいはとしてはそのまま彼に、「だから琳奈りんなちゃんたちと再度連絡を取り合うことを許して欲しいんです」と続けたかったのだけど――。


「気づかなくてごめんね。――僕が今まで以上に努力して、結葉ゆいはの話し相手になるようにするから。それでいいよね?」


と畳み掛けられて、「ごめんなさい。――ご迷惑をお掛けします」と答えるしかない雰囲気にされてしまった。


結局結葉ゆいはは、じきに唯一のガス抜きの相手である両親がいなくなるというのに、何の手立ても講じられないままに今日まで来てしまったのだ。



***



「ごめんね、お母さん、お父さん。私たち夫婦がここに住めたら良かったんだけど……」


自分たちが移り住むことは出来ない、と初めて伝えた瞬間はひどく残念がらせてしまった母・美鳥みどりだったけれど、結葉ゆいはの説明ももっともだと思ったらしい。


「通勤っていうのは意外に労力を削られるからな。あの立地じゃ、偉央いおくんのことを考えたらおいそれとは動けんの、父さんも分かるよ」


何十年もずっと勤め人をしてきた茂雄しげおの言葉も後押しして、思ったほどごねられることもなく実家に住めないことを了承してもらえたことに、結葉ゆいははホッと胸を撫で下ろした。



今日は茂雄しげおも一緒だから、独身時代毎日夕飯のたびにそうしていたように、ダイニングテーブルに家族水入らずで座って、美鳥みどりが淹れてくれたコーヒーを飲みながら談笑している。


平日なので、偉央いおは昼休みに結葉ゆいはをここまで送り届けてくれたあと、いつも通り夕方に迎えに来る旨を告げて病院に戻って行った。


ただ、いつもと違うのは、診察後に一件、新しく搬入することになった医療器具のことで業者が来ることになっていて、いつもより迎えが遅くなるということだった。


「ついでだから夕飯もご両親と食べてくるといいよ」


でも、と言い募ろうとした結葉ゆいはに、偉央いおが「これからそういう事、おいそれとは出来なくなるんだから、――ね?」と言ってくれて。


偉央いおは「自分ぼくの夕飯のことも、気にしなくていいよ」とも言ってくれたけれど、さすがにそれは出来なかった結葉ゆいはだ。


午前中のうちに偉央いおのためだけにいくつかのおかずをこしらえて、いま、実家に来ている。


(マンションに戻ってくる時は偉央いおさんと一緒だし、彼がお風呂に入っている間に最後の仕上げをして温かい料理を出せるようにしておこう)


そう思って、味が染み込むように最後までしっかり仕上げた煮物などとは別に、下処理までを済ませた鶏もも肉が、火を通さないままに冷蔵庫に入れてある。



***



「――で、この家はどうすることになったの?」


ふとそのことを聞いていなかったと思い出した結葉ゆいはが、コーヒーカップをソーサーに戻しながらそう問いかけたと同時――。


ピンポーン……とチャイムが鳴って、美鳥みどりがいそいそと立ち上がる。


宅配か何かが来たのかな?とそんな美鳥みどりの後ろ姿を見送った結葉ゆいはだったけれど――。



公宣きみのぶさん、お忙しいのにお呼び立てしてしまってごめんなさいね」


という声が玄関先から聞こえてきて、結葉ゆいははドキッとしてしまう。


公宣きみのぶ、といえばそうせりの父親の名前だったからだ。


「呼び立てるも何も。お隣じゃないですか」


廊下を歩く足音とともに、そんな声が聞こえて来て、結葉ゆいはの心臓はドキドキとせわしなく鼓動を刻む。


別にそうが来たわけではないのに、偉央いおに無断で両親以外の人間と会うことを、とても後ろめたく感じてしまった結葉ゆいはだ。


偉央いおがおかしくなってしまったきっかけだって、偶然同級生の男の子たちと出会って合流してしまったことだったのを思い出す。


(でも……公宣きみのぶさんは既婚者だし……うちの両親と同年代だから……きっと大丈夫、だよ、ね?)


結葉ゆいははそう思って、必死に気持ちを落ち着けようとした。


なのに――。



「それにこちらこそ勝手にせがれまで連れて来てしまって」


そこでガチャリとリビングのドアが開いて――。



そう……ちゃんっ」


美鳥みどりの後ろ、公宣きみのぶより頭ひとつ分背が高いからすぐに見えてしまった相手に、結葉ゆいはは思わず席を立ってしまっていた。

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