テラーノベル
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第1話 ▷ 誰も触れない「何か」
冷たい風が頬を鋭く撫でる。
鼻腔を突くのは、赤茶けたちょっと錆びついた金網の匂いと、どこかから漂ってくる乾いたコンクリートの匂い。
見下ろせば、ちっぽけなグラウンドで駆け回る生徒達が米粒のように見える。
ここは、俺が通う高校の屋上だ。
立ち入り禁止の札がぶら下がっている重い鉄扉。
その南京錠はいつからか壊れていて、少し力を込めれば簡単に隙間を作ることができる。
俺は、放課後や昼休みのたびに、気付けばその扉の隙間をすり抜けて、ここに足を運んでしまう。
理由なんて、俺が一番知りたいわ 笑
ただ、このコンクリートの冷たい床に座り込んで、空と街の境界線を眺めていると、胸の奥で騒ぐ何かがある。
「、、、何なんやろな、ほんま。」
呟いた声は、強い風にかき消されて誰にも届かない。
胸の真ん中に、ぽっかりと丸い穴が空いているような感覚。
その穴の縁はギザギザしていて、息を吸うたびに肺に擦れてチクチクと痛む。
何か大事なものを忘れてしまっている気がする。
それも、取り返しがつかないくらい、とてもとても大切な何かを。
でも、それが「何」なのか、あるいは「誰」なのか、どうしても思い出せない。
記憶の糸をたぐり寄せようとすると、頭の奥にハンマーで殴られたような鋭い痛みが走って、強制終了するように目の前が真っ白になる。
「rbrー?おーい、rbrってば!」
ふいに名前を呼ばれて、俺はハッと息を呑んだ。
振り返ると、鉄扉の隙間からひょっこりと顔を出しているknがいた。
制服を着崩したアイツは、眉を下げてひどく心配そうな顔で俺を見つめている。
「、kn、なんやお前か。」
「なんや、とは失礼なやっちゃなー?昼休み終わるで。またこんなとこおったんか。」
「、、おん。ちょっと風に当たりたくてな。」
適当な嘘をついて立ち上がると、制服のズボンについた埃をパンパンと払った。
knはそれ以上深く追求してこない。
いや、きっと、追求「してこない」んやない。
追求「しないようにしている」んや。
教室に戻ると、いつもの見慣れた光景が広がっていた。
「おかえりー、kn。それとrbrも。購買のパン、売り切れる前に買えたん?」
気怠げな声で手を振ってきたのは、utだった。
「おう、なんとか焼きそばパン死守したわ。」
「それは有能。rbrは?またお昼抜いたん?」
「いや、俺は朝メシ食いすぎたからええねん。」
他愛のない会話。
平和で、ぬるま湯のような日常。
knもutも、他のクラスの連中も、みんな俺にはすごく優しい。
優しすぎるくらいだ。
俺が少しでもぼーっとしていたり、顔色が悪かったりすると、すぐに飛んできて「大丈夫か?」「無理すんなよ」と声をかけてくれる。
でも、その優しさが、時々ひどく息苦しくなる。
まるで、俺が少しでも衝撃を与えれば粉々に砕けてしまう「壊れ物」であるかのように扱われている気がするから。
__その違和感が決定的なものになったのは、午後の授業中のことだった。
世界史の教師が、黒板に文字を書きながら退屈な声で話していた時。
前の席の奴らが、こっそりと付箋で回し手紙をしているのが見えた。
別に気にするつもりはなかったが、たまたま床に落ちたその付箋が、風に乗って俺の足元に転がってきた。
拾い上げて、何気なく文字に目を落とす。
そこには、なんてことない他愛のないゲームの感想が書かれていた。
『昨日のあのゲーム、マジでエグかったわ。』
『それな!やっぱ緑のキャラが最強よな。』
__緑の、キャラ、?
その文字を見た瞬間、心臓がドクン、と痛いほど大きく跳ねた。
「、、みどり?」
思わず口に出た小さな呟き。
その瞬間、隣の席に座っていたutのペンが、ピタッと止まった。
前の席のknが、バッ、と不自然なほど勢いよくこちらを振り返った。
「r、rbr?」
utの声が、微かに上ずっている。
教室の空気が、一瞬にしてマイナス数十度に凍りついたように感じた。
周囲の連中も、息を殺してチラチラとこちらを見ている。
みんなの顔に浮かんでいるのは、明らかな「焦り」と、得体の知れない「恐怖」だった。
「え、、あ、いや、なんでもないで。付箋が落ちてたから、、笑」
俺が慌てて付箋を前の生徒へと返すと、knはあからさまにホッとしたような、深すぎるため息を吐き、utも引きつった笑顔を浮かべて前を向いた。
「び、びっくりしたわ、いきなり声出すから!」
「すまんkn、寝ぼけてたのかも 笑」
ヘラヘラと笑って誤魔化しながら、俺の背中には不快な冷や汗がツツーッと伝っていた。
まただ。
また、この空気や。
俺が特定の言葉__色や、場所や、あるいは「何か」を連想させるようなニュアンスの言葉を口にした瞬間、みんなが一斉に俺を腫れ物のように扱う。
誰も、俺の記憶の空白について触れようとしない。
誰も、俺が探している「大切な何か」について教えてくれない。
みんな、俺のために気を使って優しい嘘をついている。
俺を傷つけないように、必死で隠し事をしているんや。
それが痛いほど伝わってくるから、俺もこれ以上は何も聞けない。
「俺は、何を忘れてるんや、、?」
放課後のチャイムが鳴り響く中、俺は誰にも聞こえない声で呟いた。
胸の奥の空洞が、これまでよりもずっと大きく、暗く口を開けている気がした。
誰かが、俺を呼んでいる。
いや、俺が誰かを待ってるんだ。
見えない糸に引かれるように、俺は逃げるように教室を飛び出した。
向かう先は、もう決まっている。
あの場所しかない。
重い鉄扉を力任せに押し開け、冷たい風が吹き荒れる屋上へと飛び出す。
夕日に赤く染まる空。
錆びた金網。
誰もいない空間。
「誰なんや、誰が、誰がここにおったんや、、!!!」
叫んでも、答えは返ってこない。
ただ、風の音だけが虚しく響き渡るだけ。
俺はずっと、ここにいる。
いや、違う。俺がここにいるんじゃない。
俺は、「お前」がここにいるような気がして、無意識に探しに来ているんや。
なぁ、教えてくれ。
記憶の欠片すら掴めないまま、俺は冷たいコンクリートの上に膝から崩れ落ち、ただ夕日が街を飲み込んでいくのを、絶望的な気持ちで見つめ続けることしかできなかった。
コメント
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読了したわ。 「緑のキャラ」って言葉に周りが凍りつくシーン、めっちゃゾワッとした。主人公の「胸の空洞」と、友達の過剰な優しさのギャップが不気味で、記憶の謎に引き込まれた。屋上で誰かを待ってるような感覚、切ないな。この“何か”を忘れた理由が気になる。続きが楽しみすぎる🔥
紫秋_4aki.
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#ワイテルズ
らみょん
31
#介護
かいてん
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