⚠⚠ATTENTION⚠⚠
▪誤字脱字多め
▪大大大捏造
▪闇深、だと思う
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ワンクッション
平凡な毎日がずっと続くと思っていた。起床して、朝飯を食って、仕事して、晩飯を食って、熟睡する。そんな毎日が。
だから勿論こんな架空の街と接触することになるとは思わなかったし、まずここに来る妄想すらしたことが無かった。俺が住む街。いや、正しく言うなら「住まわされた街」だろうか。
欲望と愛情が渦巻き、夢が叶う場所。個性豊かな市民に、謎の生物がいることもしばしばあるこの街、ヤバシティ。引き渡された俺の記憶は、ここに住めと言っていた。
俺の平凡が壊されたのは、とある年の九月。公園で一休みとして一服していた時、紫色のラインが入ったヘルメットの上からゴーグルをつけた青年に引っ張られ、俺は路地裏に入った。
訳も分からぬまま、青年のされるがままに服を脱がされ、代わりにパーカーを二重に着せられた。上から着たパーカーは俺の体の寸法に合っていなかったらしく、袖を通しても指先が少し出るくらいになっていた。
紫色の鳩メガネを掛けられた後、青年は俺に向かって声を掛けてきた。
「いきなりすんません。驚きましたよね。でも、少し俺の話を聞いて欲しいんす」
特徴的な声だった。甲高くて、どこか甘くて、でも耳障りにも聞こえるような声。俺はまっすぐに青年を見つめ、ともかく話を聞くことにした。青年は話を続けた。
「俺は今、権利……いや、少し悪い奴に追われてるんです。俺らは逃げようとしてるんすけど、逃げきれなくて……。その悪い奴が言うには、新しい体を用意し、『ヤバシティ』という所に連れていけば見逃して……というか、結局俺は最終的に死ぬんですけど。見逃してくれるらしいんす。俺の友人みんな、今逃げながら新しい器を探しています。───ここまで聞けばわかりましたか? あんたは俺の新しい器として、俺の記憶を授かって、『ヤバシティ』に行かないといけないんです」
急き切るように話す青年からはたらたらと汗も流れていて、本当に急いでいることが分かった。だが、にわかには信じ難い様なことばかり言っている。記憶を授ける───心臓を捧げよ的なものなのだろうか。
どう考えたってそんなのは信じられなかった。だが青年の顔からは必死さが伺え、冗談や悪戯とは思えなかった。だが、これだけは聞いておきたい。
「……記憶を授けたら、俺と貴方はどうなるんすか?」
「俺は死にます。記憶を他人に預けたから、知性とか理性とかを全部失ってるから、ぶっ倒れます。あんたは見た目以外俺と一緒になります。口癖も性格も声も名前も。全部っす」
「……俺が記憶を授かった後って、この……俺自体の記憶は消えないんすかね?」
「消えないっす」
これだけ詳しく説明しているということは、本当のことなのだろう。名前も変わる、性格も変わるということは───俺が消えているのと同じだ。それだけで少し怖く、一歩青年から離れた。というか、後ずさりした。急にこの青年が恐ろしく思えてきたのだ。
と、路地裏の向こうから大人数の靴音がタッタッタッと此方に向かってきた。音は大きくなる。その音を聞き、青年は俺に詰め寄った。
「……っ! 絶対権利者のグループの奴らや……! お願いっす! ヤバシティに行くだけでいいんです、それで全部分かるから! 俺も新しい器に記憶を移せば全てが終わるし。早く、早く承諾してください!!」
靴音がどんどん近付いてくる。それを聞いて俺の鼓動も早くなる。脈打つ鼓動しか耳に入ってこなかった。俺が承諾したのか、それとも強制的に青年が記憶を移したのか、俺は気づけば路地裏に一人で突っ立っていた。
靴音はもう聞こえない。青年の姿もない。ただ一人、息を荒げ、俺は路地裏の先よりもっと先を見つめていた。
ふっと我に返る。自分の袖元から覗く指先を見て、そこから鳩メガネに目を移す。そして、俺の頭に疑問がよぎった。
「自分の名前は?」。その問いに答えたのは他人ではなく、漏れなく自分の記憶だった。……ショッピ。それが俺の名前、そしてあの青年の名前なのだろう。それに続くように、新しい記憶が自分の頭に次々と流れ出した。
性別は男。好きな物は酒と煙草。煽りキャラ。チーノと鬱先生と合わせて「鬱軍団」と呼ばれていたこと。かまってちゃんやお嬢様のロールプレイが上手いこと。クトゥルフ神話TRPG「帯切橋」をKPシャオロン、PL鬱軍団でプレイしたこと。
前の器が言っていた「権利者」について、「主役は我々だ」という軍団について、その軍団の解散について。
知らないはずの記憶が頭に流れ込んでくることに恐怖心、そして不快感を覚え、俺は路地裏から逃げ出した。青年のことを思い出したくなかったからだ。
そして数日仕事を休み、途切れることなく頭に残り続ける記憶を辿っていった。その日はベッドに横たわり、昇っていく朝日を見つめていた。その朝日を見て、また新しい記憶が俺の頭の中に流れ込んできた。
それは青年の言っていたヤバシティについてだ。新たな器として、新たなショッピとして行かなくてはいけない街。ヤバシティの記憶は名前だけしか分からず、だが行くための道だけはわかった。
ふらふらと起き上がり、記憶を頼りに進んでいく。街に着いたら、俺はショッピとして過ごさなくてはいけないことになる。これまでの自分を捨て、全然違う方向の道を歩くことになる。そんなことを他人事のように思いながら、俺は愛と混沌の街「まじめにヤバシティ」に入っていった。
「ショッピ〜〜?」
不意に掛けられた声に我に返る。俺が立っていたのは街の中にある狭い喫煙所だ。埃まみれで窓ガラスも割れ、蜘蛛の巣も至る所に張っている。今は夕暮れ時なので、哀愁が漂っている。お世辞にも綺麗とは言えない喫煙所だが、何となく雰囲気が好きなので、俺はいつもここで煙草を吸っていた。
昔のことを思い出していたこともあり、吸っている煙草の味にとても親近感と違和感を覚えた。初めて吸った時は衝撃的な味で思わず強く煙を吸い込んだのを覚えている。
そして今隣に立つのは、俺よりも遥かに身長の高い橙色の髪の毛をしたちーのだ。ちーのも俺と同じ様に権利者から逃げ惑っていた前の器から記憶を移され、以来ずっとここに住んでいるらしかった。ちーのと俺の前の器同士が仲良しだったため、ちーのと俺は仲良くしている。話していくうちに俺は相手に打ち解け、今では記憶云々は関係なく仲良くできている。
そのちーのは心配そうに俺の瞳を見つめていた。その猫のような瞳孔を見つめ返しながら、俺は微笑んだ。
「すまん、ちょっと昔のこと思い出しててん」
今ではすっかり慣れた関西弁で、ちーのの心配を和らげるように言葉を返す。するとちーのはほっとしたようににこりと笑い、また煙草を吸い始めた。俺の過去について詳しく聞いてくることは無い。俺らがヤバシティに入った時、街でこれからを過ごす六人、そしてちーののような街の外で活躍する三人、総勢九人で誓ったのだ。「過去については一切触れない」、と。
「主役は我々だ」という組織に居たことや、組織の解散については口を切られても言わないと誓ったこともあって、自分たちの過去が深堀されることは無かった。
だが今日はやけに何か色々と考えたり質問したりしたい気分で、俺はふとちーのに聞いてしまった。
「ちーのってさ。この『器』のこと、どう思ってる?」
いきなり投げ掛けられた問いに、ちーのは驚いたような素振りを見せた。だがそれは一瞬で、片手を顎に添えながら長く考え、やがてゆっくりと答えていった。一言一言が深く、思いが籠っているのが分かるような言葉だった。
「悪いものでは無いと思ってる。記憶を授けるって普通に考えれば確かに怖いけど、そのお陰でここの人達に出会えたし、心から否定はしとらんな」
「……そうか」
ちーのの言葉を聞き、また新たに湧き上がってきた疑問を口にする。
「記憶が移されていなければ、今頃俺らどうしてたんやろな」
その言葉を聞き、ちーのの瞳が大きく見開かれる。あの時立てた誓いが破られようとしているのだ、当たり前とも言える反応だろう。呆然としているちーのを横目に、俺は言葉を紡ぎ出す。
「地道に働いて金貯めて、こんな毎日ハプニングに見舞われる街なんて知らずに生きて。……そっちの方が楽しかったんちゃうかな」
俺では無い別の誰かの記憶。元々は俺として生きていた人間の記憶。こみ上がってきた数々の記憶が脳裏を過っていく。もう半年以上「ショッピ」として過ごしていたので、その様な記憶が全て幻のように遠く思えた。
「貧乏人でも大富豪でもない平凡な、唯の人間として生きてた方が、俺らだって────」
「ショッピ」
ちーのが冷や汗をかきながら俺の言葉を遮った。ちーのも俺と同じことを考えていたのだろう。名前を呼ぶ声は「ちーの」では無い別の誰かの声のように聞こえた。
「たとえ撮影中じゃないとしても───そういうことは、言っちゃ駄目やろ。過去のことは忘れて今を受け入れてた方が、俺らのためだと思うよ、俺は」
震えた声でちーのは言葉を紡ぐ。
「……他人の記憶を移されるって言われた瞬間、どんな気持ちだった?」
ちーのは一瞬固まり、暫く経ってからやっと「怖いって思った」と打ち明けた。細々しく連なっていく言葉は、地面に落ちていってはシャボン玉のように消えた。
「なんというか、上手く言葉に出来ないんやけど……でもはっきり恐怖は感じた。俺としての器や生活が消えていくとなると、どうにも……」
「みんなそう思ってるやろ。俺だってそうだった。───赤の他人の知りもしない記憶移されて、その赤の他人みたいに過ごして、どこが楽しいんや。声も性格も名前も全部失って。ちーのはそれを楽しいと感じたことって、ある?」
「撮影以外では……あんまり無い」
ほらな、と思いながらまた煙草を吸う。甘ったるい様な煙たい紫煙を嗅ぐと、脳が喜ぶ。ニコチンとやらが効いているので、煙草は吸い始めてきた頃からやめられないのだ。
今ではその紫煙を鬱陶しく思いながら、落ちていく夕日を眺めた。間もなくこの街は夜の帳が落ち、活性化する者もいれば、ベッドに入ってぬくぬくと眠る者もいるのだろう。
夜の静けさが好きだった。しっとりとした闇に包まれた夜。先程のようなことを考えてしまう弱い心を持った自分を守ってくれるような気がする。誰にも邪魔されず、子供も来ない夜の公園で静かにブランコを漕いだり滑り台を滑ってみたり、そんなことをするのも好きだった。
絶えず輝き、夜でも鬼蛍の群れの様な明るさのこの街を不快に思うことはあるが、その時は街の外にある公園で一夜を過ごしていたことだってあった。朝になる度公園のベンチで寝ている俺を叩き起こしてくれるトントンさんやエミさんには感謝したかった。そういう温もりを感じれば感じるほど、この街から離れるのに少し心残りを感じてしまう。
「ショッピは今を不幸せに思ってるのか?」
口をついて出てきたようなちーのの言葉に思わず驚く。ようやく言葉の意味を咀嚼し、飲み込むと、今の生活についてよくよく考えてみた。
不幸せ、では無い。幸と不幸はいつも隣り合わせで、思いがけない時に訪れたりする。煙草を吸ってるとき、みんなと一緒に飯を食べたり酒を飲んだりしてる時、久しぶりに朝散歩してたら老女に飴ちゃんを貰った時とか……。そんな些細でちょっとしたことに喜びを感じる。
逆にあみだくじで自分が当たった時、他の人とのあべこべで喧嘩した時、競馬で負けた時、そして、記憶を移された時。そんなことに不幸を感じる。泣きたくなることもあったり、怒りたくなることもあったり、自分が本当は感情豊かなことに気づいた程だ。
「思ってない」
そんな小さな言葉だけが俺の口から飛び出した。いかにも消えてしまいそうな儚い言葉は、失せることなくちーのに届いた。
「それなら良かった」
胸を撫で下ろし、目を細めて笑うちーの。その顔に、誰かの面影が重なった。
はっきりと、現のようにしか思えないその面影は水色の髪の毛をしていて、丸い眼鏡を掛けていた。その眼鏡なら薄らと見える眼差しは今目の前に立つちーのと全く一緒で、思いやりに溢れていた。
知らないはずの面影に既視感を覚える。───誰だったっけ。ふとそう思う。いくら思い出そうとしても、なんだか頭に鍵が掛かっているように思い出せなかった。もやもやとしたもどかしさを覚えていると面影は消えて、目の前には橙色の髪の、いつものちーのが立っていた。
誰だったんだろう。そんな考えていると、いつの間にか辺りは闇に包まれていた。喫煙所の朧気な灯りがぱっと灯る。弱々しく喫煙所を照らし出す灯りを見上げながら、俺は吸殻を捨てた。
「そろそろ帰ろうや」
ちーのは頷き、吸殻を捨てた。一緒に喫煙所を出ると、街の中は相変わらず賑やかで明るくて、俺らのことを歓迎していた。その眩しさに目が慣れずにクラっとくる。何回か瞬きをした後、家路を歩き出した。
歩いている時も、あの面影が頭を離れず、べったりと強力な接着剤のように俺の脳に貼り付き、焼き付いていた。
知りもしない面影にくよくよと悩んで、存在すらしないはずの記憶に身を委ねる自分のことが、とても憎くて気持ち悪かった。そして自己嫌悪感が高まれば高まるほどこの街から離れたくなり、でも皆の温かさに触れて未練が残る。そんな自分は────。
「───本当に汚い。最低だ……」
心の中が溢れ出て思わず小さな声で呟く。街の賑やかに掻き消されて俺の声はちーのに聞こえなかったようで、「なんか言った?」と聞いてきた。
運命が違っていれば赤の他人のままでいれたのかもしれない。ちーのを見て確かにそう思った。だが、そんな思考を払い除けて、俺は考え直した。
置いてけぼりにされずにすんだ「ショッピ」としての記憶。その記憶を宝物のように大切に愛でていくのが俺の使命だと、今頃になって確信がついた。あの前の器、青年から授かった青年自身の記憶。大事にされてきた記憶を俺が引き継ぐのだと。
やっと、今になって、そんな当たり前のことに気付く俺にまた不快感を感じる。だがそんなことは首を振って吹き飛ばし、俺はちーのに向かってこう言った。
「ううん。なんも言ってないで!」
かつては他人のものであった大切な追憶を振り払いたいなんてそんなこと考えず、どうせこうして生きてみるなら、散々楽しんだ方がいい。もっとみんなの明るい性格に、ここヤバシティに縋って齧り付いて、生きて生きて生き抜いてみせる。蔑ろにされた、だがきっと風になって今の俺を見ている青年に届くよう、そう心の中で大きく叫んだ。
そして、俺ショッピは今日も、生きている!!
END
─────後書き─────
後書きなんて初めて書かせて頂くのですが。
まずえげつないほど長くなってすみません、後書きまで読んでくれてる貴方はとてもお優しい方です。
この物語、語り部をショッピくんにして色々と綴っていますが、ところどころ私自身が思っている気持ちが含まれています。
私はmzybとして活動していくことを悪い事だとは思っていませんが、やはりwrwrdの時の方が身にしっくり来て、未練を覚えることがあります。
権利者問題があったからと言って、wrwrdを発つことになった九人の方々を蔑ろにするのもなにか違う気がして、今もめげずにこの物語や、どこかの日常。という名をつけた短編集に投稿したノベルを書いたりしています。
「風になって今の俺を見ている」という表現にもあったように、wrwrdを去った九人の存在は今も残り続けていると信じて。
それを分かった上で、尚且つこの気持ちを誰かに伝えたくてこの物語を書かせていただきました。
これからもwrwrdのノベルは書き続けるつもりなので、不快に思うならどうぞ煮るなり焼くなりしていただければ結構です。
最後に色々と書いてしまいすみません。私からは以上です。では。
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