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「……ねえコヨーテ、ここって何が入ってるの?」
「ん? 肉だろ」
「それは見ればわかるよ。僕が聞いてるのは、この肉が『何の動物なのか』ってこと」
俺はスプーンですくい上げた茶色い塊を、疑り深い目で睨みつけた。
スプーンの先で震える肉片は繊維が妙に太く、獣特有の鼻を突くような臭いを放っている。とてもじゃないが、好き好んで口にできる代物ではない。
少なくとも、スーパーのパック詰めコーナーでお目にかかるような代物じゃないことは確かだ。
「細かいこと気にすんなってフェネック。食わなきゃ死ぬぞ」
「これを食って死ぬ可能性については?」
「ハッ、よく言うわ」
コヨーテは俺の背中をバシバシと叩いて、真っ白な歯を見せて笑った。
ヴォルキア共和国、南部砂漠地帯。
とうの昔に捨てられたのであろう、崩れかけたレンガ造りの建物の陰で、俺たち「ジャッカル」の面々は遅めのランチタイムをとっていた。気温は優に四十度を超えている。日陰にいても、肌がジリジリと焼けるような感覚がある。
俺――コードネーム「フェネック」は、ため息をついてから、覚悟を決めてその肉を口に運んだ。
口に入れた瞬間、強烈な獣臭さが鼻腔を襲う。続いてゴムのような弾力と暴力的なスパイスの香り。トドメに……ジャリッという砂の食感。
「……うぇぷ」
「お、どうだ?グリズリー特製『砂漠のスタミナ煮込み』は」
「表すなら『最悪』の一言に尽きる……これ絶対、後で腹壊すやつだ」
「贅沢言うな小僧。俺が市場で値切ってくるのにどれだけ苦労したと思ってる」
鍋をかき混ぜていた大男――グリズリーが低い声で唸った。元小児科医とは思えないその厳つい顔には、古傷がいくつも刻まれている。
その横で車のボンネットを開けて整備をしていたリンクスが、肉を咀嚼しながらオイルにまみれた顔を上げた。
「あたしは嫌いじゃないよ。レーションのパサパサしたクラッカーより百倍マシ」
「リンクスは味覚死んでるから……」
「あんだって?」
リンクスがスパナを投げる真似をしたので、俺は慌ててコヨーテの背中に隠れた。
こういう時、コヨーテの広い背中は本当に頼りになる。彼は俺より三つ年上で、身長も頭一つ分高い。孤児院にいた頃から、いつだって俺を守ってくれた。
「まあまあ。ほらフェネック、水飲めよ」
コヨーテが自分の水筒を渡してくれる。中身はとっくにぬるま湯になっていたが、この際どうでもいい。俺は口の中に残った繊維の塊を、水と共に喉に流し込んだ。
「……帰りてぇ」
「またそれかよ」
「だって、ここ暑いし、臭いし、ネット繋がらないし。僕の部屋のエアコン設定温度は二十四度なんだよ。それに比べたらここはあれだ、真夏の公衆トイレの中みたいなもんだ」
「戦争終わったら気の済むまで涼めるぞ」
コヨーテは勢いよく食べ終わった皿を地面に置き、瓦礫の山から拾ってきた壊れかけのラジオを弄り始めた。
雑音混じりのノイズの向こうから、現地の言葉で歌う女性の声と陽気な弦楽器の音が流れてくる。
砂埃の舞う廃墟。遠くで聞こえる砲撃の音。そして、この気の抜けた音楽。
当たり前だった日常はとっくに壊れているのに、ここだけ他とは別の時間が流れている気がした。
「…俺さ、決めたわ」
ラジオの音楽に合わせて指でリズムを取りながら、コヨーテが唐突に言った。
「何が?」
「この戦争が終わったら、この国で一番でかいパン屋やる」
「……はあ?」
「いやマジで。ここの連中、硬いパンしか食ってねえだろ?だから俺がフワッフワの焼きたてパンを食わせてやんの。絶対流行るぜ」
コヨーテは目を輝かせて、何もない空中に手を広げた。 まるで、そこからパンの焼ける香ばしい匂いが漂ってくるかのように。
そんな姿を見ると、本当に相変わらずだな、と思う。
俺達がしているのは、明日の命も知れない反政府活動。あくまで隣の大国「連邦」に利用されている捨て駒で、いつ死んだって誰も泣いてくれない。
なのに、この男は未来のことしか見ていない。
「……お前、パンなんて焼けるの?」
「おうよ。昔YouTubeで見た」
「……不安しかないんだが」
「お前は店番な。計算得意だろ?看板猫ならぬ看板フェネックだ」
「絶対嫌だ。僕は日本に帰って家で引きこもるんだ」
そう言い返しながらも、少しだけ笑ってしまった。コヨーテが焼く、真っ黒に焦げたパン。それをしかめっ面で食べる客たち。
そんな未来が本当にあるのなら、それはそれで悪くないかもしれない。
この灼熱の地獄で、彼の隣にいる時だけは楽に呼吸ができる気がした。
その時。俺の胸ポケットに入っていた端末が無機質な振動音を立てた。
場の空気が一瞬で凍りつく。コヨーテの笑顔が消え、グリズリーが鍋の火を消し、リンクスがボンネットを乱暴に閉めた。
『――ランチタイムは終わり』
イヤホンから聞こえてくるのは、感情を感じない無機質な女の声。指令役(ハンドラー)のオウルだ。
『南西の鉱山地区にて不審な通信波を捕捉。異常なデータ転送量を確認、民間の回線じゃないことは確実』
「へいへい。ってことは、ようやく俺たちの出番ってわけだ」
そう言いながらコヨーテが立ち上がり、服についた砂を払う。その手にはもう、パン屋の夢ではなく、使い込まれたアサルトライフルが握られていた。
「行くぞ、フェネック。待ちに待った出番だぞ」
「……うぅ、行きたくない」
胃の中の、グリズリー特製『砂漠のスタミナ煮込み』が嫌な感じで暴れている。
学校の発表会直前に感じる、あの、すべてを放り出して逃げ出したくなるような感覚。
そんな中、俺は小さく泣き言を言いながら、手元に置いてあったスナイパーライフルを背負った。
これが、俺とコヨーテの「いつも通りの日常」だった。
そして、これが――二人で交わした、最後の「夢の話」になった。