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家に入れたのは、
情けじゃない。
外に置いておくと、
確実に事故るタイプだったからだ。
「……狭いですね」
玄関に立ったまま、男が言う。
靴を脱ぐという発想は、まだない。
「一人暮らしだから」
「……なるほど」
分かったような、分かってないような顔。
「靴」
指さす。
「あ、はい」
一拍遅れて、ようやく脱いだ。
部屋は、六畳。
ベッドとテーブルと、小さなキッチン。
生活感は、ある。
贅沢は、ない。
男はきょろきょろと見回して、
まるで展示物を見るみたいに、ゆっくり歩いた。
「触らないで」
「……はい」
言われたら守る。
そこだけは、異様に優秀。
「座って」
床を指す。
「い、いいんですか」
「いいから」
正座。
……なぜ。
「楽にして」
「はい」
胡座。
素直すぎる。
水を出す。
コップを置く。
男は両手で受け取った。
「……ありがとうございます」
声が、少し小さい。
「で」
向かいに座る。
「今日どうするの」
「……?」
「泊まるとこ」
「……考えてませんでした」
だろうね。
「連絡先は?」
「……誰のですか」
「家族とか」
「……いません」
即答。
嘘じゃない。
「友達」
「……思いつきません」
「仕事」
「……したこと、ないです」
全部、同じトーン。
悲壮感ゼロ。
「すごいね」
「……はい?」
「何も持たずに家出する勇気」
「勇気……?」
考え込む。
たぶん、褒められてることは理解してない。
「しばらくしたら帰る?」
「……帰る、とは」
「家」
「……ああ」
少し間を置いて、
「……分かりません」
分からない。
それが答え。
「……はあ」
ため息が出る。
男は、コップを置いた。
その動きだけは、やけに丁寧。
スマホを取り出して、
画面を操作する。
通知音も鳴らない。
焦る様子もない。
しばらくして、
ふと、顔を上げた。
何かを思い出したみたいに。
「……この家、誰の名義ですか?」
一瞬、音が消えた。
「は?」
男は、悪気のない真顔で、
こちらを見ていた。