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「そういう凪は友達と遊ばないの?」
千紘は反対に不思議そうに尋ねた。凪は、そういえばここのところ誰とも会ってなかったなと考える。
「遊んでないってか、友達減ったかも」
「減った?」
「セラピストになってから客の連絡優先になったし、誘われても仕事で行けなかったりしたし。最後に会ったの、結婚式くらいかも」
「まあ、疎遠にはなるよね。俺もアシスタントの時とか遊んでる暇なくて友達離れてったし。今交流あるのは、その時とは違う友達だったりするしね」
「うん。でもまあ、仕事より優先させたいって思わなかったってことは、それまでの友達だったんだろうな」
凪はそう自分で言ってなんだか納得してしまった。生きていくためには金が必要だし、自分の母親のように誰かに依存して生きたいとは思わなかった。そして、父親のように異性に裏切られるような人生も嫌だと思った。
身内も信用できないのに他人なんてもっと信用できない。金だけは裏切らないし、自分の評価としてわかりやすい。だから金は好きだった。稼ぐことも自分の生きている価値に直結している気がして満たされた。
こんなにも仕事や金に執着していたのは、誰のことも信用できないからで、自分自身を自分だけは認めてあげたかったからだ。
自分のことしか信用できないから、他人を踏み台にして自分の人生を潤す。金さえあれば欲しいものはなんでも手に入った。困ることなんかなかった。そこそこ人生楽しかったはずだった。
それなのに、今はその仕事が苦痛に感じる。それを切り上げたら、信用できない他人となんか金を貰っても会いたくなんかないのに。昔から仲良かった友達にすら連絡をしないのに、当日連絡してきた千紘の誘いには乗った。
凪は自分の行動に疑問を抱く。この時間はとても穏やかで、千紘と話すことに不快感を抱くことはない。
酒は進むし料理も上手い。自分の仕事の悩みすら話してしまっている。今まで誰かに仕事の相談なんかしたことなかったのにな……そうぼんやりと考える凪は、じっと千紘の顔を見つめた。
「なーに、じっと見つめて。美しい顔が酒のあてになるの?」
千紘はイタズラに笑う。凪はふっと頬を緩め「自分で言うなよ。まあ、悔しいけどお前のその顔は好きだわ」と言った。
初めて聞いた凪からの好きに、千紘は息が止まりそうになった。このところ凪は予想外の言葉を口にする。
あんなに警戒して、何度も嫌いだと言ったのに。連絡だって何度無視されたかわからないし、一度目は連絡先を消されもした。
何かと理由をつけて会うことを拒まれてきたし、触れることなんて以ての外だった。
しかし今日は遅くなってもいいなら、なんて言いながら来てくれたし、千紘の顔は好きだとまで言った。
千紘は少しづつではあるが、凪の変化に戸惑う。嬉しいはずなのに、これは凪の本心なのかと一瞬疑ってしまう。
既にもうこんなにも好きなのに、思わせぶりな態度で翻弄されたら離れられなくなってしまう。そう頭を過るが、離れられないのはとっくの前からで、きっとこの先凪に冷めることもない気がした。
それならいっその事、このままズブズブと沼にハマってしまいたくなった。思わせぶりでも嘘でもいい。後で傷付いてもいい。今この瞬間を素直に幸せだと感じたかった。
疲れているなら癒しになりたかった。体が心配だから、ゆっくり休めて欲しかった。それは本心なのに、どうしてもこのまま帰したくなくなった。
もっと会いたい欲が高まっていく。仕事に対してストイックで、凪が好きでやっていることだとはわかっている。
それでも「そんなに嫌なら辞めちゃえばいいのに」そんな言葉が頭に浮かんだ自分に嫌悪する。
冗談で言っていた頃とは違う。休みを取りたいと言った凪はおそらく本気で悩んでいて、苦痛を感じている。そんな弱味に漬け込むような卑怯なことはしたくなかったし、できたら凪の意思で辞めてほしかった。
今夜はこのまま一緒にいたい。そうワガママを言ってしまいたくなる。一緒にいて嬉しいのも、癒されるのも、幸せなのも自分ばかりなのに、凪がそれを望んでいるはずがないとわかっていても口走ってしまいそうになる。
千紘はそれをぐっと堪えて「俺も凪の顔好き」と言って笑った。
「知ってる」
凪が得意気に言えば、千紘の胸の中はキュンと疼く。「その顔好き」の中にはたくさんの顔がある。笑顔も好きだし、すまし顔も好きだし、呆れた顔も、怒った顔も好きだ。もちろん、本意ではなかったが初めて会った時に泣かせてしまったあの顔も。きっと千紘にしかみせたことのない感じた顔も。
千紘は、営業中の凪もプライベートの凪も両方好きだった。作り笑顔は自然だったし、プライベートの忖度のない笑顔も好きだ。
凪と出会い、会う度に新しい表情を見つけられる気がした。知らない凪を知る度にわくわくして、全てを知り尽くしたくなった。
次はどんな顔を見せてくれるのか、胸を踊らせていると店員がやってきて、千紘の思考を一旦停止させた。
ワインが運ばれてきて、2つのグラスに注いでくれた。それを凪と乾杯して、口に運ぶ。渋味が口内に広がったが、それがとても心地よかった。
「あ、うま……」
凪は綺麗な二重の眼を大きくさせて、グラスの中を覗いた。どうやらお気に召したようで、すぐにグラスは空になる。
「あんまり飛ばすとすぐに酔うよ」
千紘がそう言いながら、グラスにワインを注いだ。美しい赤が、照明によってキラキラと輝いていた。とんでもなくロマンチックで、千紘はこの雰囲気にも酔いそうだった。
「いいよ。酔いたい気分だし」
「酔い潰れたら連れ帰っちゃうかもよ」
公に誘えない千紘は冗談ぽくそう言った。凪は、そんな千紘の言葉になんとなく安心した。いつもなら無理にでもホテルに誘い、体を貪ろうとするのに、凪の体を気遣う言葉ばかりで内心飽きられたのかもしれない、なんて思っていた。
食事に誘った割に休みは休めと言うし、千紘が凪を諦める日も近いのかもしれない。そんなふうにも感じた。
いつか千紘が「もう諦めて俺のモノになったら?」なんて言った。凪が諦めるよりも早く千紘が凪を諦めたら、きっとこの関係は終わる。
一緒にこうやって食事をするだけの友達ではいられない気がした。