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「きふちちゃんのみょうじ?って、なあに?」
私がコンビニで買ってきたサンドイッチを夜ご飯として食べながら、美輝ちゃんが私に質問をした。
「…なんだろ。私お母さんとかお父さんのこと、全然知らないかも」
私が質問をされ、ぼーっとした様子で答えると、美輝ちゃんは少し寂しそうな顔をして、また質問をした。
「うーん……でもでも!なにか小さいころのこと、おぼえてるのいっこくらいないの?」
私が美輝ちゃんに聞かれて、ぱっと思いついたのは、お父さんが殺されたことだった。
私が本当に生まれて一日くらいの記憶。どうして覚えていないような記憶を覚えているのだろう。普通誰もこんな生まれて間もない時の記憶なんて覚えているはずないのに。どうしてこの記憶がいつまでも頭から離れないのだろう。いつも思い出してしまうのだろう。
声や音は分からない。多分、当時も聞こえていないのだろう。音などはなにもないのに、景色だけがフラッシュバックする。
私は家で生まれた。その後だった。
お母さんが包丁でお父さんの横腹辺りを刺して、お父さんは尻もちをついた。お母さんはお父さんの頬に触れ、心底幸せそうな顔をして笑っていた。お父さんは横腹辺りからずっと血が出ているのに。服にも血が滲んでいるのに。それでもお母さんは幸せそうな顔をしてお父さんを見つめ、お父さんの頬を撫でている。
なぜだろう。殺すというのに、幸せそうな顔をするのは。恨んでいるから殺す、そして死ぬ。それが幸せなのだろうか。でも、頬に触れる理由はなんだろう。分からない。どうしてお母さんはお父さんにあんなことをしたのか。声が聞こえないから、何を言いたかったのか分からない。
「きふちちゃん?またむむむーっておかお、してるよ!」
私がフラッシュバックした記憶から考え事をしていると、美輝ちゃんが心配そうに私に話しかけてきた。
「あっ!なにかおぼえてるのあったとか!?」
笑顔を輝かせて、美輝ちゃんはそう言った。
「…お母さんがお父さんを刺しちゃったんだ。お父さん、天国に行っちゃって…さ?その時のお母さんの様子が理解できなくて…」
私がそう言うと、美輝ちゃんは私が話したことが分からない様子で首を傾げている。
「…まあ、もういいんだけど。今は美輝ちゃんが居てくれるからさ?」
私が笑顔でそう言えば、疑問を持っていた美輝ちゃんはぱあっと笑顔を輝かせた。
「うん!わたしも!きふちちゃんといれて、すっごいしあーせっ!」
美輝ちゃんはそう言ってサンドイッチをもぐもぐと食べた。すぐに食べ終わると、私の方へ来て、そのまま私を抱きしめた。
「…結婚、したいね、美輝ちゃん」
私が静かな声でそう言えば、美輝ちゃんは静かな可愛い声で言った。
「…うん。ずっといっしょにいたいよ、わたしも、きふちちゃんと」
私は晩御飯の食材をスーパーに買いに行った。歩いて行ける距離だったため、車ではない。
青也くんは、随分赤い目の小さな女の子を警戒していた。年齢は園児か小学生くらいだと思う、と言っていたけれど、そんな小さな女の子が人を殺すなんて、私はそう思わない。
「…考えすぎだと思うけどなあ……」
私がそう独り言を呟いた時だった。小さな女の子を見つけた。
赤茶色の髪で二つ結び、赤い目をしていて、園児か小学生くらいの歳に見える。
気づけば、私は自然とその子へ話しかけていた。
「ねえ!」
私が話しかけると、その子は自分だと分かっていないのか、そのまま角を進んでいく。だから私は、待って!と言って追いかける。すると、やっとこっちに気が付き、振り返った。
「ねえ、あなた、きふちちゃんって名前の子?」
「…って感じなんだけど……疑いすぎ、だよね…」
私が不安げにそう言うと、奇縁ちゃんは寂しそうに目を細めた。
「…私のお母さん、知らない男の人に殺されちゃった。いつも知らない男の人、家に連れてきてたけど、ある日知らない男の人がお母さんを殺して、自分も死んだ。それからお姉さんと暮らしてたんだけど、お姉さん、海外に行っちゃって…今は私一人だけなの。
だから、本当に分からないの……!その女の子と一緒にいたけど、名前は分からなかった…」
悲しそうにそう言う奇縁ちゃんを見て、私は無意識に奇縁ちゃんの頭を撫でていた。奇縁ちゃんは豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「大丈夫だよ。私から青也くんに言ってみるから!青也くんを信じたいけど、こんな小さな女の子を放っておけないしね……」
私がそう言うと奇縁ちゃんは付け足した。
「ううん。お姉さんのお父さんが生活費とかスマホ代とか払ってくれてるから!」
目が笑っていないような笑顔でそう言う奇縁ちゃん。子供とは思えないほど大人びた話し方だったから、私は疑問に思い、奇縁ちゃんに聞いた。
「凄いちゃんとしてるね、奇縁ちゃん。六歳とは思えないよ…」
私がそう言うと、奇縁ちゃんは俯いて言った。
「…私がちゃんとしないと………生きていけないから」
震えた声でそう言う奇縁ちゃん。俯いていて表情は分からないが、震えた声に罪悪感が募った。流石に一人は可哀想だ。
「ごめんね、奇縁ちゃん…!不躾なこと聞いちゃって……」
私はそう言って、なにか奇縁ちゃんの寂しさを埋められるようなことができないか、考えた。考えた結果、一つ、私にとっても奇縁ちゃんにとっても楽で助かるような考えが浮かんだ。
「ねえねえ奇縁ちゃん。明日青也くんと一緒に、奇縁ちゃんの家、来てもいいかな?で、明日青也くんの誤解を解いて帰るの!でも、奇縁ちゃん、きっと一人は寂しいだろうし、これからは私が奇縁ちゃんの家に来る!って言うのはどうかな?」
青也くんと一緒に来て誤解を二人で解く。きっとこれで奇縁ちゃんの寂しさも癒えるだろうし、私の手間も省けてwin-winだろう。
「えっと………。……うん、いいよ春香さん。私もその方が助かるし」
目が笑っていない笑顔で、奇縁ちゃんはそう答えた。
何故かは分からないが、瞳には他の誰かが映っているような気がした。