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読んでもいいと言われたなら読むまでだ。ロンドンの自宅につくや自室にこもったアーサーは、80年間気になってはいたが預かりものだから、とついぞ開けなかった封を切った。
中には百枚を超える手書きの紙の束が収まっていた。筆致もバラバラなことから複数人によって書かれたことがわかる。そして当然だが、全て中国語だ。わかってはいたが頭を抱えた。政府の中国語ができるやつに翻訳してもらうか?今流行りのAIを使うか?…どれもだめな気がした。耀はアーサーに預けたのだ。重い腰を上げて近くの書店に足を運んだ。
中国語の辞書なんて初めて買った。いや、外国語の辞書を買うこと自体初めてかもしれない。珍しいアーサーの行動に兄たちは興味津々なようだったが軽くいなして部屋に上がった。机の上には大量のコピー用紙、ペン、辞書に、パソコン、手紙の束。レポートに追われる大学生のようだ、と笑いがこぼれる。
紅茶を一口飲み、よし、とシャツの袖をまくった。
「私は共産主義がこの国の未来を照らすと思っている!」
「今こそ手を取り合ってこの国の未来を切り開かなくてはならない」
「私の故郷はとても美しい。冬の寒さは厳しいですが春に咲く花々は絶景です。私は、それを守るために戦っている」
「家族が日本兵に殺された。復讐してやる。もう一センチだってこの国の土地を渡さない!」
「私は祖国を愛している。この地を、そこに住まう人々を」
数日をかけて前半50枚を読み切った。それらは戦地で集めた兵士の手記のようだが、それぞれ内容やイデオロギーは違えども、祖国を愛し、祖国を守るために戦っているのだということは共通していた。
全ての兵士より、とはこのことか、とアーサーは思い至った。
ちらりと後半50枚に目をやる。封筒の表紙にもあった「致所有深愛的同胞」から始まる文章は、これまでのものとは大きく異なっているようだった。
仕事の傍ら、アーサーはその文章に読みふけった。