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「――うおおおぉおおおぉおおおおぉッ!!!!!!」
……わたしが目を覚ましたきっかけは、ルークさんの絶叫だった。
暗い雲が空を覆う中、冷たい空気が身体を突き刺す中、全身に気怠さを感じる中、どうにか身体を起こしてみると――そこには地獄のような光景が広がっていた。
少し離れた場所に、大勢の人が倒れている。
遠くて良くは見えないけれど、誰かから攻撃をされたというよりも、この場から逃げ出そうとしてそのままやられた……そんな印象を受けた。
そして最も奇異に映ったのは、少し離れたところにある巨大な穴だった。
穴の中には黒い霧のようなものが充満しており、少しずつ空中に霧散し続けている。
……これは、何?
見ているだけで嫌な気持ちになってくる……。まるで呪いのような……? いや、呪いとはまた違うようだけど――
――そういえば、わたしは一体どうしたんだろう……?
わたしが倒れていた側には、空になったポーション瓶と、矢がたくさん落ちていた。
数本の矢は、先端が血の赤色に染まっている。
それに気付いた瞬間、わたしは自分の法衣が血で染まっていることにも気付いた。
どうやら怪我はしていないようだ。……いや、これはきっと、誰かが治してくれたのだろう。
……誰かが? ……ポーション瓶?
えっと、確かわたしは……わたしたちは、この場所に連れて来られて――
「――あ!!」
そこまで考えてから、わたしの記憶はようやく戻ってきた。
そうだ! わたしは矢の集中攻撃を浴びて、護りの魔法を保てずにやられてしまったのだ!
でも、あそこからどうやって生き延びることができたの……?
アイナさんはどうなったの? それに、ルークさんのさっきの絶叫は――
……周囲を見まわしてルークさんを探すが、その姿を見つけることはできなかった。
いや、巨大な穴から噴き出す黒い霧が、ちょうど彼の姿を隠しているようだった。
わたしは何とか起き上がって、黒い霧を避けながら彼の元へと向かった。
……彼の姿は、すぐに確認することができた。
しかし彼の姿を見たとき、わたしの目からは涙が溢れ出てしまった。
……ルークさんは地面に膝をつきながら、倒れたアイナさんを抱きかかえている。
ルークさんは無事だった。でも、アイナさんは――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――それから1週間。
わたしたちは森の外れの、小さな小屋に身を寄せていた。
まるで、逃亡生活を始めた最初の頃に戻ったようだった。
懐かしい……けど、もう二度と体験したいとは思っていなかった。
……アイナさんがいなければ、食糧もわたしたちで調達しなければいけない。
彼女のアイテムボックスは本当に便利だった。ただ、それに甘えすぎていたことを痛感した。
旅先では、誰がどうなるかなんて分からない。
普通であればそれくらいのことは考えるはずなのに、アイナさんがいるから……と、甘えていたのが正直なところだった。
……彼女は何だかんだで、その辺りを上手くやってしまう。
本人は何てこともないようにこなしているが、それは本当に凄いことなのだ。
――耳を澄ませば、外からは剣を切り結ぶ音が聞こえてくる。
そう……。この場所にも、早々に追手が掛かってしまった……。
逃げても逃げても、どこまでも追い掛けてくる。
まったく、何てしつこいこと……。
わたしの側では、アイナさんが静かに寝息を立てている。
もしもルークさんがやられてしまったら、わたしが彼女を護らなければいけない。
どこまでできるかは分からない。でも……。
――この1週間、わたしはルークさんから色々なことを教えてもらった。
まず、アイナさんは不老不死らしい。
……驚いた。
その存在は知っていたけれど、まさかそんな人が、こんな身近にいるだなんて。
何で教えてくれたのかといえば、わたしが憔悴するほどに彼女を心配していたからだ。
その理由は不甲斐なかったけれど、本人に断りも無く教えてくれたのは、彼も彼なりに悩んだ結果なのだろう。
……そして、あの『黒い穴』のことも教えてもらった。
推測に過ぎない――という前提ではあるが、恐らくは『疫病の迷宮』……ということだった。
……さすがにこれも、驚いた。
何故突然、そんなものが現れたのか? 確かに気を失いながらも、例の『世界の声』が聞こえたような気はするけど――
……ルークさんの話によれば、わたしと出会う前、ガルーナ村で『疫病のダンジョン・コア』というものを手に入れていたらしい。
そもそもガルーナ村の疫病騒ぎは、それが原因だということを初めて知った。
ただ、わたしはようやく察することができた。
どうやって作ったのかは分からないけれど、アイナさんは『疫病の迷宮』を作ることで、わたしたちを助けてくれたのだ。
事実、わたしとルークさんは死んでいない。アイナさんも目を覚まさないとはいえ、疫病で苦しんでいる様子はまるで無い。
しかし、わたしたち三人以外の全員は……残念ながら、酷い見た目で死んでいた。
……アイナさんが最初からこんな手段を使うわけが無い。
わたしたちは追い込まれて、そして絶体絶命だった。わたしたちが生き残るためには、きっと仕方の無いことだった。
それを善と捉えるか、悪と捉えるか。
……きっと、どちらでもない。ただ、わたしたちは罪を背負ってしまっただけ――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ん……」
わたしの横から、不意に小さな声が聞こえてきた。
窓から目線を移すと、アイナさんが少しだけ身体を動かしたところだった。……やっと、目を……覚ましてくれる……?
「あ、アイナさんっ!!!!」
「……う……。
……エミリア……さん?」
「はい! エミリアです! アイナさん、起きられますか!?」
「えっと……私は……?
――あっ!!」
「きゃっ!?」
突然、わたしはアイナさんに突き飛ばされた。
一瞬何が起こったか分からなかったが、身体を起こしてアイナさんの方を見てみると――
……彼女は頭を抱えて、震えていた。
「……ご、ごめん……なさい……。
私……、とんでもないことを……」
『とんでもないこと』――
それは『疫病の迷宮』を作り出したことだろうか。その結果、たくさんの人が死んだ。
……確かにとんでもないことだ。でも――
「……アイナさん」
「ひっ!?」
彼女はびくっと、身体を震わせた。
その姿を見ているだけで、わたしは泣きたくなってきた。
「……ごめんなさい。
ルークさんから聞きました。不老不死のことも、『疫病の迷宮』のことも……」
「…………」
アイナさんは、わたしと目を合わせてくれない。
こんなことは、出会ってから初めてのことだった。……わたしは寂しくなってしまった。
「――アイナさん。
今はこんな状況ですけど、わたしはあなたに会えて良かったと思っています。
……わたしの人生は、アイナさんよりもずっとずっと短いですが……、最後まで一緒にいてもらえませんか?」
「…………で、でも……」
「でも?」
「……エミリアさん、ずっと私といたら……。
その……人生の、目標が――」
「人生の……目標? ……もしかして、ルーンセラフィス教のことですか?」
わたしの言葉に、アイナさんはコクリと頷いた。
こんなときにも他人の心配を……? いや、違うか。わたしが彼女から離れないことの確証が欲しいのだろう。
「――むぅ、今さらですよ!?
わたしにはもう、ルーンセラフィス教に居場所が無いんです!
それに――」
『それに?』……と、いつもの彼女なら言葉を挟んでくるだろう。
しかしそれもなく、彼女はまだ震えていた。
「――……ルーンセラフィス教は、この国の国教のような存在なんです。
その国がですよ? わたしたちをこんな目に遭わせているんです! ……どうしてそんなものを信じ続けられるんですか!?」
自分で言いながら、わたしの目からはまた涙が溢れ出てきた。
強がっているとはいえ、決別するためとはいえ、それは今までの自分を否定する言葉だ。
今ここで信仰を捨てることは、きっと間違いでは無い。
……そうは思うものの、やはり思うところは……たくさんある。……無いわけが、無い。
「それに――」
「……それ……に?」
アイナさんの声が、小さく聞こえてきた。
そうだ、彼女はやはりこうでなければ……。
「アイナさんは、絶対神アドラルーンの使徒なんですよね?
ルーンセラフィス教よりも、神に近い存在じゃないですか。そんな人と一緒にいられるだなんて、聖職者冥利に尽きるってものですよ!!」
わたしはぼろぼろと零れ落ちる涙を、法衣の裾で拭い続けた。
こんな顔は見られたくない。でも、彼女には真っすぐに伝えなければいけない――
「…………。
……ルークも……許して、くれる……かな……?」
「……ルークさんは最初からずっと、アイナさんのことを純粋に心配していましたよ。
それに、わたしよりもアイナさんのことを知っているんです。……大丈夫です。大丈夫ですから!!」
「…………分かり、ました……。
……ごめんなさい……。私、ルークにも……謝らないと……」
――何を謝るんだろう?
わたしたちは謝られるよりも、お礼を言いたいのに……。
自らの手を汚してまで、わたしたちを助けてくれた彼女に――
「……あの……。ルークは、外……ですか?」
「あ、そうですけど……。今はダメですっ!!」
今、この小屋の外ではルークさんが新たな追手と戦っているところだ。
……しかも、相手は七星なんていうレベルではない。よりにもよって――
しかしわたしの心配をよそに、アイナさんはゆっくりと立ち上がった。
「アイナさんっ!?」
「――……大丈夫、です。
私もちょっとくらい……強く、なったから……」
彼女の冷静な目と静かな声に、わたしの背筋は凍りついた。
……絶対に止めるべきだ。
――しかし、身体が言うことを聞いてくれなかった。