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《ニュースサイト・トップページ》
タイムラインには、同じ言葉が並んでいた。
<#殴る自由はない>
<#祈る自由はある>
<#科学者を守れ>
<#ロケットの前に立つ自由>
スクロールするたびに、
総理会見の切り抜き動画、
黎明教団・天城セラの配信クリップ、
JAXA前の小競り合い映像が、
繰り返し目に飛び込んでくる。
(“自由”って言葉、
こんなにたくさんあったっけ。)
誰かのそんなつぶやきが、
“いいね”を集めていた。
《アメリカ・ホワイトハウス/状況室》
楕円形のテーブルを囲んで、
国防総省、NASA、国土安全保障省の担当者たちが座っている。
壁のスクリーンには、
世界地図とアストレアAのロゴ。
その下には、小さな赤いアイコンがいくつも点滅していた。
「こちらが、
過去一週間に発生した
アストレアA関連の抗議・妨害行為の分布です。」
国土安全保障省の担当官が説明する。
「ほとんどは平和的なデモや集会。
しかし一部で、
“打ち上げ基地周辺での座り込み”を
呼びかける動きが出始めています。」
ケープカナベラル周辺に、
赤い円がいくつか重なっている。
ルース大統領は、
顎に手を当てたまま黙って画面を見ていた。
「ロケットに向けた脅迫は?」
「今のところ、
“発射台を神が破壊する”といった
宗教的表現が多く、
具体的なテロ計画の兆候は掴めていません。」
横でNASA/PDCOの代表が口を挟む。
「ただ、
エンジニア個人への脅迫メールは増えています。
SNSアカウントや家族構成まで言及されたものも。」
室内の空気が重くなる。
ルースが、
テーブルを一度だけ指先で叩いた。
「アストレアAは止めない。」
それは、
確認というより宣言だった。
「我々は、
小惑星に対して“最善の一手”を打つ責任がある。
……その過程で、
自国の科学者や技術者を守れないようでは、
何を守るというのか。」
国防長官が頷く。
「打ち上げ当日は、
基地周辺に一時的な“セキュリティ・ゾーン”を設定します。
座り込みや侵入の試みがあれば、
速やかに排除。」
ルースは、
ふと視線を別のモニターに移した。
そこには、
日本の総理会見の映像が映っていた。
『誰かを殴る“自由”は、
この国には存在しません。』
(あの日本の首相は、
よくあそこまで言い切ったな。)
心の中で、
ほんの少しだけ感心する。
(だったらこちらも、
“守る側の覚悟”を
はっきり見せないといけない。)
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス・守衛室》
モニターに映るのは、
正門前の様子。
白いローブの列は、
一時期より少し減ったようにも見えるが、
代わりに一般の野次馬や
スマホを構えた人々が増えていた。
守衛の一人が、
入構証を確認しながら呟く。
「名前、覚えられちゃってるだろうな……。」
一緒にモニターを見ていた若い職員が、
苦笑いする。
「こないだ、
帰り道で声かけられました。」
「“あなた、ニュースに映ってましたよね”って。
ただの通りすがりなのに。」
「怖くなかったか。」
「……ちょっとだけ。
“JAXAって書かれた社員証、
ずっと見られてるな”って。」
守衛が、
机の上に置かれた資料を指さす。
「警察庁からの通達、
もう読んだか?」
<SNSへの実名・顔写真の投稿に注意>
<勤務先や勤務内容の詳細を不用意に書かない>
<不審な連絡があれば必ず上司・警察へ>
若い職員は、
少しだけため息をついた。
「“名前出るのが誇り”って思ってたんですけどね、
昔は。」
「今は?」
「“名前が的になる”って、
こういうことかって。」
守衛は、
真面目な声で言った。
「でもな、
“的になるほど前に出てる”ってことは、
それだけ“前線にいる”ってことでもある。」
「怖かったら、
ちゃんと怖がれ。
そのうえで、
ここに来るかどうか決めろ。」
若い職員は、
少しだけ笑った。
「……来ちゃいましたけどね、今日も。」
「おう。
来たからには、
ちゃんと守る。」
守衛は、
モニターに映る門の前から視線を外さなかった。
《地方都市・黎明教団 支部集会》
小さな公民館の一室。
折りたたみ椅子が並び、
その前に簡単なスクリーンが張られている。
スクリーンには、
世界地図とアストレアAの軌道図。
そして、ケープカナベラルの写真。
地方支部のリーダーが、
熱のこもった声で話している。
「アストレアAの打ち上げ予定日は、
Day55 前後とされています。」
「“神の光”であるオメガに、
金属の拳を向けるその瞬間に——
私たちは黙っていていいのでしょうか。」
信者たちは静かに聞いている。
スーツ姿のサラリーマン、
主婦、
大学生くらいの若者。
「日本からケープに行くのは
簡単ではありません。」
「でも、
“祈りの列”は
ここからでも作れる。」
スクリーンが切り替わる。
<アストレアA発射当日:
各地で“光を守る祈り”を>
「種子島宇宙センターの前、
JAXA各施設の前、
アメリカ大使館の前——」
「それぞれの場所で、
静かに座り、
ロウソクを灯し、
歌いましょう。」
「殴る必要はありません。
破壊する必要もありません。」
「ただ、
“この一撃に反対する人がいる”という事実を
世界に見せるだけでいい。」
後ろの列で、
若い信者が小声で隣に囁く。
「……本当にそれだけで止まると思う?」
「止まらないかもしれない。
でも、
何もしなかったら、
“誰も反対しなかった歴史”だけが残る。」
その言葉は、
少しずつ、
“もっと強い行動”を考える火種にもなっていた。
《総理官邸・執務室》
サクラの机の上には、
一枚の報告書。
<アストレアA打ち上げ当日に向けた
国内治安情勢の見通し>
藤原危機管理監が説明する。
「黎明教団をはじめとした団体による、
“祈りの集会”が
全国数十カ所で計画されています。」
「今のところ、
主催者側は“非暴力”を強調。
警察との事前協議にも応じる姿勢です。」
サクラは資料をめくる。
「“今のところは”、ね。」
中園広報官が、
別の紙を差し出した。
「一方で、
“科学者を守れ”という側の集会も
大学や街頭で予定されています。」
「JAXA施設前では、
“応援のメッセージボードを作ろう”という動きも。」
サクラは、
ほんの少しだけ口元を緩めた。
「“守れ”と“やめろ”が、
同じ場所に集まらないようにするだけでも
ひと苦労ね。」
藤原が頷く。
「そこは警察庁と綿密に調整します。」
「総理としては、
アストレアA当日に向けて
“何をどこまで言うか”の準備を
そろそろ始めていただきたい。」
「成功しても失敗しても、
世界は日本の反応を見ています。」
サクラは窓の外を見た。
霞がかった空の向こう、
肉眼では見えないオメガの軌道。
(あと十日ちょっとで、
あの岩に向かって
人類が拳を飛ばす。)
(その拳を支える人たちと、
その拳に反対する人たちと、
そのどちらでもない人たち全部が、
この国にはいる。)
「……“誰の味方”かじゃなくて、
“何のルール”を守るのか。」
サクラは、小さく呟いた。
「その話を、
ちゃんと言葉にしないとね。」
《地方都市・中学校・理科準備室》
放課後の理科室。
机の上には、
地球儀と、
小さなスーパーボールがいくつか。
理科教師の男性が、
黒板に図を描いていた。
「さっきのニュース、見た人。」
数人の生徒が手を挙げる。
「総理のやつ?
“殴る自由はない”って。」
「うちの親、
“そりゃそうだ”って言ってた。」
先生は頷く。
「そうだね。
殴るのはダメ。
でも、“何もしないで見ているだけ”でいいのかどうかは、
難しいところだ。」
黒板に、
地球とオメガと、
小さな矢印を書き込む。
「アストレアAは、
この矢印みたいに
オメガの“肩をちょっと押す”計画だ。」
「うまくいけば、
何年も先のオメガの位置が
ちょっとだけずれて、
地球を外れてくれるかもしれない。」
一人の生徒が手を挙げた。
「失敗したら?」
「失敗しても、
何もしなかった場合と
同じか、
ちょっとだけ悪くなる可能性がある。」
「だから、
世界中の科学者が
“どう押せば一番マシか”を
必死で考えてる。」
別の生徒が、
遠慮がちに聞く。
「先生は、
やった方がいいと思うんですか。」
先生は少し考えてから答えた。
「僕個人は、
“何もしないで終わる”より、
“できることをやった上で終わる”方が
まだマシだと思ってる。」
「でもそれは、
“正解”じゃない。
僕の“選び方”の話だ。」
「みんなは、
ニュースを見て、
自分で考えてみてほしい。」
「もし将来、
“プラネタリーディフェンスの仕事をしたい”と
思う人がいたら——」
先生は笑った。
「そのときは、
僕は全力で応援するよ。」
窓の外の空は、
少しずつ夕焼けに染まり始めていた。
その日も、
オメガの軌道は変わらない。
変わっていくのは、
地上の人々の
“距離感”だった。
科学者と信者。
政府と市民。
祈りと暴力。
希望と諦め。
その全部のあいだに、
“見えない線”を引こうとする人たちがいて——
その線のぎりぎりまで近づこうとする人たちもいた。
アストレアAの打ち上げまで、
あと8日。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.