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「それで、どこに配属されるの?」
夕食を食べ終わる頃、マーカスから配属先が決まったことを告げられた。
訓練生としても、一応お金は貰えるが、配属先が分かれば、さらにどれくらいか入ってくる。勤める先という以外でも気になった。
「学術院内の警備だ。主に、院内の見回りをするように言われた」
なるほど。厳ついおじさんや、いかにも団員ですって分かる人物よりも、生徒に近い年齢と、中性的な容姿を持つマーカスなら、建物の中を巡回していても、違和感がなさそうだ。それで選ばれたのだろう。
うん。怪しい人より、格好いい人が良いもんね。
「そっか。じゃ、もしかしたら院内で、会うことがあるかもしれないね」
「? アンリエッタは、生徒じゃないだろう」
「勿論。だけど、時々行くのよ、学術院に。図書館だけは、一般の人も中に入れるから」
最近は神聖力の本を読んでいるが、やはりそればかりというわけではなかった。勉強で読む本と、趣味で読む本では気分に差があるからだ。集中力が持続しないのは、私が不真面目だからかもしれない。
好きなものだったら、長続きできる。けれど神聖力の本は、理論が長々と書かれていて、正直に言って飽きてしまう。すでに持っている力に、今更講釈を垂れられても困るのだ。
故に、夜寝る前には、図書館から借りてきた恋愛小説を読むのが、最近の定番スタイルになっている。
「そうなのか。配属になったといっても、俺は全く分からないからな」
そこまで言うと、マーカスは顎に手を乗せた後、少し間を置いてから再び口を開いた。
「関係者以外立ち入れるのは、図書館だけか?」
「多分。私はそこにしか用がないから、それ以外は分からない」
「誰に?」
「え?」
「それを、誰に、聞いて、知ったんだ?」
質問の意図が分からず、首を傾げた。するとマーカスは、アンリエッタに分かり易いように言葉を選び、且つ区切りながら再度質問した。それがどことなく、トゲを含んだ物言いに感じた。
最近のマーカスは、どういうわけか、私の行動や性格を、把握したがっているように感じる言動を、頻繁にするようになった。一緒に住んでいれば仕方がないのかと、これまで大目に見ていたが、そろそろ私も堪忍袋の緒が切れかかっている。
反撃しないとね。いつまでも、自分の思い通りになるとは、思うなよ、てね。
だから、素直に答えたくはなかった。
「友達だよ」
「俺の知っている人?」
「ううん。知らないと思う」
「お客さんの中にいる?」
「時々来るけど、最近は来てない」
「アンリエッタ?」
何? と惚けたように、微笑んで見せた。しかしマーカスは、その逆の表情を、アンリエッタに向けた。
「答えられないような人間を、友達にしているのか?」
「し、失礼ね。ロザリーはそんな人じゃないわ」
あっ、と手で口を覆った時には、既に手遅れだった。
また、やられた。あぁ、次の質問が来た時には、もう白旗を振るしかない。
「ロザリーって、どこの子だ?」
「……市場に、青果店があるでしょ。そこの看板娘をやっている、同い年くらいの子」
一番使う小麦粉だけは、お店に卸して貰っているが、それ以外の食料はすべて、市場で揃えていた。その方が、メニューのバリエーションも増えるからだ。それに、調理法も教えてくれたりするので、直接買いに行っていた。
そこで出会ったのが、ロザリー・エメットである。私がパン屋を営んでいることを知ると、買いに来てくれる程、良い子なのだ。買い出しに行けない時は、適当に見繕って、届けに来てくれることもあった。
だからだろう。次の瞬間、マーカスの口から出た言葉に、胸がモヤっとした。
「あぁ、そのロザリーか。詰所でも、よく話題が出る」
自警団は、基本男の集まりだ。可愛くて器量も良いロザリーの話題が出るのは、可笑しくない。可笑しくはないんだけど……。
「そっか。ロザリー、可愛いから、気になる人は多いんじゃない」
ロザリーの好きな人は知っているから、心配はないんだけど――……。って、何を心配しているの、私は。さっきは堪忍袋の緒が切れるとか、どうとか言っていたくせに。意味分かんない!
「まぁな。あからさまって感じの奴は、結構いたよ」
「やっぱり」
青果店、しかも市場にあれば、ウチと違ってお客の数は多い。多くなれば、人の目にも付くものだ。ただ、ロザリーの好きな人は、自警団にはいないから、皆ご愁傷様だ。
それよりも、どうしてあんな奴を好きになるのか、私には理解できない。ロザリー曰く、可愛いんだそうだ。可愛い子が可愛いと言うけど、私はアイツを可愛いと思うことは、けしてないと思う。ロザリー以外で、アイツを可愛いと思うのは、エヴァンさんくらいだろう。
「それよりも、明日学術院に行ってみないか」
「明日? 何で……」
急に話題が変わり、頭がついて来なかった。
「丁度休みだから、下見も兼ねて、一度行ってみようと思っていたんだ。だから、アンリエッタも一緒に行かないか」
もう一度マーカスはアンリエッタを誘うと、今度は手を差し伸べた。すると、先ほどまでモヤっとしていた気持ちが消え、嬉しい気持ちが胸の中に溢れた。
あぁ、なんて現金なんだろう、私は。怒ったり、しょげたり、喜んだり……。バカみたい。
でも、すぐに素直になれないのは、私の性格のせいかもね。
行きたい、けど……。
「私は、明日も仕事だから。……お店は休めないよ」
「昼を早めに切り上げれば、夕方まで三、四時間は作れるだろ」
確かに出来ないことはなかった。これから入ってくるであろうマーカスのお給料を当てにすれば、問題ないだろう。
「行って帰ってくるだけだ」
うん、とアンリエッタは頷くと、マーカスの手を取った。
***
翌日の昼は、昨夜話した通り、早めに店仕舞いするために、お店に出すパンの量を減らした。その代わりにといってもなんだが、朝と夕は多めに出すことで、お客さんへの配慮と、売り上げの帳尻を合わせた。
そういったことを今までしたことがなかったので、苦情が来ないか心配したが、問題なく切り上げることが出来て安堵した。
「大丈夫か?」
玄関のドアに鍵をかけ、閉まったことを確認していると、後ろから声をかけられた。閉まった扉のドアノブを引っ張って、念入りに確かめるのが、不思議に見えるのかもしれない。けれど、これは前世からの癖なので、もう治らないだろう。
「うん、平気」
振り返った途端、マーカスがアンリエッタに近づいた。そして、肩にかけてあったバッグを取り上げた。
「いいよ。自分で持つから」
「中は本だろ。歩いて行くんだから、遠慮はする必要はない」
そう、マーカスの言う通り、バッグの中身はこれから返しに行く予定の本である。しかし、借りたのも読んだのも、アンリエッタであるため、どうしても道理に合わない。だからバッグの持ち手に、手を伸ばした。
「持ちたいのなら、こっちにしてくれ」
伸ばした手は、持ち手まで届くことはなく、代わりにマーカスの手に捕まった。そして気がついた時には、もう手を握られていた。
「私は返してほしいって言う意味で、言ったんだけど」
「返してもいいが、どの手で持つつもりだ? 両手が塞がれていては、持てないと思うんだが」
いけしゃあしゃあと。
アンリエッタは、手を振りほどこうと試みた。けれど、それは逆効果になってしまった。振り動かしていた手を止めた瞬間に、掴まれていた手が、指を絡まされて握り直されたのだ。
仕方がないので、アンリエッタは首を横に傾けて、お願いしてみた。
「あなたが離してくれれば、そっちの手で持てるんだけどなぁ」
「祝福をしてくれたら、離すよ」
笑顔と共に、マーカスからおねだりが返ってきた。
マーカスが言う祝福って、アレのことよね。……恥を忍んで、ここでする? それとも、手を握られながら、図書館まで歩くの?
恥の数値を両天秤にかけた結果、アンリエッタはマーカスの頬に口付けすることで、解放された。残ったのは、行く前から疲れた顔のアンリエッタと、満足そうに微笑むマーカスの姿だった。
***
そもそも、外では兄妹という設定である。本当の兄妹でも、このくらい年で手を繋ぐなんて、あり得ない光景だ。
もしお店のお客さんに見られでもしたら、恥ずかしいし、お店の評判にも傷が付くかもしれない。マーカスだって、自警団の団員に見られたら、どうするつもりだったんだろう。
そこでふと、思うことがあった。
「ねぇ、自警団内で、ウチのお店が話題に上がったことってある?」
昨夜、ロザリーの話題が出てから、ちょっとずつ気になり出していた。ベッドでごろごろしながら、お店の評判は今、どうなっているんだろうかと。
前世では、そんなこと気にしなかった。それは雇われている身、つまり会社員だったからだ。
今は、一国一城の主。
開店直後やしばらくした後は、時々帰ってくるイズル夫妻に、商業ギルドなどへ偵察してもらったりしていた。
『気になることは良いことだが、気にし過ぎは良くないよ』
その度に言われた言葉だった。
けれど、自警団からはまだ得たことはない。商業ギルドにはイズル夫妻から、市場関係にはロザリーから、情報を得ている。これは盲点だった。
「自警団って制服があるわけじゃないから、お客さんの中にいるのかいないのか、分からないんだよね。学術院の教授や生徒さんたちは、見るからに、すぐ分かるんだけど」
「……」
「マーカス?」
アンリエッタは、マーカスの腕を掴んで引っ張った。
いつもなら、すぐに返答が返ってきて、茶化すなり、屁理屈言うなりしてくるのに。しかも、こっちを見ない。
「マーカス」
もう一度呼ぶと、ようやくアンリエッタの方に顔を向けた。
「俺は知らない奴らだが、何人かは、お客で来ているそうだ」
「うん。それで?」
「……」
「マーカス」
もういいだろう、とでも言いたそうに、マーカスは嫌そうな顔をした。ただ評判を聞いただけなのに、何故そんな顔をするのか、アンリエッタには理解できなかった。
それはただ単に、どうしても聞きたい情報だったからだ。そこに、相手への心理的配慮などなかった。
アンリエッタは再び腕を引っ張り、返事を促した。それをマーカスはしばらく見た後、溜め息をついた。
「評判は、むしろ良い方だ。ただ開いている時間が、限られているのを、残念がってはいたな」
「……う~ん。出来れば、改善してあげたいところだけど――……」
「無理して聞くことはない。これからは、俺の収入もあるんだから」
今度は真面目な顔だった。マーカスと知り合ってから、これまで見た彼の顔は、いつも余裕のある表情で、屁理屈を言って、相手を丸め込もうとするものばかりだった。不安そうな顔もあったけど、それはそれで訳があったから。
でも、どうしてさっきから、嫌な顔をしたり、真面目な顔になったりするの? お店の評判を聞いただけじゃない。まぁ、指摘された点に関しては、マーカスが言った通り、改善することは時間的に、また物理的に無理だけど。そこを気遣ってくれたの?
「うん、ありがとう。私も、体に負荷をかけるつもりはないよ」
さすがに赤字続きになったら、否応なしに頑張るつもりだけど。
私の返答に満足してくれたみたいで、ようやくマーカスがいつもの表情に戻ってくれた。
「ただ、何もしないっていうのはね。そうだ、自警団に差し入れを持っていくのは、どう? 宣伝も兼ねて。しばらくマーカスだって、お世話になるんだし」
「……それはやめてくれ」
まぁ、職場に身内がやって来るのは、恥ずかしいもんね。マーカスの心情よりも、お店の宣伝を優先してしまったことに、大いに反省した。