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✧≡≡ FILE_008: 名無 ≡≡✧
「B……いいかげん支度しようよ」
Aが呆れ声で言う。
「……どうせ死なないって」
Bはベッドに寝転び、呑気に片手で漫画をめくっていた。
読みかけのページの端が、指でくしゃくしゃになっている。
「いや、そういう問題じゃなくて」
「爆発なんてしないさ。たぶん何も起きない。避難するなら、この漫画の最後を読んでからだ」
Aは溜息をついてリュックのファスナーを閉めた。
部屋の開けっ放しの扉からは、準備を終えた子たちが食堂の方へ向かう様子が見える。その姿に焦りを感じながら、Bの分まで避難準備をしてくれていたA。
そのとき──
軽いチャイムの音が鳴った。
「……?……来客?」
Bが目線だけを窓にやる。
誰が来るというのか。この状況下で。
来客なんて、いるはずがないんだが。
Bはむくりと起き上がり、窓辺に歩み寄った。
門の前に立っていたのは──黒髪の少年。
冬の風に髪がなびいていたが、表情はよく見える。
「………………」
「…………バースデイ?」
懸命に窓の外を見ているから、Aは気になったのか、一緒に窓を覗いた。
「男の子だ……」
特におかしいことはない。
Aはそれだけ見て、再び支度に戻るが、Bは微動だにせずその少年を見つめている。
その後ろ姿が気になったのか、Aは疑問を口にする。
「……どうしたの?」
Bはあの少年を一目見て、違和感に襲われた。
(なぜ、なぜだ? なぜ──)
──名前が、浮かばない。
人の顔を見れば必ず浮かび上がる名前。
なのに、そこにいる少年は名前が浮かばない。
名も無き少年、なのだ。
「……なに、あれ……」
Bは前のめりになり、窓に額がつくほど接近して見つめた。
少年はロロと短く会話を交わしたあと、ワイミーズハウスを振り返りもせず、別方向へ走っていった。
──避難所とは、真逆の方向へ。
「へぇ……」
Bの唇が、ひとりでに吊り上がる。
目だけが、興味でわずかに色を変えていた。
──しばらくして、子どもたちは全員玄関に集合した。
「全員いるな?」
ロロ先生が確認しようとしたところで、Bが声を上げた。
「ねえ、さっき来た子──あれ、誰?」
「……ああ」
ロロ先生は少し顔を曇らせて答えた。
「彼は、ワイミーさんを探してここに来たらしい。けど、今ここにはいないって話したら、ミルフォード研究所の方に向かったよ。あっちは山道で危険だがらやめた方がいいって言ったんだけどな……一人で行ってしまった」
ロロは小さく息を吐き、外の暗闇を一瞥した。窓の向こう、風に煽られて揺れる木々の影が、不安を煽るように壁を這っている。
ロロは膝に手をつくと、子供たちの目線に合わせて語りかけた。
「いいかい。君たちはここで待っていなさい」
「え?」
「私が今からKを迎えに行ってくる。君たちをこれ以上危険に晒すわけにはいかない」
「……でも」
「いいね? 私が戻ったら、すぐに出発する。だから、それまでこのハウスから絶対に出ないこと──約束だ」
子どもたちは不安げな顔を見合わせながら、しぶしぶ頷いた。
ロロ先生は「約束だぞ」と言い残し、扉を閉めると、そのまま足早に去っていった。
車のエンジン音が、通りの先で遠ざかっていく。
その数分後だ。
“約束を破った者がいた”。
「──じゃあ、ちょっと行ってくる」
ふらりと身を滑らせるように、Bは外へ出た。
──そして、それを見つけていた者が一人。
「……おい、B! どこ行くんだよ!」
Aが、玄関から駆け出す。
冷たい風が吹き抜ける中、二人の姿は施設の敷地を軽々と抜けていった。