プロローグ:悪魔は死を囁く
「皆さんはアダムとイブの神話を知っていますか。言ってしまえば、あの話は嘘です。単なる妄想の塊。真実ではありません。ですが、神は実在しているか、と問われたのならば答えは変わってきます。私たちが知り得る全ての生物を超越した存在を神とするのであれば。神は実在します。 「『「聞コえマすか。応答、。マス」』」 現にこの辺り以外の大地は、悪魔と呼ばれる存在によって奪われてしまいました。ここで考えなくてはならないのは、何故奪われたのか、という事ではありません。何故、ここは奪われなかったのか、という方です。まあ、この答えは実に単純。神様が守ってくださったからです。かつて 「『「。?…か。応答ネガいまス」』」 この地は『出雲市』と呼ばれていました。この地には神の力が眠っています。そんな事、信じられないかもしれません。ですがこれが真実なのです。そして、そんなこの地で育ってきた私たちは、その神の力の残滓を持っています。良いですか? 「『「。?…。、、。。ス」』」 それを目覚めさせてあなた方が信使となった時、要請によって悪魔と闘う事となります。「『「…。?…、。。?、、、」』」 潜在能力――シンク。それがあなた方の中に眠る可能性の名です。これからあなた方を待っているのは、そういう、死ぬか生きるかの世界。もうわかっている事は重々承知ですが、くれぐれもその自覚を持って――」
「『「、!、。、?…!、?。。…、、!。、??…。、?」』」
暗い。それが始めに感じた事だった。次もその次も、いつまでたってもそれだけがそこにあった。身体を動かそうとするも動かない。いや、もっと正確に言うのであれば、そもそも身体が無い。魂、と呼べば良いのだろうか。何か感覚的な、質量を持たぬ私がここにはいるのだ。ここがどこかはわからない。だが、理屈など微塵も無いのに、私はこの場所を何と呼べば良いのかは理解していた。そう、ここは神々の領域――天界。昔は雲の上にあるだとか言われていたらしいが、残念な事にそれは科学的に否定されているし、今私がいるのもそこではない。ならば、山の上? いやいや違う。ここは闇だ。闇の中だ。暗闇なんてぬるいものでは無い。深淵の、その更に奥深く。言葉では言い尽くせぬほどの闇に私はいる。そしてその闇の中、ある一点からゆらゆらと光が差し込んでいる。それはあまりに美しく、神々しさを纏っていた。神様が、神様がこの先にいる。そう私は確信していた。
光と共に、その先にいる者の声が流れてくる。ノイズ混じりの美しき女性の声が。
「『「、。?。。?…。――――聞こえますか。応答願いま……」』」
「……サナちゃん。サナちゃん? 起きて」
「んにゃ?」
友の呼ぶ声がした気がして瞼を開けると共に、一筋の光が私の頭上を通過……いや、直撃した。鋭くも鈍い、矛盾を抱えた痛みが身体に響く。瞳の先にいたのは今にもはち切れそうなシャツのボタン。スーツを着た一人の女だった。途轍もない圧が彼女からは溢れており、その形相はかつて存在していたとされる仁王像のよう。胸と尻が異様にデカいが、彼女自身が筋肉質な事もあって綺麗とかエロいとかよりも先に、怖いという感情が浮かぶ。その女の手にあるのは三角定規。おそらくはこれで叩かれたのだろう。
「痛っったぁ……。ちょっとデカチチ先生。叩くのは無いでしょ、叩くのは!」
「うっさいぞ佐藤。私の授業中に寝ているお前が悪い! それに九頭竜だ。私の事を呼ぶ時はな!」
「はいはい、九頭竜。叩くのはやめて。痛いからさっ、ね?」
「佐藤、お前……」
デカチチ先生は私の成長を喜ぶように息を零した。次の瞬間に来る、大きな何かを待つように教室は静寂に包まれる。私は楽しみで仕方が無かった。何が起こるのだろうと。デカチチ先生が泣き出すのか。デカチチ先生が甘い言葉を吐くのか。デカチチ先生がデカチチを揺らしながら喜び跳ねるのか。淡い期待であった。それは一刹那の事だ。先刻とは比べ物にはならぬ速度。目にも留まらないという言葉通り、それを私は見ることすらできなかった。ただ僅かに感じられたのはホームランが出る際のスイングのような、風が切られた音だけだった。
「……っっつ」
声も出せない。それほどの痛みだった。いや、痛みと呼ぶのは少し違うのかもしれない。実際には電流が流れるように何かが一瞬にして、頭頂部のある一点から身体を支配していった。金縛りのような石化のような。いわゆる硬直という状態のひどく強いものが声すらも抑えていた。
「九頭竜……”先生”だ。わかったか!」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!