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六等星

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2025年03月17日

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Side Black


たいが。大我さん。

俺は舌の上でその名前を転がすように口にする。

その響きとあの歌声は、俺の心の中にぽっかり空いていた穴に少しずつ染み込んでくる。

いつもの最寄り駅で、偶然見つけた彼。普段使うのに今まで会わなかったのは、たぶん駅の反対側だったからだ。

なんでもっと早くにあっちへ行かなかったんだろう、とちょっぴり後悔したり。

まだ春の気配は少ない、やや冷たい空気。

コートの襟に顔をうずめていると、右肩を誰かにたたかれた。

「北斗さん。ですよね?」

首を上げれば、待ちわびていた人がいた。昨日と同じジャケットを着ている。その手には、ステッカーがたくさん貼られた黒いギターケース。

「ほんとに来てくれたんですね。てっきり、忘れられてしまったかと…」

「ごめんなさい」と謝る大我さんは、少年のようだった。

「バイトを早めに切り上げてきたんですけど、ちょっと間に合わなくて…」

「あっすいません、ご予定あったのに」

「いや、歌を聴いてくれた人に『明日も来てください』なんて言われたら、そりゃ断れないでしょ」

と茶目っ気たっぷりに笑う。

「よかったら、あったかいところへ移動しませんか。あなたのためだけに歌いたい…っていうか」

首をかしげる俺を大我さんが連れて行ったのは、カラオケボックスだった。

「ここなら存分に聴けると思いますよ。…そんな大層な歌じゃないですけど」

「いや、あれが聴きたいんです。昨日の歌。なんて曲名なんですか?」

「実は…まだ決めてなくて。決めきれてない、っていうのが本音ですかね」

古びてところどころ破れかけたソファーに座り、彼はアコースティックギターを出す。俺はその隣に。ギターはきっと使い込んでいるんだろう、だいぶ年季が入っていた。

「もしあれだったら、もう一回聴いて名前つけてくれませんか?」

突然の申し出に、俺は驚いて手を振る。「いや、僕はただの通りすがりですし…」

「もう、俺にとっては通りすがりじゃないですよ」

「え?」

「歌を気に入ってくれた、大切な方です」

照れ笑いをこぼした。友達だって数少ない俺が、昨日出会ったばかりの人にそう思われるだなんて。

そしてギターの音色を確かめるように鳴らしたあと、自然とそこにメロディーが乗った。

やっぱりだ。俺は心の中で確信する。

この人の声は、あいつと似ている。

もう14年も会っていない親友と、どことなく雰囲気の近さを感じられた。

だから昨夜も立ち止まってしまい、声まで掛けてしまったんだ。あの声を、もう一度聴けたらと14年間ずっと思っているから。

せめて一度だけでも、またくだらない話をしたかった。

あんなにくだらない会話だって宝物だったことに、あのときの俺は気づいていなかった。

「……北斗さん? 大丈夫ですか」

気づけば曲は終わっていて、大我さんにハンカチを差し出されている。

「え…? あ、すいません」

目の奥が熱い。いつの間にか頬に流れていた涙を、受け取ったハンカチで拭いた。それは真っ白で、綺麗だった。

あいつと同じ性格なんだろうな。

「辛いことがあったら、泣く。それは当たり前ですよ。決して幼稚なことでもありませんし」

この人はずるいと、少しだけ思った。

見ず知らずの俺に優しくしてくれて、俺だけのために歌を歌ってくれて。

膨れ上がる一方だった愁いも晴らしてしまって。

「ありがとうございます。なんか、お礼のしようがないっていうか…」

「そんなのいいんです、何もしてないですから」

品のある柔和な笑みを浮かべた。

「…大我さんの声って、ちょっと友人と似てるとこがあって。なんか、またあいつと話せたような感覚で…。今ようやく、ほんとの『さよなら』を言えた気がします」

「それはよかった」

「……祈り」

「えっ?」

「タイトル。やっぱりこの曲は、『祈り』だと思います。大我さんの祈りが込められてる」

そう言うと、彼は満足そうにうなずいた。

「俺もそんな感じっていう気がしてて。じゃあ、この『祈り』、これからも歌っていきますね」

「また、聴きに来ていいですか?」

「もちろん。確約はできないけど、あそこで歌ってるから」

ギターをケースにしまう。もう帰ってしまうのかと俺は寂しくなったけど、一方の大我さんはソファーに座り直し、デンモクを操作し始めた。

「歌…うんですか?」

「だって部屋入っちゃったんだし、歌わないともったいないじゃん?」

いつしか口調がくだけている。

まあ成り行きでこうなっちゃったんだから、楽しむしかないか。

「ねぇ北斗さん。俺いつか、ここに曲が載るアーティストになりたいんだ」

「きっとなれますよ」

「そのときは、俺の曲歌ってくれる?」

「もちろんです。一番乗りで歌います」

「そっかぁ、嬉しいな」

あれから止まっていた時が、やっと今ゆっくりと動き出したようだった。


終わり

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