司法解剖なんて、サスペンスドラマでしか聞かないような言葉だ。それだけで充分、遺体がなにかおかしいことが分かる。おばさんたちも気味悪そうに肩身を狭めていた。
「昨日はおじさんたちの混乱ぶりを見て引き取りは延期になったけど、職員さんもかなり気味悪がってるらしい。もう少し落ち着いたら、通夜もせず、読経と火葬だけ済ませてしまうって。だから明日までは……水以外、なにも飲み食いするなと言われたよ」
その言葉に、首を傾ぐ。
俺は葬式に出たことがないから詳しい方法とかは知らないけど、こういう日は物を食べちゃいけないんだっけ? 優斗も分からないらしくて、肩を竦めて首を傾げている。
少し離れた場所から、不機嫌そうな溜め息が聞こえた。
「そんなこと、被災してる状況で言うこと? どうかしてるわ。お父さんたちがいるならともかく、今この家には私たちしかいないのに」
「楓さん」
吐き捨てたのは、三姉妹の中でも一番若いおばさんだ。昨日の昼に、ドタドタと食事の準備を進めていた。
鼻を鳴らし、面白くなさそうに唇を尖らせている。
「前はおじいちゃんが死んだときだったわよね。身内が死に顔を見たときから断食だって言われてさ。弔問客を招いても、通夜振る舞いも、精進落としもナシ。それどころか、食事もとっちゃいけないなんて! 火葬した翌日からは食べてもいいって言われたけど、三日間水以外飲まず食わずよ! その理由も、座敷わらしが寄ってきて、ほかの人も連れて行ってしまうからだって。馬鹿馬鹿しいったらないわ!!」
鼻で笑う楓さんの言葉に、そりゃそうだと思ってしまう。日本で、三日間も断食する葬式? もし乳児も同じ制約を受けるのなら、命に関わる状況にもなりそうだ。
それに、楓さんが言った言葉は明らかに変だ。
断食しないと、座敷わらしがほかの人も連れて行ってしまうって?
──座敷わらしって、そんな妖怪だったか?
俺の知っている座敷わらしは、見た人や、住んでいる人に幸運を運んでくる神様みたいな妖怪だ。葬式で物を食べると一緒にあの世につれていくなんて、そんな話は聞いたこともない。それとも三科家の座敷わらしは、俺が知ってる座敷わらしとは違うのか?
考えている間も、楓さんのマシンガントークは止まらない。
「他家に弔問に伺ったときは、通夜振る舞いも精進落としもいただくでしょ? 参列側なら食べてもいいけど、身内の不幸には食べちゃダメだなんて。おかしいと思わない?」
まくし立てるような早口をようやく話し終え、楓さんはようやく、身長も体格も一回り大きいおばさんに顔を向けた。
「そうねぇ、守る必要はないんじゃなぁい? ねぇ、桜姉さぁん」
こっちはずいぶんのんびりした話し方だ。間延びしているようにも聞こえる。
大おじさんに似た三姉妹は、上から桜、葵、楓というらしい。
二人から苦情を受けた桜さんは、改めて見ると一人だけ体型が違った。ほかの二人は全体に丸いからパッと見よく似ているけど、桜さんは細めで、女性らしい。顔立ちは三人とも同じなのに、体型と仕草のせいか、一人だけずいぶん色っぽく見えた。
そんな桜さんは応接セットの一人掛けソファに腰を下ろし、にっこりと笑う。
「馬鹿ねぇ二人とも。しきたりにはちゃんと意味があるの。私たちが文句を言うことじゃないわ。それにこういうときは、本家跡取りに意見を聞くのが一番よ。武がどうするかに従う。それが筋ってものでしょう?」
誰からも反論が上がらない。
それをこの場の総意ととったのか、桜さんはさぁさぁと声を上げた。
「楓は武を起こしてきて! あの子は寝起きが悪いから気をつけてね。葵はここを食事の時のように整えてちょうだい。みんなでなにか相談するには、あの形が一番でしょう。茜さんは大輔くんの着替えのお世話ね。私は──んふふ。孝太さんを起こしてくるわ」
指示を出したあと、桜さんは妙に嬉しそうな笑みを浮かべて、優斗宅とは逆側の離れに向かった。孝太さんっていうのは、昨日の昼、俺と同じ食卓を囲んでいた無口そうなおじさんのことだろう。
そんな後ろ姿を見送りながら、葵さんがぼそりと呟いた。
「……桜姉さんてば、本当にいやらしいわぁ」
その一言にギョッとする。のんびりした口調から想像もつかない、嫌悪感を隠さない声だった。
いやらしいって、どういう意味だろう。
だけどさっきの桜さんの笑い方に、その表現はしっくりきた。粘こくて、いやらしい。それでも他人の家の事情だ。あまり考えすぎないように頭を振った。
ゾワゾワと、足元が落ち着かない。たぶん大輔さんが帰ってきてから、どうにも居心地が悪かった。
妙に、濡れた土の匂いが鼻につく。
そのとき、優斗が肘でつついてきた。
「なぁ陸、自家発電機って興味ある?」
「へ?」
ずいぶんいきなりな質問だ。
「興味って言われても、そもそも見たことないよ」
「だろ? うちんち、各家庭で使えるように四台持ってんだ」
「は!? 四台!?」
「うん、エアコンも動かせるやつ。倉庫に保管しっぱなしだから、それ取りに行こうぜ。暗いままだと気も滅入っちゃうしさ」
ここで気づく。優斗はこの居心地の悪い場所から連れ出そうとしてくれているんだ。これに乗らない手はない。
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