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「……私は、いつも、営業部の人たちのことを凄いなぁって眺めてたの」
真衣香が独り言のように、小さな声で突然発言をしたからか。
聞き返すように笹尾が身を乗り出した。
「……え?」
「笹尾さんのことも、そう思って見てたよ。私はずっと自分の仕事や、自分自身に納得できてなかったから」
「今はできてるんですか?」
涙を拭った後、笹尾の瞳から新たな涙は溢れ出てきてはいないようだった。ホッとしながら頷く。
「……うん、そうだね。見ててくれた人がいたから。相手にどう見えたかの評価は、お前が決めるものじゃないって言ってくれた人がいたの」
「評価?」
「自分じゃない誰かから見えてる自分は、実はもっと輝いてるかもしれない。現に私には、笹尾さんはそう映ってたの。笹尾さんに私がそう見えてたように」
何も言わずに下を向いてしまった笹尾に、真衣香は言葉を続けた。
「課長が、今いないんだもんね二課には。話しかけにくいかもしれないけど高柳部長に相談してみたらどうかな?」
「ぶ、部長は……営業さん達はみんな普通に話してるけど、事務とはあんまり話さないんですよ」
笹尾は静かに首を横に振った。
その意見はもっともだ。真衣香だってここ最近関わることがあったから名前を出せただけで、自分に置き換えたなら……本音で相談できるとは思えない。
「そ、そうだよね……。じゃあ坪井くんに間に入ってもらうとか。川口さんのこともよく知ってるだろうし、相談してみたらどうかな、助けてくれると思うよ」
と、坪井の名を出し、真衣香はそこでやっとハッとした。
『坪井さんの眼中にもなくて』
笹尾の数々の言葉に驚き、聞き逃しかけていたけれど。彼女は、確かにそう発言した。
(それって……、笹尾さんは坪井くんのこと好きって、こと……だよね?)
苦しめているのは、営業部での川口との関係だけでなく、真衣香の存在も関係しているのだろうか。
”それ”を言葉にするべきか迷った挙句、真衣香はゆっくりと声にした。
「……あ、あとね。私は、坪井くんに振られてるんだよ。羨ましい存在なんかじゃないよ」
「え? ふられ、て……」
心なしか笹尾の声が弾んだような気がする。
もしや、川口のことよりもこちらの方が笹尾にとっては大きな問題だったとでもいうのだろうか?
「応接室では、そんなふうに見えなかったですけど」
「ううん、ほんとに。もうね、舞い上がって勘違いしちゃってたところをね、グサッと」
「ぐ、グサッと……」
「そう。だから、笹尾さんの方が」
しかし、ここで真衣香は口をつぐんだ。
『笹尾さんの方が可能性あるんじゃないかな?』と、口にしようとして。そうできなかった。
――坪井に、好きと言われたことを間に受けて気を遣っているわけではない。あの言葉を今誰よりも疑っているのは、真衣香自身だ。
では、なぜ言葉にしたくないのだろう。
(言ったら、笹尾さん……どうするの? 坪井くんに伝えるのかな)
ドクンドクンと嫌に心臓の音が響く。しかし答えは出ない。
何を、躊躇しているのか。そんな必要は、どこにもないじゃないか。
そう思うのに、真衣香の心音は落ち着くどころか激しさを増す。
頭の中に様々な言葉が浮かんで、浮かんで、まとまってくれない。
彼氏になってくれた夜のこと。
傷つけられた夜のこと。
好きだと言われた、夜のこと。
その様々なシーンで見た表情、聴こえた声。
なぜ、今こんなにも頭の中に坪井の存在が溢れかえっているのか?
黙り込んでしまった真衣香の代わりに笹尾が口を開いた。
「あの、ば、バレバレだと思うんですけど、私坪井さんのこと好きなんです」
「う、うん……」
掠れた声で、何とか相槌を打った。
「が、頑張ってみても大丈夫でしょうか、好きって……その、伝えてみても、立花さんはもう坪井さんのこと何とも思ってないですか?」
たたみかけるような、笹尾の口調。実際には違うのかもしれない、真衣香がそう聞こえていると思い込んでいるだけなのかもしれない。
そう思うのに、呼吸が少し苦しい。笹尾の目を見ることが、恐ろしい。